おひめさまごっこ ~ドンゲルザッカーのなぞ (3)
「ちがう」
しかし二歳の姪はまた首を横に振った。
「あ、違うんだ」
どう聞いても悪役っぽい名称だが、魔物ではないらしい。
「じゃ、どうすればいいのかな。ロハス叔父ちゃま、何をすればいい?」
もはや想像を絶しすぎていて、いちいちお伺いを立てるよりほかはない。
「ひざまずけ」
「……はい?」
「ドンゲルザッカーは、おひめさまのげぼくでしょ。ひざまずけ」
姉ちゃん。二歳の娘にどんな教育をしているのだ。
ロハスは世界が揺らいだような気がした。
低い笑い声が後ろから聞こえた。
ロハスが無表情に振り向くと、闇の魔術師はすました顔で魔導書に目を落としていた。
「ねえ、セリア」
「おひめさまでしょ!」
「おひめさま。下僕、もうひとり欲しくない?」
ロハスに指差されて、バルガスは咳払いした。
「私は読書に忙しくてね。申し訳ないが、子供と遊ぶ余裕はない」
「聞き耳立ててるんなら、宿賃代わりだと思って働いてよ。この家、そこらの宿屋より取り立てが厳しいんだから。オウルを見習ってよ」
「ここに宿泊しているのは君の都合だと思うが。それに聞き耳など立てていないな。言いがかりはよしてくれ」
「いや、笑ったよね。今、笑ったよね。絶対、こっちの様子をうかがってるよね」
言い争っている大人たちをセリアは神妙に見比べていたが、
「いらない。バルガスはおかおがこわいから、いや」
はっきりと自分の意見を述べた。
「顔が怖いから嫌……!」
ロハスは笑い転げた。
「もお、ロハスおじちゃま! はやくあそんで」
セリアはお怒りだが、腹筋が崩壊してしまったロハスは立ち上がれない。
「失礼なのは君の家の血筋のようだな」
バルガスも不機嫌である。
威圧感と不審者感しか体から放射していないので、二歳女児に敬遠されるのも無理はない。が、そのことをはっきり指摘されるのは傷付くらしい。面倒くさい年頃なのであろう。
「はやく。おひめさまをのせるの」
抱っこでもしろということかと思ったが、無理やり四つん這いにしようとしている辺り、その上に乗る気満々なようである。『おひめさまごっこ』と言うより『おうまさんごっこ』であるようだ。
ドンゲルザッカーとはそもそも人間なのかあやしくなってきた、とロハスは(多分バルガスも)思う。『下僕』と姫は言っていたが、それ以下の存在なのではないか。家畜とか。
「わかった、わかった」
まだ笑いながら、ロハスは馬になった。
「大丈夫? おじちゃまの胴着にしっかりつかまって、落ちないでね」
「おじちゃまじゃないの。ドンゲルザッカーなの」
「はいはい。ドンゲルザッカーから落ちないでね」
とはいえ二歳児の握力などたかが知れているので、ドンゲルザッカーことロハスは片手で姪が落ちないように押さえて三本足で進むことになる。
「どちらへまいりましょうか? セリアひめさま」
「セリアじゃないの。おひめさまなの」
「……おひめさま」
なかなかに気難しい姫である。
「おひめさまは、おやつがほしいっていってるの」
「おやつ? でも勝手に食糧庫を漁ると姉ちゃん、いや、セリアのお母さまが怒るんじゃないかなあ」
その烈火の如き怒りは容易に想像できたので、ロハスは危険を冒したくなかった。
しかしおひめさまは首を横に振る。
「しらないの。このおひめさまはセリアじゃないから、セリアのおかあさまのこともしらないの」
都合の良いおおせであったが、ドンゲルザッカーとしては素直にそれに従うわけにもいかない。
「仕方ない。ちょっとロハス叔父ちゃまに戻るよ、セリア」
姪を背中から下ろしてから、ロハスは立ち上がる。既に腰が痛かった。
二歳児とは意外に重い。数分、抱っこするくらいなら大した重さではないかもしれないが、継続的に背中に乗せるには重量感がある。そんな物体なのだ。
「少し道を下ったところに焼き菓子の店があったから、あそこで何か買ってくるよ。バルガスさん、留守番してて」
声をかけると、
「承知した。それくらいは務めさせていただこう」
バルガスは不愉快そうに笑った。
「来客がないことを祈りたまえ。私が応対したら、相手に不審に思われるだろうからな。何しろ、幼子を怯えさせるほどの凶悪な人相であるらしいのでな」
バルガスは嫌味のつもりだったかもしれないが、ロハスからすればそれは単なる事実だった。なので、
「うん、そうだね。急いで帰って来るよ」
軽く流して姪と共に出かけた。




