第九十二話 天昇の儀・再
白いローブを纏って鏡の前に立つ。これで三度目。でも今回は鏡に写る顔が強張っている。
『かなこ緊張してる?』
「海さん。あなたは浮かれてるようですけどね……私は今にも吐きそうだよ」
鏡越しに映る黒竜と目が合う。
『大丈夫って自分で言ってたじゃん』
「練習は完璧だよ? でもいざ本番になると……」
緊張で体に力が入る。両手をギュッと握って広げる。
ベッドの上でダランと寝そべっている海がモゾモゾと起き上がった。
『メインはダルシオンさんでしょ? その補佐なんだし、ダルシオンさんだって期待してないよ』
「ひどくない? いや、まぁ……そうなんだけど」
さっき廊下で会った時にダルシオンさんに言われた。
「期待はしていません。へっぽこ天才魔術師を発動しないことだけ考えててください」
カチンときたけど、その通りで言い返せなかった。
『王妃様まだかな』
扉をさっきから何度も確認している海。天昇の儀では、海は王妃様が抱えていることになった。
今回は民たちも参列させず、魔族との戦いに関わった者だけ、という異例の小さな天昇の儀。魔族のペーター君と死人扱いのサントスさん。動けないグレンさんは不参加。まぁ窓から見えるだろうけど。
コンコン
「お待たせ! 準備できてる?」
『レイチェル様!』
扉の隙間から顔を出した王妃様に海は目を輝かせた。
「海がお待ちかねですよ」
半ば呆れながら言うと、王妃様はいたずらっぽく笑った。
「あら、ごめんなさいね。ナタリーの着替え手伝ってたのよ」
「ナタリーさん参列できるんですか?」
本人から不参加だと聞いていた。魔術師ナコとして頑張ってくださいね、とあの笑顔で言われた。おかげで変に緊張しているのだが……。
「えぇ。サントス出ないからって断ってたけど、無理やり参列させたわ。海もいるし隣に居て欲しいって泣き落としたの!」
『「うわぁ……」』
リアルに想像できて、つい出た言葉が海と被った。
「さぁ! 行きましょう!」
そう言って、王妃様は海を腕の中に抱えた。
『はーい』
鏡をもう一度見て気合いを入れる。
「よし! がんばれ私!」
◇
聞いてはいたけど、これは圧巻だ。
国王様をはじめ、全員が白い服を纏っている。騎士団はお揃いの黒い正装を身に纏っている。
そしてその間に、棺が3つ。カレンとシュウが眠っている。そして空っぽの棺。
「これより天昇の儀を始める。カレン、シュウ、ナギを送り出す」
国王様の言葉を合図に、騎士団が敬礼。そしてダルシオンさんとかなこが棺の側に歩いていく。
2人が視線を交わして手をかざす。すると、棺の中に敷き詰められていた白い花が蝶のようにふわふわと舞い始めた。
ダルシオンさんの動きに合わせて、カレンとシュウの胸の辺りから出てきた緑色の淡く光る球体が、それぞれ紫色の宝石に入る。本来なら愛用していた物を使うのだが、それがないから宝石を代用しているらしい。宝石は明るく輝き、ゆっくり光が消えていった。
すると、舞っていた花が光の帯のようになって、淡い青空に向かって伸びていく。
これが、みんなが言ってた光景だとすぐに分かった。
『きれい……』
言葉にできない光景だった。
最後にこれが見れて良かった。
白い光を見つめていると、心臓がドクンと脈打った。それと同時に棺に変化が起こった。
◇
窓から白い光が飛んでいくのを眺める。
「やはり、あいつの魔法は見事だな」
マスターの言葉に私も頷く。隣の窓に貼り付いて空を眺めているペーターを横目に、マスターに話しかけた。
「いつですか?」
「そろそろだろう」
外を眺めながら答えるマスターの目には穏やかな光が宿っている。
「彼女と別れは済ませましたか?」
「あぁ。余計なものを背負わされた。お前もだろう? サントス」
自然と口元が緩んだ。
「えぇ。西大陸にも目を向けてくれと頼まれました。竜と話せるナコ殿がいれば問題ないだろう、と」
「そうか」
彼女にお願いされた時、強い信念を感じた。これから起こるであろう別れについて知ったのはその時だ。
「あ。動きがありました」
ペーターが振り向いて報告をしてくれた。
彼も事前にそれを知り、別れは済ませたと言っていた。だが、窓の外に視線を戻した彼の目には、どことなく寂しさが滲んでいる。
「そうですか」
短く答えて、私も窓の外を見る。
「カレンとシュウ、2人とも戻ったか?」
「はい。人間の姿に変わりました……あと……」
マスターの問いに答えるペーターが言葉を詰まらせた。代わりに口を開く。
「彼女も戻りましたか?」
「……はい」
しんみりとした空気が流れる。頭で理解していても気持ちが置いてけぼりになってしまう。それが彼女の残したものなのだろう。
その沈黙を破るようなマスターの言葉に、私もペーターも、つい破顔してしまった。
「あいつ、服着てるか?」
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次回の更新は【5月20日 21:00】を予定しています。
最終回も含めて2話投稿します。




