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風の翼の恋物語 (2)

「何か言ったらどうだい」

 すくみあがった男たちに、女戦士は威嚇するように言った。

「うちの楽師が何かしたのかい。だったらあたしも一緒に話を聞くが。え、さっさと言いな」


 鋭い目で男たちを睥睨しながら、『彼女』は背負っていた武器を手に取った。

 それは重量感のある鋼鉄の棍棒だった。先端は球形になっており、鋭い棘がいくつも飛び出している。


「あっ」

 ひとりが悲鳴を上げた。

「こ、こいつ、『風の翼』の女戦士だ。棍棒の一撃で帆柱を叩き折ったって怪物だ」


「げっ」

 他の男たちもうろたえる。

「ヤバいやつしかいないっていうあの船か。まずい。関わったら厄ネタがうつるぞ」


 あわてて逃げ出そうとする男たちの服の裾を、ゲイルの白い手がつかむ。

「あの、待って。ボクの竪琴を返してください」

「返す、返すよ」

 先程ゲイルの泣き顔を嗤った本人が、今はよほど情けない顔をしていた。


「返すから、勘弁してくれ。今日のことは忘れてくれ」

 竪琴を押し付け、力の限り走り去っていく。戻って来た楽器を、ゲイルはしっかりと抱きしめた。


「やれやれ。ちょっと脅しつけただけで逃げるなら、最初から絡まなきゃいいのにね。バカが多くて困るよ」


 ローズマリーは肩をすくめ、うずくまったままのゲイルに歩み寄って大きな手を差し伸べた。彼女のひとにらみが『ちょっと脅しつけた』に当たるかどうかは定かではない。


「立ちな、ゲイル。あんたはすぐに変なやつらに絡まれるんだから、ひとりでうろうろしてちゃダメだよ」

「ごめんなさい。ローズマリーさん」

 ゲイルは白い頬を赤く染め、彼女の太い指にそっと自分の細い指を預けた。


「あの、助けてくださってありがとう」

「気にするな。仲間じゃないか」

 ローズマリーは白い歯を見せて笑う。


「それに、『さん』なんて付けなくていいって言っているのに」

「そ、そうなんですけど」

 立ち上がったゲイルは手を引っ込め、緑の瞳から目をそらした。


「いつも助けられてばっかりだから情けないっていうか。ローズマリーさんは特別だっていうか……」

 後半はもごもごと口の中に消えてしまう。ローズマリーは不思議そうに首をかしげた。


「あ、あの。買い物の帰りですよね。ボク、荷物を持ちます」

「いいよ。重いから」

「いえ。女性に荷物を持たせるわけにはいかないので」


 ゲイルは、ローズマリーが小脇に抱えて来た箱を持ち上げようとした。小指の先ほども持ち上がらなかった。


「だから重いって言っただろ。船の部品だよ。無理しなくていい」

 ローズマリーは微笑む。

「いいんだよ、あたしのほうが力があるんだから。あんたの手は優しい手なんだから、きれいな音楽を奏でてくれたらそれでいいんだ」


「けど」

 ゲイルは肩を落とす。

「情けないです……」


「男ってしようがないねえ」

 ローズマリーは呆れたように言う。

「どうしても何か持たなきゃ気が済まないなら、じゃあこれを持っておくれな」

 渡されたのは、良い香りのする籠だった。中をのぞいて見ると、揚げた芋が山ほど入っていた。


「安かったからね。みんなで食べようと思って」

 ローズマリーはちょっと恥ずかしそうに言う。その表情を見てゲイルも笑った。

「ああ、ローズマリーさんは揚げ芋が本当に好きですねえ」

「笑わないでおくれ。恥ずかしいじゃないか」


 本当にひとりで食べようと思ったわけじゃないからね、と言い訳するローズマリーが可愛らしいとゲイルは思う。


「あの……」

 勇気を出して言った。それでも小声になったけれども。

「ボクがあげた耳飾り、付けてくれているんですね」


「ああ、これかい」

 ローズマリーは片耳に手を当てた。

「きれいな色だしね。ありがたく付けさせてもらったよ。あんたも変な男だね、あたしなんかより可愛い女の子にあげればいいのにさ」


 あなたより可愛い女の子なんていません。

 その言葉が喉から出かかって、ゲイルはあわててそれを飲み込む。


「あの……。あの。ローズマリーさんの瞳の色に、とても似合うと思ったから」

「そうかい。ありがとう」

 日に灼けた彼女の頬がほんの少し赤らんだようにゲイルには見えた。



 並んで船に戻って来る巨大な影とほっそりした影を、操舵手のアーレンは船の上から見ていた。

「若い者はいいねえ」

 呟いた。いや本当にいいのか。深く考えると思考が迷宮に陥る気がするが、ゲイルが良いなら多分良いのであろう。


 楽師のゲイルがローズマリーに惚れている。それは、『風の翼』号の乗組員には周知の事実である。知らないのは当のローズマリーくらいのものだろう。


 そもそも、ひ弱で戦闘とは無縁のゲイルがこの船に乗り込んだのも、街で偶然出会った(そしてならず者に絡まれているところを助けてくれた)ローズマリーにひとめぼれしたからなのだ。


 船長に頭を下げて頼む彼を見て、アーレンはすぐに音を上げるのではないかと危ぶんだ。しかし船長はふたつ返事でゲイルを乗船させた。


『だって、好きな女のためならそう簡単に諦めたりしないだろう』

 そう言って笑った船長の見る目が確かだったのか、今もゲイルは船員として健気に頑張っている。


 一年以上経っても全くたくましくはなっていないが。戦闘ではほぼ役に立たないし、街に出ればすぐに誰かに絡まれる。そして一年経ってもローズマリーを口説き落とすどころか、想いを伝えることすら出来ないのだが。


「いつになったら進展するのかねえ」

 アーレンは呟いて煙草を口にくわえた。そもそも進展する日が来るのかどうかも謎なのだが。恋の行方とは、風に乗って走る帆船よりも不安定なものなのだから。


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