第九十三話 約束
「一体どうなってんだ?」
シルビアさんの言葉に全員が息を呑んだ。
棺で眠っていた、カレンとシュウが人間の姿に変わったのだ。そして、遅れて海にも変化が起こった。
「海……なんで人間の姿に?」
私の呟きに全員の視線が海に注がれる。そこには、私のよく知る海がいた。魔族でも、黒竜でもない、人間の海。最後にこの姿を見たのはアルバーノ伯爵領だ。
「天昇の儀でカレンとシュウが人間に戻った。それも信じられない話ですが、なんで海殿まで」
ダルシオンさんの疑問に答えたのは、海本人だった。
「私の帰還条件が満たされたからです」
カルロさんが「あ!」と声をあげた。
「大魔術師の死……つまり、勇者一行で魔法使いだったカレンは大魔術師なのか!」
「カレンは、それほどの力を持っていたということですか?」
ダルシオンさんが眉間に皺を寄せて、棺に眠るカレンを見た。
「恐らくね。てっきりマスターとばかり……」
カルロさんの言う通り、全員がそう思っていただろう。
「海……知ってたの?」
私の問いに、海が頷いて下を向く。
「ごめん……かなこを置いてくことになっちゃった」
置いてく……違う……そういうことじゃない……。
「海ちゃん!」
「海さん!」
「チャミ……ジョン……」
私は一歩も動けず、海に走りよる2人を見つめる。
「2人には最後の最後まで迷惑かけたよね。本当にごめんなさい」
海が2人に頭を下げる。
「またそういうこと言う。海ちゃんの悪い癖だよな! ジョン!」
「海さん。僕らは君に感謝してるんだ。あの島で出会ったこと……僕は絶対忘れない」
ジョン君が海の肩に手を置いて顔を上げさせる。それでも海の目は揺らいでいる。それを見たチャミ君が静かに話し出した。
「海ちゃんと出会ってここに来て、俺……自分が変われたと思う。人間を信じられるようになったんだ」
「だから海さんも、信じて欲しい」
ジョン君が続けて言う。
「信じる?」
海は首を傾げている。ジョン君は優しく微笑んで頷いた。
「自分がやってきたこと、自分が信じたものを」
一瞬、海の目が潤んだ。そして言葉を絞り出した。
「……ありがとう」
「海!」
シルビアさんの声と入れ替わるように、チャミ君とジョン君が下がる。
戻ってくるチャミ君は目元を袖で拭った。ジョン君は振り返って、懐かしいものでも見るかのように海を見つめている。
その時、私はジョン君が海に抱く特別な感情に気づいた。伝えようと口を開きかけたら、チャミ君が私に向かって首を振った。私は頷いて海に視線を戻した。
「シルビアさん、ルークさん」
「突然すぎるわ。知ってたんなら言えよ!」
「シルビア殿、言い方ってものがあるでしょう。海殿、色々ありましたが、あなたとの日々は忘れたくても忘れられないものになりました」
「お前も大概じゃね?」
「うるさいですよ」
相変わらずのやり取りに海は笑っている。
「2人は変わりませんね。初めて会った時から」
そうか。フェルス王国に来る前から海は2人と会っていたんだ。2人が海を連れてきてくれたから私は海とこの世界で会えた。チャミ君とジョン君を連れてくる時に何やら強引なことをしたらしいが、今となっては獣人2人はかけがえのない存在になっている。
「ナコのことは任せな。必ず守ってみせる」
「私も支えます」
「ありがとうございます」
シルビアさんは海の頭をわしゃわしゃして、笑っている。ルークさんもいつもの爽やかな笑顔を向けている。海の頬が赤い。イケメンの笑顔にやられたな、あれは。
そうこうしていると元気に海に向かっているハーフエルフが視界に入った。
「海! あんた本当に面白かったわ!」
「母上!」
「エステル様、ライネル様」
エステル様を止めようとしているライネル様が海に謝っている。
シルビアさんとルークさんはライネル様と何か話して、騎士団の元に下がった。
