第九十話 あるべき場所
西大陸、魔王城――
大きな椅子に座って、眼前の光景をゆっくり眺める。
不意を突いたとはいえ、あっさりと血しぶきをあげてくれたのは助かった。足元に転がる魔王の首と胴体は離れている。
鉄の匂いが充満しているのは、いただけないな。後で誰かに掃除でもさせよう。
「それで? 君はこれからどうするの?」
魔王だったものを見つめる青い存在に、僕は話しかける。青い山のような大きさ。初めて見たが、すぐに青竜だとわかった。
唸っているけど、何も伝わってこない。通訳できるの誰かいないかな。
「はじめましてだよね? 僕はリク。たった今、ここの魔王になった」
大きな青竜と目が合った。
「魔王になったからって、何かするつもりはないよ。西大陸に残ってる人間にも興味はない。壊れた兵隊たちをかき集めて東大陸に行くつもりもない。そうだな……あえて何かするとしたら……この世界について色々調べてみたいかな。竜とかね」
ピクリとした青竜は警戒するように牙をむきだした。僕は笑みを絶やさずに付け足した。
「食べはしないよ。壊れるのはまっぴらごめんだ」
暫くジッと僕を見ていたけど、青竜は大きな音を立てて飛び立った。その姿はあまりにも力強く、僕の視線を奪った。
黒竜だったあの子はどうなっただろう。
黒竜であり、魔族であった彼女の目を思い出す。あの時言葉を交わした時は気づかなかった。目の奥に戸惑いが見えたけど揺らいでいなかった。それが妙に気になったんだ。魔王カレンと似た目をしていた。僕が絶対に越えられなかった存在……。
飛んでいく青竜を眺めていると、まだ壊れていない駒が声をかけてきた。
「魔王様」
「なんだい?」
「これからいかがなさいますか?」
僕は椅子に深く沈みこんで天井を見上げた。高い天井の奥は暗く澱んでいる。
「特にないよ。人間に手を出すなら僕に言って。完璧な作戦を練るから」
「はっ」
「あと、ここ掃除してくれる? 汚いから」
駒は下がっていった。当たり前のように僕を『魔王』と受け入れていたことに驚いたけど、それが東大陸の魔族との違いなのだろう。
ナギやシュウ辺りならニヤリと笑って駒をもてあそぶだろう。戦いだけが2人の生きがいだ。
そういえばシュウはどうなったかな? マスターとの戦いを望んでいたけど、きっと彼は最後まで戦いの中にいただろう。どんな結末でも彼は喜びそうだ。
「花くらい手向けてあげようかな」
僕はポツリと零しながら椅子から立ち上がって、大きな窓を開け放った。
厚い雲が広がっている。
「青空が見えるところに行きたいな」
小さな呟きは灰色の世界に溶けていった。
◆
海上を飛んでいると、正面から2つの影が近づいてくるのがわかった。
「貴様ら、何をしている」
我の問いかけにため息をついたのは赤竜と黄竜。
「青竜が死んだか、わざわざ確かめにきたのだ! ありがたく思え!」
「赤竜。そのような言い方はよくありません」
赤竜をたしなめる黄竜は昔から口うるさいやつだ。そして今度は矛先を我に向けてきた。
「青竜、まずは感謝から述べるべきです」
我は大きくため息をついた。
「感謝する」
「心がこもってないな」
「うるさいぞ赤竜」
我がせっかく言葉にしてやったのに、赤竜はいつも素直に受け取らない。フンッと鼻を鳴らしてそっぽ向く。
「それで青竜。どうなりましたか?」
黄竜と赤竜がジッと見つめてくる。言わねばどこまでも着いてきそうだ。
「リクという魔族が魔王を殺してその座に就いていた」
事実だけを述べると、不安そうな声を黄竜が発した。
「まさか西大陸を……」
「いや、その気はなさそうだ。よくわからん」
「それで怖気づいて帰ってきたのか?」
ギロリと赤竜を睨む。噛み付いてやろうかと思ったが、いつも緑竜が「無駄なことはやめろ」と言っていたのを思い出してやめた。
「赤竜」
黄竜が低い声で言うと、赤竜は口を尖らせた。
「はぁ……わかった。言い方を変える。この後どうするのだ」
我は、少し間を置いてから口を開いた。
「あるべき場所に戻る」
「海の底ですか?」
「我はあそこが好きだからな。そういえば橙竜はどうした」
あののんびり屋を咎めるわけではないが、共に来なかったのが不思議だ。気になることはとことん知りたがる奴なのに。
「火山にいる。翼に傷を負って飛べなくなったのだ」
赤竜が俯きながら答えた。我は驚く間もなく問いかけた。
「なぜ」
「魔族にやられたそうです。その魔族は火山に沈んだそうです」
黄竜が代わりに答えるところを見ると、赤竜は自責の念を感じているのだろうか。珍しくしおらしい。
たまには慰めてやろうと口を開きかけたら赤竜が顔を向けてきた。
「橙竜の元に我も戻る。どうせあやつは火山から動く気がない。気に入ってるらしい。貴様と同じでな、青竜」
「ふん」
鼻を鳴らしてそっぽ向く。
やはり赤竜に優しさなど不要だ。
すると、ため息混じりに黄竜が呟いた。
「どうして青竜と赤竜はこうも仲が悪いのでしょう……いつも緑竜が仲裁してくれていたのに……」
「黄竜!」
ハッと息を呑んだ黄竜が、目を泳がせながら我を見てくる。
「気にしていない。それより言伝を頼みたい」
気を使われるのは嫌いだ。さっさと自分の居場所に戻りたい。
我の反応に安堵した様子の黄竜が真面目な顔で聞いてくる。
「なんでしょう」
「国に戻った奴らに伝えてくれ。リクの事、今後の我らの居場所を」
ナコ……人間は嫌いだが、何故かあやつにはこの事実を伝えておかねば、と思った。
「ならば我があのハーフエルフ達に伝えよう」
赤竜の意外な言葉に眉を寄せる。
「知り合いか?」
「そんなところだ」
何があったか知らないが、赤竜は楽しそうに尾を揺らした。
「我は……どこに行けばいいのでしょう……」
黄竜が情けない声を出した。我と赤竜はお互いを見て黄竜に視線を移した。
「好きにすればいい」
「火山に来るか?」
「いいえ」
赤竜の誘いにも乗らない。独りがいいのだろう。
「では、あそこはどうだ?」
赤竜と黄竜の目が我に向けられる。
「創造神がいつもいた場所」
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