第九十一話 家族
アルバーノ伯爵領――
鮮やかな色の光を浴びながら十字架の前で祈る。
「父上、ようやく決着がつきました。私はやっと自分と向き合えた気がします」
大魔術師グレン、魔王カレン、世界の創造に関わった竜。そして重荷を背負った海さん。
ルークが死にかけながらも満足そうな顔をしていたのが今ならわかる。あの時は治療で必死で、彼の心まで頭が回らなかった。
彼は最後、復讐の心はなかった。だが、ナギを追い詰めた。
それは私が聖職者としての道を選んだ時と同じ覚悟だったのだろう。先を見据えた覚悟。
先程、赤竜が来て、言伝を預かった。不思議なことに、義姉上が赤竜と言葉を交わしていた。
なぜ竜の言葉が分かったのだろう?
聞くタイミングをのがしてしまったままだ。
「ライネルさん」
振り向くと義姉上が立っていた。光の中で優しく微笑む姿は、初めて会った時から変わらない。
「もう出発ですか?」
「いいえ。まだエステル様が慌ただしく走り回っていましたので、もう少し時間はあるかと」
フェルス王国の天昇の儀に参列するのは私と母上。そろそろ出発の時間なのかと思ったが、違ったようだ。
私は先程の疑問が頭をよぎった。
「あの……」
「なんですか?」
首を傾げる義姉上にチラチラと視線を何度も向ける。私はようやく意を決した。
「なぜ竜の言葉が分かったのですか?」
キョトンとしていたが、すぐに笑顔に戻った。
「これはジェド様には内緒ですよ? 誰にも言わないと約束しているんです」
「兄上と約束?」
「混乱をまねかないためです」
秘密? 混乱?
私は全く想像がつかない。兄上は嘘をつけるような人ではない。その兄上が秘密を抱えている?
義姉上は十字架の前に来て、両手を組んで祈り、そしてゆっくり振り向いた。
「私は他種族と会話ができるスキルを持っているんです」
「……スキル……」
言葉を反復して、ハッと気づいた。その反応だけでわかったのか、義姉上は困ったように笑った。
「私……魔族なんです。魔力を失って、このような人間の姿なんです」
「では……元は異世界人……?」
頷いて、私に背を向けた。
「記憶がないんです。でもスキルだけは残っています。使い方も覚えてなかったのですが、赤竜が目の前に現れたら勝手に使えるようになりました」
衝撃の事実なのに、何故か嫌な気はせず、不思議と受け入れている。むしろ納得してしまった。
「そのことを知ってるのは……」
「ジェド様とグスタフさんだけです。エステル様も知りません」
執事長グスタフの名が出てきて、記憶を遡る。
「そういえば……婚姻を決めた時もグスタフがお側にずっといました……そういうことだったのか」
魔族である義姉上の万が一のことを考えて、グスタフが常に側にいた。グスタフは元々腕の立つ冒険者だと聞いたことがある。兄上や私たちを守るのと同時に、義姉上の秘密を我々から守っていたのだろう。
義姉上は振り向いて、いつもの笑顔を向けてきた。
「ジェド様は、私が魔族でも人間でも関係ないと言ってくださいました」
「兄上らしい」
自然と私の口角も上がった。
「ふふ! そうなんです。だから私はずっとジェド様と共に歩むことを決めました」
私と義姉上はクスクスと笑ってしまった。
すると遠くから兄上の声が聞こえてきた。
「ファティナー! どこだー!」
「ジェド様が呼んでますね。私行きますね」
そう言うと義姉上は小走りで兄上の元に向かう。私はその後ろ姿に声をかけた。
「義姉上!」
振り向いた女性は紛れもなく、ファティナ義姉さんだった。
昔の呼び方が呼び起こされ、兄上の結婚式の光景が駆け巡る。父上も母上も笑っていて、レイチェルがご馳走に目を輝かせていた。
「これからは私も秘密を共有します。頼ってください」
ファティナ義姉さんは、数回瞬きをして、口元に手を添えてクスリと笑った。
「ふふ! ジェド様そっくり。さすが兄弟ですね」
彼女は去り、遠くで兄上と会話をしているのが分かる。
私はステンドグラスを眺めた。
「ここは色々な種族が共存しているのだな」
いつか、この光景が世界中で見られたら……と思った。
静かに目を閉じようとしたその時。
「ライネーーーール!」
大きな母上の声が響き渡った。領地内全体に聞こえたんじゃないかと思うほどだ。
「はい! 今行きます!」
負けないくらい大きな声で返事をして、フッと笑いが込み上げてきた。
なんて居心地のいい場所なのだろう。
まずはここから始めよう。世界を幸せで満たせるように……。
◆
森の中の陣に立つ二人に声をかける。
「母上、ライネル。俺たちの分まで頼むぜ」
「任せなさいジェド!」
「天昇の儀が終わったら、私は暫く向こうで怪我人の様子を見てきます」
母上が自分の胸をトンっと叩く。ライネルも晴れやかな顔をしている。
「おう、頼むぞ」
「お二人ともお気をつけて」
隣のファティナも声をかける。
「私の代わりにジェドをよろしくね、ファティナ」
「はい、お任せください」
母上がファティナの返事を聞いて、チラッと俺に視線を向けた。
ん? なんだ?
「では行ってきます」
ライネルがそう言うと、二人の足元の陣が光出した。
光の柱が現れ、母上とライネルと共に消えた。
光が消えた陣を見つめたまま、俺は隣に声をかけた。
「ファティナ」
「はい?」
クリっとした黒目が俺を見つめてくる。そして俺もその目を見つめ返す。
するとファティナの目が泳いだ。
「バレてます……よね?」
やっぱりな。
俺は自分の勘が当たってしまい、頭をかいた。
「まぁいいけどよ。ファティナがそれでいいなら」
「ライネルさん……さすがジェド様の弟だなと思いました」
「ん?」
どういうことだ?
「『頼ってください』と言われました。ジェド様と同じことを言ったんです。なんだか笑ってしまって」
俺は居心地が悪くなって、咳払いをした。
「ライネルとグスタフ、俺とファティナの秘密になっちまったな」
「だめでしたか?」
不安そうな顔のファティナに向かって首を横に振った。
「いいや。むしろ良かったかもしれない。母上にも言っといた方がいいかもな」
気づいてそうだけど、俺たちから言うのと、母上から言われるのでは意味が違ってくる。
「きっと同じことを言うと思います。だって……家族ですから」
ファティナが俺の言いたいことを言ってくれた。それがなんだか嬉しくて、笑顔が溢れた。
「だな!」
俺はファティナの手を掴んで、足を踏み出した。
「グスタフ待ってるだろうから行こうか」
「はい」
どこからか花の香りが漂ってくる。
向こうはまだ雪が残ってるだろうか。花は咲いているだろうか。
「レイチェルに土産でも準備しとけばよかったな」
ふと、お転婆な妹の膨れっ面を思い出した。
「エステル様にお渡ししましたよ?」
「え?! いつの間に!」
驚きをそのまま全面に出すと、ファティナは予想通り、といった様子で笑った。
「ふふ! ジェド様はきっとお忘れになっていると思ったので」
つられて俺も笑った。ポカポカと体の中があったかくなっていく。
「ありがとな」
やっぱり、俺の隣にはファティナがいないとな。
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