「海さん……あなたのおかげで呪いを解くことができた。そして竜とも繋がりを持てた。これは我々にとって大きな前進だ。それに……」
海が首を傾げて続きを待っている。ライネル様はエステル様をチラッと見てから、海に何か耳打ちした。すると海は笑って耳打ちで返事を返した。
「何よ。秘密の話? あたしも聞きたいんだけど!」
エステル様が膨れてしまったのを見て、海とライネル様はクスクスと笑っている。
「ライネル様……なんだか雰囲気変わりました?」
海が言うと、ライネル様はとぼけたように返す。
「そうだろうか……大きな目標ができたからだろう」
「みんなが仲良くできる世の中を作るって張り切ってるのよ」
「母上! それは秘密だと!」
ライネル様の顔は真っ赤だ。エステル様はいつもの笑顔で豪快に笑っている。
「順番待ちしてるみたいですね」
「ダルシオン! 空気を読んでくれ!」
カルロさんが慌ててダルシオンさんを咎める。
「あら。じゃあ次に回さないとね! 海! 向こうでも風邪ひかないようにね!」
「はい。ジェド様とファティナ様、あとグスタフさんにもよろしく伝えてください」
エステル様は親指をグッと立てて離れた。
「ファティナ義姉さんにこと……黙っててくれてありがとう。では」
ライネル様も手を振りながら離れていく。
ファティナ様? 何かあったっけ?
考えを巡らせても心当たりがない。
すると、カルロさんとダルシオンさんが海と話している。カルロさんはペコペコ頭を下げながら、そっぽ向いてるダルシオンさんを肘で小突く。
「カルロさん、気にしないでください。ダルシオンさんには慣れましたから」
「どういう意味です?」
「そのままの意味だろ、ダルシオン」
海が笑ってる。
「ナコさんは僕らが責任もって帰還条件を満たせるようにする。安心してくれ。それと……」
カルロさんが途中で止まって下を向いた。
「カルロ殿」
ため息をついたダルシオンさんがカルロさんを睨む。
「ご、ごめん。なんだか言葉が出なくて……」
「……感謝してます、とのことです」
カルロさんの代弁をするダルシオンさん。その目は本気で言ってるようにも見える。
「感謝されることしてませんよ? むしろ私が感謝してるくらいです」
「いえ、あなたのおかげでマスターの弟子になれました。カルロ殿も過去にケリをつけられました」
海とダルシオンさんは話しながらも苦笑気味だ。
「カルロさん……泣きすぎです」
「ごめん……だって……」
「はいはい、行きますよ。それでは海殿、お元気で」
ずっと泣いてるカルロさんを、ダルシオンさんが引きずっていく。あっさりとした挨拶で。
その様子をボーっと見ていると、海の足元に光の陣ができはじめた。
「ナコ! 急いで!」
王妃様に言われてビクリと肩が揺れた。
王妃様に引っ張られ、ナタリーさんに背中を押されながら海に近づく。国王様は横をついてくる。
海に前まで連れてこられた。そして、海に抱きつく王妃様とナタリーさんを見つめる。
「みんなとお別れできてるの?」
「はい。サントスさんとマスターにはもう全部話してあります」
「ペーターは?」
「もちろん。泣き止まなくて困ったくらいです」
「彼は誰よりもあなたのことを慕っていましたから」
3人が抱き合いながら話している。
「レイチェル様とナタリーさんには最後まで勝てませんでした」
海が笑いながら言うと、王妃様とナタリーさんはキョトンとした。
「まぁ。私はいつも海さんに負けてましたよ?」
「え? 勝ち負けだったの?」
3人が微笑ましく笑っている。そこに国王様が一歩近づく。
「海さん……本当にありがとう」
「国王様、こちらこそ……」
海がお辞儀をして顔を上げた。そして私を見て言葉を詰まらせた。私と海の視線が合ったままお互い動けない。
「レイチェル」
「ええ。海、大好きよ!」
