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風の翼の恋物語 (4)

 そうか。ここで自分は死ぬのかもしれないのか。


 改めてゲイルの胸にそれが重くのしかかる。

 今までだって、これで終わりだと思うことは何度でもあった。だが、普段は剛毅な女性の絶望した顔が事態の深刻さを彼に知らせる。今度こそ、本当に、終わりかもしれないのだ。


 ほんの半刻前までは、いつものように冗談を言ってみんなで笑いあっていたのに嘘みたいだが、船というのはそういう場所だ。大海の中では、船員を大勢乗せた船だって、ひとり乗りの小さな舟だってさほど変わらない。風と波の機嫌ひとつで、人間は簡単に海の藻屑となる。


 それはいい。ゲイルはそう思った。彼女を追って海に出ると決めたときに、そのくらいの覚悟はした。

 戦闘で何の役にも立てない自分だけれど、せめて『そのとき』が来たときにみっともないところは見せないでいたい。そのくらいは心に決めていた。


 けれど、これで本当に全てが終わるというのなら。 

「ローズマリーさん」

 ゲイルは覚悟を決めた。船長たちはまだ騒いでいるが、そしてアーレンが全員来いとまだ叫んでいるが、どうせ自分が行っても役には立たない。


「どんなにあがいてもボクたちの航路は終わりでこの先はないって言うんなら、ボクは最後に、あなたに言わなくちゃならないことがあるんです」

 彼はローズマリーの手を取る。太くたくましいその指を、白い手でぎゅっと握りしめる。


「初めて会ったときから、ボクはあなたが好きでした。あなたと一緒にいたかったから、この船に乗ったんです。だからここであなたと死ぬことになってもボクの人生に後悔はない。ボクは自分のやりたいことに出会って、やりたいように生きて来たんだから。あなたに出会えて良かった。愛しています、ローズマリー」


 緑の目が丸くなる。

 出会ってこのかた、こんなに驚いた彼女の顔をゲイルは見たことがなかった。


「ゲイル。あんた、本気でそれを言っているのかい」

「当たり前です。死ぬかもしれないときに冗談が言えるほど、ボクは度胸がないんです」

 そう言った彼の顔は真っ青で、指先も少し震えていた。

 しばらくそれを黙って見つめてから、ローズマリーはゆっくりと笑った。


「はは。このあたしを本気で口説く男なんて、いったい何年ぶりだろう。度胸がないなんて大間違いだよ、ゲイル。あんた、あたしなんかよりよっぽど肝がすわってる」

 そう言って彼女は、反対の手でゲイルの震える手を包み込んだ。

「ありがとう。『この先』があれば良かったのに。あたしも、あんたに抱かれてみたい気分になったよ」


「ローズマリー」

 ゲイルは真っ赤になった。

「ほ、本当に……?」


「ああ」

 ローズマリーは優しくうなずいた。

「本気だよ」


 ゲイルの指先はまた震えた。だがそれは、先程までとは違うおののきだった。

「ローズマリー」

 彼の低い声は荒れ狂う風の中でも、不思議とはっきりと相手の耳に届いた。

「その、抱きしめても、いいかな」

 屈強な女戦士は少し恥じらう表情を見せてから、うなずいた。


 彼らの乗る船を苛み、粉々にしようとする嵐の中で、はかなくも美しい愛の花が咲いた。


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