小銭は魔力で増やせるか (最終回)
「だけど、ロハスの言うこともわからないでもない」
渋々とオウルは言った。
「俺も子供のころは、魔術師になるつもりなんかなかったからな。魔術の勉強に興味はなかった。講習には一応行ったけどよ」
「それはまた、どうしてだね」
意外そうにバルガスが尋ねる。
「君くらいの魔力持ちなら、魔術師を目指してもおかしくないと思うが?」
「魔術師になっても、メシが食えると思わねえからだよ」
オウルは投げやりに答える。
「貧乏な寒村のガキだったから余計だよ。畑仕事をやってれば何かは食えるだろうと思うけど、神官ならまだしも魔術師がどうやって食ってるんだか想像できなかった。そもそも村に魔術師がいなかったしな」
ものごころついた時には大神殿で暮らしていたアベルや、魔術師の内弟子だったバルガスとは違う。普通の家庭に生まれた子供には、魔術は縁遠い世界なのだ。
「今でこそ、魔物退治に出番があるからそこらで見かけるようになったがな。昔はそうじゃなかっただろ」
「そうそう。魔術師って、暗い家の中で難しい顔をして、いっつも本を読んでる人みたいに思ってたよ」
ロハスも同意する。
すると、
「私も昔、故郷の神殿で講習を受けたぞ」
後ろから声がした。寝ていると思っていた船長が、いつの間にか顔を上げている。
「行ったのか」
「へえ。船長ってそういうの、やりたがらなさそうなのに」
オウルとロハスが意外だという顔をすると、
「そんなことはないぞ」
ティンラッドはのそのそと体を起こしながら言った。
「私の育った娼館は、町の外側にあったからな。神殿にも行ったことがなかったから、ものめずらしくて面白かった」
「はて。善男善女であれば、月に一度は礼拝をすることが義務づけられているはず。魔力測定を受ける年になるまで神殿の門をくぐったことがないなど考えられませんが」
アベルは首をかしげたが、
「娼婦とその子供たちは立ち入り禁止だったんだ」
と聞くと、『なるほど』とあっさり引き下がった。
「ロハスも行けば良かったのに。毎日、珍しいものが見られて面白かったぞ」
ティンラッドは楽しそうに言うが、
「いやあ、オレは普通にお祈りに行ってたし」
ロハスは困った様子になった。特殊すぎる事例だとティンラッドは自覚しているのだろうか。
「けど、船長もそのとき真面目に勉強したんだな」
ティンラッドの奥義は魔力を武器にまとわせて、敵にとどめを刺すものだ。それを思い出して、オウルは言う。
「ほらロハス。やっぱり勉強は無駄にはならねえんだよ。俺だって村の講習を受けていたから、後々こうやって魔術師になれたわけだし」
機会を無駄にするなという説教をしようとしたところ、
「どうかなあ。私の講習は三日で終わってしまったしなあ」
ティンラッドの言葉で、話の腰はぼっきりと折られた。
「はあ?」
オウルは目を丸くする。何を言っているのかわからない。
「そんなわけないだろうが。あれは一ヶ月くらいかかるもんだぞ」
だからオウルの村では、畑仕事のなくなる冬に行うのが通例だった。
「そうらしいな。最初は私もそう言われていた。だが、教えなくても私は出来ているから来なくて大丈夫だと三日目に言われた」
そう言ってティンラッドは、めずらしくため息をつく。
「神殿の奥にあった隠し階段の奥に何があったのか知りたかったから、残念だったなあ」
「待った待った待った」
あやしい。流れがすごくあやしい。
「隠し階段って何だ。あんた、どうしてそんなものを発見しているんだ」
「座って勉強ばかりしているとつまらないから、休憩時間や手の空いたときに神殿の中を探検して回っていたんだ。そうしたら見つけた」
「見つけたって」
それは、見つけてはいけないものだったのではないだろうか。ものすごくそんな気がする。
「中を見てみるつもりだったんだが、扉を開けようとしているところを神殿の下男に見つかって、勉強部屋に戻されてしまったんだ」
ティンラッドはもう一度ため息をつくが、オウルの心にはある疑惑が形作られつつあった。
「おい、ホントに待て。あのな、船長。ちょっと聞くが、講習の中止を言い渡されたってのは、いつの話だ? その隠し階段を見つける前か、後か」
恐る恐るたずねる。
「うん? 見つけた日の夕方だったな」
オウルはがっくりと肩を落とした。
どうしてこのオッサンは、そんなにも明白な因果関係に気が付いていないのか。
明らかに、余計なことをしたから講習を取りやめにされたのだ。
そんなティンラッドはなぜか、今では自分なりに魔力を使いこなしている。たった三日ではろくな指導も受けられなかったはずなのに。
教育の意味とは。必要とは。そんな言葉が頭をよぎる。
魔術師の都で研鑽を続けた自分の日々は何だったのかという気持ちになりかけたが、オウルはぎりぎり自分を立て直した。
きっと意味はあったのだ。中途半端な講習であっても受けたからこそ今のティンラッドがある。そうに違いない。そう思いこまないと自分の価値観が崩壊する。
「聞いたかロハス。お前だって講習を受けておけば、今ごろ小銭を増やす術を使えるようになっていたかもしれねえぞ」
やけくそで言う。
「そうかなあ」
ロハスは懐疑的に言った。
「オレは船長とは違うから。小銭は商売で地道に稼ぐよ。そのほうが確実だしね」
実にもっともな話で、オウルは返答のしようがなかった。バルガスが低く嗤う。腹が立つので聞こえなかったふりをして横を向いた。
「すべては神の御心ですな」
とアベルが言って、話にけりをつけた。
教育にはきっと意味がある。だが、それをどう生かすかは本人次第なのであろう。おそらく。きっと。
(終)




