女魔術師、家に帰る (1)
ep.10 ~ ep. 45 の「雪と氷の町」編で登場した女魔術師マージョリー視点の短編です。プライドが高くて感じの悪いインテリ女性が、しばらく放置していた家に帰る話です。
『帰るなんて、そんなことを言わないでください。子供たちもあなたに懐いていますし、いなくなられたら寂しがります』
『そうですよ。お父さまも亡くなられているのですし、若い女のかたがあんな寂しいところでひとりで暮らすなんて』
人の好い町長夫妻はそう言って引き止めたが、彼女は冷笑をこらえきれなかった。
自分はもう、『若い』なんて言われる年ではない。
目の前のふっくらした町長夫人は、自分と同じ年の時には既に三人の子を産んでいたはずだ。町の男たちが自分を『男より石板が好きなお嬢さん』と揶揄していることも知っている。
『ご厚意はありがたいのですが、研究をするにはああいう場所の方が良いのです』
冷たく答えた。嫌な女だと自分で思う。愛嬌や優しさといった、女に求められる美徳が何もない。
『お世話になったお礼に、お子さんたちにした魔術の授業ですが。三人とも基礎の習得は完了しています。普通に生きていくのならこれ以上の知識は必要ないでしょう。けれどデルフィラは才もありますし、生まれ持った魔力も多い。本人が望むなら、これからも町に顔を出すたびに技を教えましょう。いずれは弟子にとっても良いですし、場合によっては魔術師の都に紹介してもよろしいです』
彼女の言葉に、夫妻は戸惑った表情になった。九歳の末娘を女魔術師にすることなど考えてもいなかったに違いない。
結局そうなのだ。女が幸せになるのに魔術は要らない。書物や石板に埋もれるより恋をして子供を産んで、家族の世話をして一生を終える。それが世界が要求する女の幸せ。
ああ、嫌になる。そんなものは自分と縁がないし、望みもしない。そんな『幸せ』とやらは家畜のエサにでもしてしまえばいい。
そうして女魔術師マージョリーは町を出た。
死んだ父とふたりきりで暮らしていた小屋。そこに戻るのは半年ぶりだった。町からは少し離れているが、馬で行けば大した距離ではない。
真夏に雪が降り始め、それが簡単にはおさまりそうもないとわかったあの日。ひとりぐらしの彼女を案じて助けに来てくれた町長たちの勧めに従い小屋を後にした。その時に持ち出した、父の遺した研究資料もようやく元の場所へ戻すことが出来る。
そう思うとマージョリーは心からホッとした。仕方がなかったとはいえ、町長の家は普通の民家だ。あそこに『これ』があった間はずっと気が気でなかった。久々に会ったかつての相弟子も疑いの目で見てしまうくらいに、落ち着くことが出来なかった。
ガタガタと揺れる馬車の荷台で、古い羊皮紙を綴じた本の背中にそっと指先を這わせる。
それは父の生きた証だ。そう思うと、実際の重量よりもさらに重く感じられた。自分を押しつぶして、骨まで粉々に砕いてしまうのではないかと感じるほどに。




