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最強船長、陸に上がって大暴れ 番外編  作者: 宮澤花
女魔術師、家に帰る
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女魔術師、家に帰る (最終回)

 床に魔方陣を描き、詠唱を開始する。定められた手順に従って、記録を所定の場所に配置していく。


一冊を置くべき場所に置くたびに父が遺した結界が強化され、新しい効果が発動していくのを感じ取れる。


 最後の一冊を棚に収めると全ては終了する。魔力が小屋全体に巡っていくのを感じ取りながら、マージョリーは終結節を唱えて術を終了させる。


これでこの場所に、彼女の許可を得ぬものが踏み込むことは出来ない。父の研究は守られる。価値を知らぬ馬鹿者に踏みにじられることも、価値を知って強奪を試みる盗人の類に襲われることも心配しなくて良い。


 杖を振り上げた腕を下ろすと、ようやく肩の荷が下りた気がした。

 もう記録を守らなければと気を張り続けなくて良い。怯えを隠して、肩ひじを張って他人と向かい合わなくても良い。ここにいるかぎり彼女は完全に安全で、完全に静穏な暮らしを続けることが出来る。


 ため息をついて書斎を出た。焼き菓子をもう少し食べたくなった。

 また湯を沸かす。こんな些事にどうして時間を使わなくてはならないのだろう。イライラする。


 イライラしたついでに、またあの男の顔を思い出した。町長の館に顔を出した、かつての相弟子。昔から何を考えているかわからない不愛想な男で別に仲が良くもなかったが、今回はまた輪をかけて何を考えているのかわからない状況になっていた。


 彼女には理解不能な男に率いられた、理解不能なパーティにまじった彼は、何だかいつになく機嫌が良さそうだった気もする。あんなやつでも人生を楽しいと思ったりするのだろうか。そう考えると余計に気分がささくれだった。何だかわからないものに負けたような気がして。


 私は人生を楽しんだことがあっただろうか。そう自問した。

 魔術が上達していくのも、知識を増やすのも、誰も読んだことがない石板を解読するのも楽しかったはずだ。けれど、それには常に意味があった。正しい人生、意味のある人生を歩んでいくために、どれも必要なことだった。


 だが、そういうことではなく、もっと意味のないことは?


 たとえば、ろくに会ったこともない父親の人生をたどるために旅をしたり。

 たとえば、魔王を倒すなんてわけのわからないことを言う男と荒野をさまよったり。


 堅実に人生を歩む者が登っていくべき階段からあえてはずれて、それどころか転げ落ちて、それでも楽しいと笑えるような時間を、一瞬でも持ったことがあっただろうか。


 そう思ったとき、ちょうど湯が沸いた。注ぎ口から中身があふれ出しそうになった鉄瓶を、あわてて火からおろす。


 茶の香りをかぐと少し気持ちが落ち着いた。引っ越しと術の行使で疲れていたのかもしれない。あんなことを考えるなんて。人生は短いのだ、有意義なことに使った方が良いに決まっている。


 もう一度、暖炉の前に座って茶と焼き菓子を楽しんだ。


 菓子を焼いてくれた教え子たちの顔を思い出す。もうすぐ十五歳になるリリアは花嫁修業を始める年齢だ。本人も村の誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っているなどという浮ついた話が気になってたまらないようだった。


 アルミアは十二歳になったばかり。筋は悪くないのだが、じっと座って勉強をするよりも外で走り回りたいという子だった。母親が教える裁縫や刺繍も面倒くさがって、『やる気になれば出来るのに』とよく叱られていた。本人の性質と才能がかみ合っていなくて、もったいないとマージョリーは感じていた。


 その点、まだ九歳のデルフィラは幸運と言えるだろう。彼女は魔術そのものを楽しみと感じられる子供だった。生まれ持った魔力量も十分で、魔術師の都に行かせてもそれなりにやっていけるだろうと思えた。


 才能のある弟子を教えることが出来るのは、師にとっても喜びだ。

 デルフィラの存在にマージョリーは救われた。退屈と焦燥しかない田舎町の暮らしを、彼女が色鮮やかに変えてくれた。


 それでも。


 デルフィラは、女魔術師にはならないだろう。両親が望むように、平凡な村の女としての人生を選ぶだろう。魔術のことは『子供のときに教わったちょっと特別な勉強』として、そのうち忘れていくのだろう。


 そして自分は、女魔術師マージョリーは、そんな人生を望まない。

 これまでも、これからも、決して。


 死に際に父は、あの記録を自分に託した。

『お前が守れ』 

 という言葉を聞き、術の秘密を教えられた。


 そのとき、言いようのない勝利感が胸を満たしたのを覚えている。父は自分を選んだ。アルガでもカジリアでもなく、この自分を、その研究記録の保管者として。

 父の死に顔を見ながら、マージョリーは悲しみではなく満足を感じていたのだ。


 小屋を囲む魔力の防壁に注意を向ける。父が何年もかけて構築し、自分が再び命を注いだ防護陣。

 自分だからこそ、父はこれを託してくれたのだ。たったひとりの娘だから。一番長く、手塩にかけた弟子だから。あるいはその両方だから。


 考える必要はない。自分はただの墓守ではないのかなどと。父の研究の果実であった部分の光も闇も引き継いで発展させていく、または責任を取っていくのはアルガとカジリアの二人であり、自分はその実を育んだ枯れ木を守っているだけなのではないかなどと。


 明日は掃除をしよう。そしてそのあとは久しぶりに石板の解読をしよう。

 町ではとても研究など出来なかったから、途中になっていることが山ほどある。


 今の世に生きる人が誰も知らない、過去の叡智を掘り起こすのだ。

 それはきっと楽しく、そしてとても意義のあることなのだから。


(終)


 お付き合いいただきありがとうございました。

 明日もまた別の話を投稿いたします。よろしくお願いいたします。

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