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風の翼の恋物語 (最終回)

 結論を言えば、ゲイルの歌が全てを解決した。


「ああ~、ボクの愛は~光の翼~。キミの心に直滑降~」

 ゲイルは歌った。仲間の制止も聞かず、彼の歌にもだえ苦しむ姿も目に入れず、気持ちよく歌いまくった。昂揚が強かっただけに、それはいつまでも続いた。


 船長のティンラッドは自身もシタールをたしなむ。声高に主張はしないが音楽的な素養はあるほうだ。

 ゆえに、ゲイルの歌声は誰よりも早く耳を塞いで遮断した。これはゲイル本人のことを彼が『面白い乗組員』と思っているのとはまた別の話である。


 だから、一番にそれに気付いたのかもしれない。

「空が晴れていないか」

「え?」

 耳を塞ぐことに集中していたアーレンは訝し気に船長を見る。


「何か言ったか、船長」

「空が、晴れていないか!」

 大音量で歌うゲイルに負けじとティンラッドは声を張り上げる。


 ようやく空を見上げたアーレンは驚いた。先程まで真っ黒だった空がまた、明るく晴れ渡っている。頭上を覆い尽くしていた黒雲が一片も残っていない。

 先程まで船を激しく揺さぶっていた強風もやんでいた。波も治まり、落ち着いた凪の午後だ。


 水平線の彼方まで見回しても雲の欠片もない。いくら何でも天候の変化が激しすぎると思い、アーレンは眉間にしわを寄せた。


「船長。もしかして、こりゃあ」

「ああ。そのようだな」

 ティンラッドはうなずいて、波の上の白い影を見る。


 魔物たちの奏でる美しい歌は、いつしか止んでいた。ゲイルの音量にかき消されただけではない。

 間違いなく、白い影たちは苦しんでいるのだ。


「魔物とはいえ、あんな風に歌えるやつらだからなあ」

 アーレンは同情しつつ呟いた。


 『およそ音楽を解する生物ならば、どんな相手も倒しうる』。

 ゲイルの歌声の破壊力は半端ないのだ。おそらく高い音楽性を持っていればいるほど壊滅的な被害を受けることになるだろう。


 あの歌を耳にするのと同時に、辺りの情景が変わっていき操船が出来なくなった。

 ……と思ったのだが、どうやらそれは幻覚だったようだ。でなければこの天候の変化は説明できない。


 魔物の歌が自分たちに嵐の幻影を見せ、難破寸前だと思いこませたのだ。あのままだったら彼らは、揺れる船から放り出されたのだと信じ込んで自分から海に身を投じたのかもしれない。そして泳ぐことも出来ないと思ったまま波間に沈んでいくのだ。


 考えると寒気がする。稀にしか出会うことはないが、精神攻撃を仕掛けてくる魔物は厄介だ。何と戦っているかもわからぬうちに自滅させられてしまうのだから。


「アーレン」

 ティンラッドは言った。

「今なら、船を動かせるか」

「あ、ああ」

 老操舵手はうなずく。


「程よく風も吹いている。今のうちに逃げ出すことも出来ると思うが」

「逃げる?」

 船長は好戦的に微笑んだ。


「どうしてそんなことをしなくちゃいけないんだ。動かせるなら舵を取れ。まっすぐやつらに突っ込んで、衝角でなぎ倒せ。とどめは私がさす」


 戦闘をする気になった船長を止められるものなどこの世にいない。

 アーレンは舵を取り、魔物に向けてまっすぐに進路を取った。

 ティヴェールの矢が先駆けて敵へと降り注ぐ。歌いまくっているゲイルと、うっとりとそれを見つめるローズマリーは放置されることになった。うるさいが。


 ティンラッドは舳先に立っている。手にする刀は『皓月』だ。白い刀身が陽光に煌めく。

 距離が縮まっても、白い影の正体はやはりはっきりしなかった。もやのように揺らめいて輪郭すらつかめない。


 細部はどうなっているのか、人間のような口はあるのか、あの歌声はどこから出していたのか。わかるのは大まかに人型であることと、船の甲板を上から見下ろすほどに巨大であることだけだ。


(魔物ってやつは。何なんだろうな、いったい)

 アーレンは思う。突然世界に現れたモノたち。姿も生態も一定せず、人の領域を冒すモノたち。

 その謎が明かされるときは来るのだろうか。自分が生きている間に、世界は元の姿を取り戻せるのだろうか。


 白い影が目の前に迫る。その一体に向けてアーレンは船の舵を切った。

 衝角が魔物に突き刺さる。見た目はつかみどころがない相手だが、確かにそこに存在はしているようだ。衝撃に船は揺れ、アーレンの視界の端にはゲイルがローズマリーに支えられる姿が映る。


 同時に、耳をつんざくような『何か』が海域に響き渡る。

 それは声として言い表せない悲鳴。音として把握できない叫び。

 『風の翼』の突撃に、魔物が苦悶の声を上げている。


 それさえもたとえようもなく美しく、聴くものを嵐の幻影に誘おうとする。

 しかし、

「愛~。愛こそが全て~。世界は~愛に~満ちてい~る~」

 後ろからまだ響いてくるゲイルの歌声が、美も調和もぶち壊すのだった。


 おかげで魔物の放つ音波は、本来の力を発揮できないでいる。

 耳障りでうるさいゲイルの歌が、今だけは頼もしい。


「実体があるなら、倒すことも出来るな」

 ティンラッドは躊躇なく跳んだ。きらめく刀身が、白い影に叩き込まれる。

 彼の攻撃は確実に敵の急所を穿つ。魔物が波の中に崩れ落ちていく。


「おい、お前ら! 船長を回収しろ」

 魔物は全部で三体。次の標的に向かって舵輪を回しながらアーレンは怒鳴る。


 船員たちが、ティンラッドが体に付けた命綱を引く。敵の体や船体を足掛かりに、無鉄砲な船長は気軽に戻って来た。

「海の真ん中でうかつに船から出るなよ」

 苦言を呈されても船長は気にしない。その目は残る二体の敵に向かい、口許には不敵な笑みが浮かんでいた。


 

 この日、ゲイルの愛が船と仲間を救った。

 彼とローズマリーの結婚は『風の翼』の航海を終わらせ、別の新たな冒険が始まるきっかけとなるのだが。


 それはまた、別の話。


(おしまい)


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