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恋と秤の物語 (2)

「で、でも」

 それでも。心から愛した恋人を、簡単に運命の手に渡してしまっては男がすたる。そう思ってセルゲイは勇気を振り絞る。


「僕が懸命に働けば、もしかして……。君も商売が上手だし、二人で頑張れば」

「無理ね」

 リリアは無慈悲に言った。


「あくどい取り立てに定評のある『神の秤商会』が、自分たちに逆らった商人にまっとうな商売をさせると思っているの? 今の仕入れ先や取引先を全部つぶされて、あなた、商売ができる? あなたのやりかたは、お父さまから引き継いだ取引先を大事に育てていくものでしょう。いきなり知らない人のところにいって取引なんかできるの?」


「そ、それは。確かに、やったことはないけれど」

 セルゲイは口ごもる。

「で、でも、出来るか出来ないかはやってみないとわからない。君の弟たちだって……」


「うちはもともと、新規開拓に力を入れる商売のやり方だから」

 またしてもリリアの返答は無慈悲だった。


「弟たちは販路開拓の経験は積んでいるわ。そもそも、後継ぎになるはずだったヨーレス以外の二人は、いつかは独立しないといけなかったんだから。お得意先を次男や三男に渡す余裕はうちにだってないのよ」


「え……。あ、そうなの……?」

 下の弟たちはヨーレスの部下になって店を手伝うのだと勝手に思い込んでいた。しかし、リリアの家の教育方針はセルゲイの想像以上に厳しかったらしい。


「そうよ。ロハスは辺境に行くパーティについて行こうかなって言っていたわ。危険は多いけど、そういう仕事なら実入りは大きいしね」

「辺境……」

 セルゲイは思わず繰り返してしまう。


 野盗や野生動物の襲撃や、長い旅路での過酷な天候の変化に備えなければならないその手の商売は、ひと昔前でも危険なものだった。しかし魔物が横行するようになった今は、恐ろしいなどという言葉では足らない。


 街をいったん離れて、生きて戻ることが出来たら僥倖。そんな時代になってしまったのだ。


「さ、さすがにそれは。止めたほうがいいんじゃないか」

 セルゲイが心配して言うと、リリアは首をかしげる。


「だって、黙って座っていても借金で食い扶持がなくなって飢え死にか、自分で首を吊るかのどちらかよ? 私だったら、どうせ死ぬなら商売をして死ぬけど?」


 自分の弟の命がかかっているのに、リリアはあっさりしたものである。いや、彼女のそういう果断なところがセルゲイは好きだったのだが、さすがに果断すぎるのではないだろうか。


「じ、実は僕も……。きみと一緒に辺境に逃げたらどうだろうって、考えないでもなかったんだけれど……」


 それは夢想のようなものだった。

 自分にそんな度胸がないことはわかっている、けれど彼女と離れたくなくて、そんな途方もない考えにすがるしかなかったのだ。


 しかし、リリアはそれを聞いてふきだした。

「あなたが? 無理無理、絶対に無理。辺境に着く前に死ぬわよ絶対」

 大笑いしている。セルゲイはなんだかとても屈辱を感じた。


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