国王様に連れられて、王妃様が離れていく。ナタリーさんは私の背中をそっと押してから去っていった。
海が近づいてきて、ゆっくり私の手をとった。
「かなこ。先に戻ってるね」
さっきまでの傍観者だった私はもういない。目の前の海が私を現実に引き戻す。
「なんでみんな……あんなにあっさり受け入れられるの」
ポツリと零した言葉を拾い上げる海。
「なんでだろう……私もびっくりしてる」
手のぬくもりがじんわり伝わり、海の手をギュッと握った。
「……海」
「……うん」
小さな声なのに海はちゃんと聞いてくれてる。
「……あの約束覚えてる?」
突拍子もない問いを投げかける。だけど海はにこっと笑った。
「みんなが忘れても私はかなこを覚えてる、ってやつ?」
あの中庭で交わした約束。この世界で再会できた時の約束。
「覚えててくれる?」
「多分」
「多分?!」
思わず顔を上げて大きな声が出た。
「冗談だよ! 絶対忘れない。魔族になっても忘れなかったもん」
いたずらが成功したみたいに笑ってる海を見て、私も伝染して笑った。
「かなこ」
海が抱きついてくる。私は背中に腕を回して力一杯受け止める。
「ずっとそばにいる」
肩口から聞こえる海の声が、私の心を包み込む。ポカポカとして、全身の力が抜けていく。
「うん」
溢れる涙を目に溜めて答える。海が体を離して私の涙を拭った。
そしてお互いの顔を見て、同時に口を開く。
「「親友だもんね」」
足元が光り、私たちは光に包まれる。
私は首にかけてあるペンダントを急いで取って、海の手に握らせた。
「かなこ……先に戻ってる!」
「うん!」
眩い光に耐え切れず、一瞬目を閉じる。そして再び目を開けたら、もうそこに海はいなかった。
光の粒子が風に吹かれて消えていくのを眺める。そして、私は崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
涙がどんどん溢れてくる。嗚咽を漏らしながら、何度も何度も目元を拭う。
座り込んでる石畳の床から冷たさを感じる。風もまだ冷たく、目元の涙をさらっていく。
あまりにも短く、あまりにも長い時間だった。
この世界に来てから、海と再会して、この瞬間まで……。あっという間なのに、忘れることの出来ない時間だった。
涙が止まらない。息もうまくできない。
しばらくして、後ろに誰かが近づいてきた。そして、その人の発した言葉が私の涙と呼吸を止めた。
「泣く暇があるなら、仕事してください。やることは山のようにあるんですから」
ダルシオンさんが言うと、後ろの方からみんなの声が降り注いできた。
「ダルシオン!」
「あまりにも冷たい言い方よ!」
「それはないな!」
カルロさん、王妃様、シルビアさんの突っ込みに、ダルシオンさんが答える。
「好きなだけ罵声を浴びましょう。慣れてます。それに……」
顔を上げると、ニヤリと笑ったダルシオンさんが見下ろしていた。
「召喚術を応用すれば手紙くらい届けられるかもしれません」
一瞬時が止まり、みんながため息を吐いた。
そして代表してシルビアさんが呟いた。
「お前結局優しいよな」
頷くみんな。私は思わず笑ってしまい「鬼畜魔術師」と呟いた。
ダルシオンさんは眉間に皺を寄せて、くるりと背を向けて歩き出した。
「天昇の儀は終わりました。さっさと仕事に戻ってください」
「ダルシオン……照れてる?」
「うるさいですよ」
耳が赤いダルシオンさんをからかうようにカルロさんが言う。
私は立ち上がって、大きく深呼吸しながら空を見上げた。白い花弁が空に舞ってるのが見える。
呼吸も普通にできる。涙も去った。
親友は消えた。でも繋がっている。この世界と異世界で。
最後までお読みくださりありがとうございます。
次回、最終回です。
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