女魔術師、家に帰る (2)
小屋の前で馬車が停まる。
御者とその息子が、マージョリーが荷物を下ろすのを手伝ってくれた。
けれど身の回りのものが入った鞄は渡せても、父の資料は他人に触らせられない。荷台を何度も上ったり下りたりして、自分ですべて運んだ。
全て終わって男たちに礼を言い、茶でも飲んでいくかと聞く。二人は曖昧な笑顔を浮かべて、そそくさと帰ってしまった。
半年間も放りっぱなしだった小屋の中は汚いだろうし、ただの社交辞令だったから断ってくれてありがたかったけれど。それにしても、そんなに怯えて逃げ出さなくても良かろうに。女魔術師に取って食われるとでも思ったのだろうか。
暖炉の前には石炭が乱雑に散らかっていた。魔物退治の時にここを貸した、あのパーティの男たちだろう。そう思って彼女は眉をひそめた。いくら無人とはいえ、他人の家なのだ。汚さないよう気遣って過ごすことは出来なかったのか。
荒くれの流れものたちに期待しても無駄かとも思う。よく見ると、他の場所にも食べ物の食べかすが散らかっていた。不愉快な気分になりながら、マージョリーはそれを掃除した。
他の場所に積もった埃も丁寧に拭きとっていく。狭い小屋だが、清潔に保とうとするだけで驚くほどたくさんの作業が必要になる。
これだけ魔術が発達していても、こういう仕事を魔力で片付けることは出来ないということに彼女は若干の不条理を感じる。亡きサルバール師、魔術師の都の隅っこで取るに足らない術の研鑽に心血を注いでいた老魔術師。あの塔の主であれば、こんな作業を魔術で簡素化することも出来たのか。
……いや、馬鹿馬鹿しい。サルバール師の研究はくだらないものだった。そんなやりかたで世界の真理を解き明かすことなど出来るはずもない。都で塔を任せられるほどの魔術師が、そんな研究にとらわれてしまったとは残念な話だ。
あのときのパーティーの中にいた、サルバール師の弟子だったという若い魔術師を思い出す。あの男も、くだらない研究をありがたがって生きていくのだろう。
そんなことは人生の浪費だ、とマージョリーは思う。
父ほどの人でさえ、生涯をかけても求めるものの数分の一にもたどり着けなかった。無為に過ごすには人生はあまりに短いというのに、それを理解しようともしない人間が世界にはあふれている。
居間と寝室、そして台所から埃と虫の死骸を駆逐したところで、彼女は疲れ切ってしまった。埃を吸い込んで喉が痛いし、冷たい水で雑巾を何度もしぼったので指も痛い。申し訳ないが、父の書斎を掃除するのは明日にしようと思った。
湯を沸かして茶を入れた。暖炉の前の椅子に腰かけてそれを飲むとため息が出た。
町長の家は家族が多い上に使用人もいて、いつもまわりに人が大勢いて騒がしかった。こんな静けさを味わうのは久しぶりだ。
人は人を恋しく思うものだとか、にぎやかなほうが楽しいに決まっているとか、そんな決めつけには飽き飽きしていた。喧騒より静寂を、享楽より質実を、愛情より孤独を好むものもいるのだ。
ゆっくりと茶を味わっているうちに思い出した。町長の娘たちが、別れる時におみやげをくれたのだった。持ち帰った荷物の中から、もらった紙包みを探し出して開けてみる。たっぷりの焼き菓子と、手紙が一緒に入っていた。
『マージョリー先生、いろいろ教えてくださってありがとうございました。また遊びに来てください。 エリカ』
『マージョリー先生、お体にお気を付けて。またいろいろ教えてください。 アルミア』
『マージョリー先生、ぜったいまた遊びに来てね。お勉強、おもしろかったよ。 デルフィラ』
女魔術師は黙って手紙を封筒に戻し、しばらく使っていなかった文箱にまとめて入れた。
「こんなにたくさん、どうしろと言うのかしら」
たっぷりの焼き菓子を眺めて呟く。多少は日持ちのするものだが、それにしても。
「私はひとり暮らしなんだって、わかっているでしょうに」
誰も答えない。ひとりなのだから当たり前だ。




