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風の翼の恋物語 (1)

 ep.87「第10話:アベルの使命 -2-」で触れられた、ティンラッドの昔の仲間である女戦士ローズマリーをめぐる物語です。「風の翼」は船の名前です。

「あなたの髪は美しく、あなたの瞳は魅惑の魔法。私はあなたの恋の虜……」

 とある港町で、楽師のゲイルは海を見ながら新しい歌を作ろうとしていた。


「ダメだ、なんて平凡な詩だ。どうしてボクには才能がないんだ。あのひとの美しさを全然表現できていない!」

 歌詞作りに行き詰ったらしく、竪琴を抱きしめて彼は嘆きの声を上げる。


「うるさいよ、兄ちゃん」

 通りがかった男たちにとがめられた。実際、ゲイルの声は通るのでうるさかった。


「も、申し訳ありません」

 いかにも船乗りといった体格の良い男たちに囲まれ、楽師はあわてて頭を下げた。

 彼のとりえは楽器の腕だけで、戦闘はさっぱりだ。度胸もない。こういう場面ではひたすらあやまることしか出来ない。


 だがそんなゲイルの態度は、男たちの目に『恰好のカモ』と映った。

 華奢な骨格、白い肌、なよなよした身ごなし。荒くれ者の彼らには『食い物にしてください』と言っているようにしか見えない。男たちは互いに目配せし、にやあと笑う。


「兄ちゃん。他人に迷惑かけといて、ごめんなさいだけで済ますつもりじゃねえよなあ?」

 ひとりがゲイルの肩に手をかける。

「え。あ、あの」

 とまどっているうちに、別のひとりに竪琴を取り上げられた。

「あ、あの、返してください。困ります」


「持ってやるだけだって。あのな、俺たちも別に無理を言うつもりはねえんだよ。酒の一杯もおごってくれりゃあそれでいいんだ」

「で、でも。ボク、あまりお金を持っていなくて」


 困惑するゲイルを見て、男たちはニヤニヤする。


「そこは、誠意を見せてくれねえとなあ。兄ちゃん」

「あやまったってことは、迷惑かけたと思ってくれてるんだろ?」

「なあに、金がなきゃあ作ればいいんだよ。何か売るとかな」


 取り上げた竪琴をこれ見よがしにかざす。ゲイルは涙が出そうになった。男のくせに情けないと自分でも思うのだが、体質なのかちょっとしたことで涙ぐんでしまうのだ。子供のころからそうだった。大人になっても、残念ながら治る兆しはない。


「あの、お願いします。どうか返して……」

 消え入りそうな声で懇願すると嘲笑が返って来る。

「おい、こいつ泣いてるぞ」

「男にしてはひょろひょろしてると思ったが、本当は女か? それならそれでもいいけどな」


 ああ、またこうなってしまった。自分はいつもこうだ。ただそこにいるだけで嘲りの対象となり、面倒に巻き込まれてしまう。


 涙ぐんだって面白がられ馬鹿にされるだけで何の得にもならない。そんなことは分かっている。分かっているのに、強い男になりたいのに、この目は勝手に潤んでしまう。


 そんな弱い自分が自分で大嫌いだ。こんなことではいつまでたっても愛するあのひとに、美しい彼女に、気持ちを告げることなど出来はしない。

 強くなりたい。でも、どうしたら強くなれるのかがわからない。


 せめて楽器だけは取り戻そう。そう思ってゲイルは指で涙をぬぐい、再び懇願しようとした。そのとき。

「あんたたち。うちの楽師に、何をしてるんだい」


 低い声がした。

 全員がそちらを見る。巨大な影がそびえ立っていた。


 背丈は、一般的に長身と言われる男より頭二つは高かっただろう。肩幅は普通の男の二人分はあり、胸の厚さは巌のよう、丸太のように太い。一言で表すと、筋肉に覆われた岩壁が目の前に現れた。そんな威圧感だった。


「ロ、ローズマリーさん」

 見慣れた姿にホッとして、思わずゲイルはその場に座り込んでしまう。


「ローズマリーだあ?」

「えっ、こいつまさか……。女……? なのか……?」

 絡んできた男たちの間に動揺が走った。


 現れた相手は確かにふさふさした金色の髪を長く伸ばし、頭の上で結い上げている。耳には翡翠の耳飾りもつけている。女の髪型だと言えば女の髪型だし、女の装飾品だと言えば女の装飾品だろう。

 

 だがしかし。日に灼けたいかつい顔には真一文字の傷痕がある。よく見ると盛り上がった胸筋の上に少しばかり、ふくらみがあるような気もするが、全体的にはやはり、なんというか、男とか女とかいう以前に『人間というより岩壁』である。


「あたしが女だったら何だい。見くびるつもりなら痛い目を見るよ」

 澄んだ緑色の目がぎろりと男たちを見下ろす。全員が反射的に首を横に振った。


 女だからどうとか、そういう問題ではない。『これ』を見くびるなど有り得ない。生物としての本能がそう告げている。


 目の前の『これ』は、彼らの遥か上を行く力を持った生物だ。ちょっとした判断の誤り、一瞬の油断が死を招く。そう、誰もが感覚で理解した。


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