第八十七話 新たな騎士団
海を抱えて騎士団の鍛錬場に近づいていくと、聞きなれた喧騒が聞こえた。
「何度言えばわかるんですか!」
「何度聞いても納得できないからに決まってんだろ!」
「なー、シルビア落ち着けって」
「ルークさんも興奮すると傷が開きますよ」
ルークさんとシルビアさんの喧嘩をチャミ君とジョン君がなだめてるのが目に浮かぶ。声だけで状況が掴めてしまうことに、私も海も苦笑いだ。
「なんで引退なんだよ! 騎士団長のままでいいだろ!」
「ですから、私は第一線を引きます。この傷では今までのような活躍はできないんです。だから団長の座を明け渡して、騎士団の底上げに回るんです。別に騎士団から脱退するわけじゃないんです!」
ルークさんの言葉に足が止まった。
え? ルークさん……団長辞めるの?
「だからって、その抜けた穴を埋めるのがなんで私なのさ! 第一騎士団長は他の奴がやればいいじゃん!」
「全くあなたは。どうしてそんなに第二騎士団にこだわるんですか!」
2人が言い合ってるのを遠くから眺める。下を向くと、海もポカンと口を開けている。
「だって第一騎士団はお堅いやつらばっかなんだもん」
口を尖らせながらシルビアさんが反論すると、ルークさんは呆れたような顔をした。
「そんなことありません。あなたにしか務まらないんです。この座は」
気まずい空気が漂っている。
私が声をかけるべきか悩んでいると、チャミ君にバレてしまった。
「お! ナコちゃんと海ちゃんじゃん!」
みんなが一斉に振り向く。私と海を視界に入れると、ルークさんとシルビアさんは気まずい様子でお互いそっぽ向いた。
とてもじゃないが、通りすがりを理由にはできないだろう。
『かなこ』
海の言葉に背中を押されて、渋々4人の元へ足を進める。
「ルークさん第一騎士団長、辞めるんですか?」
「えぇ。国王とも話し合って、特別顧問として、騎士団の指導を務めることになりました」
ルークさんは私からシルビアさんに視線を移す。小さくため息をついて
「団長はシルビア殿に引き継いでもらおうと考えていたんですけど……」
と、言葉を詰まらせた。
それに答えるようにシルビアさんが、そっぽ向いたままポツリと零した。
「他の奴でいいじゃん。なんで私なのさ」
シルビアさんがそこまで頑なに拒否する理由が分からない。『第一騎士団はお堅い』と言っていたが、それだけじゃない気がする。
「第二騎士団はどうするんですか?」
ルークさんに疑問を投げ続けるしかない。空気がどんどん重くなっていく。
「団長はジョン。副団長はチャミに任せようと思ってました。騎士団全員納得しているんですけど、シルビア殿だけ」
「私は、お気楽な第二騎士団がいいの! 第一騎士団をジョンとチャミがやればいいじゃん」
ルークさんが言い終わる前に口を挟んできたシルビアさんは、さっきから語尾が強い。いつもみたいに怒ってるというより、不貞腐れてるように見える。
海も『シルビアさんいじけてるみたい……』と呟いた。
それにつられてルークさんも苛立ちを隠さなくなってきた。
「だから、それはさすがに負担が大きいと言ったじゃないですか!」
「なんとかなるだろ。お前らもなんか言えよ」
シルビアさんにギロリと睨まれたジョン君が俯きながら答えた。
「僕は……いきなりルークさんの後釜は無理だと……」
「俺はどっちでもいいけど? どうせ副団長だし!」
空気の読めないチャミ君の言葉に、この場が一瞬凍りついた。
「チャミ!」
「ん?」
ジョン君が慌てて注意する。だがもう遅い。ルークさんとシルビアさんがチャミ君を睨みつける。
「あーえっと……すんません」
ようやく自分の失言に気づいて謝る。チャミ君の耳と尻尾がへにょんと垂れる。
あー……かわいそう。
すると、海が口を開いた。私はそれを通訳する。
「ジョン君とチャミ君なら第一騎士団、まとめられるんじゃない?」
「ナコ殿まで……」
「ナコさん、なんてことを!」
ルークさんは頭を抱え、ジョン君は慌て出した。
「って、海が言ってます!」
後付けで海に責任転嫁。チラッと下を向くと、海は口をポカンとあけて私を見つめてる。
『確かにそんなような事言ったけど、それはずるい!』
小声で海に謝る。
「ごめん海。この場を収めるために犠牲になっておくれ」
ため息をついてブツブツ言ってる海を放置して続ける。
こういう時、通訳できるの私だけってのは得だな、と思った。でもこれは黙っておこう。絶対怒られる。翼でずっとペシペシされる。
「海だってそう言ってる。ナコだってそう思うよな?」
「はい!」
シルビアさんに元気よく返事する。
「どうだルークさんよ」
シルビアさんがルークさんをじとーっと見つめる。腕組んであの目で見つめられたら、足がすくむどころじゃない。
平然としてられるルークさんって凄いなと、改めて思った。
すると、ルークさんが諦めたような声を出した。
「……わかりました。それでいいです」
「よっしゃ! ありがとな、海、ナコ!」
シルビアさんに背中を叩かれる。笑顔を向けてるが、めちゃくちゃ背中痛い。背骨折れそう。
「僕に団長なんて務まるかな……」
「大丈夫だって! ジョンなら問題なし!」
うなだれるジョン君と正反対の反応をするチャミ君。ジョン君の肩に手を置いて励ましていると思ったら、急にこっちに顔を向けた。
「そういえば、2人とも何しに来たんだ? なんか用事?」
そういえば……なんで来たんだっけ?
『かなこ! ルークさんとチャミの傷の具合聞いて!』
海に言われてハッとした。
そうだ。通訳しに来たんだった。
私は気を取り直してルークさんに向き直った。
「ルークさん、寝てなくていいんですか? かなりの深手のはずですけど……」
「ええ。これくらいなんてことありません」
平然と答えるルークさんに引きつった笑顔を向ける。すると、代わりにシルビアさんが言ってくれた。
「お前バケモンかよ……」
そうそれ。それが言いたかったの。
「なんですか? わがまま騎士団長殿」
「はぁ?! もういっぺん言ってみろ!」
案の定喧嘩再開。
「シルビアさん!」
「あはははは!」
「チャミ、笑ってないで止めてよ!」
ジョン君は慌てて止めに入り、それを笑って見ているチャミ君にも怒っている。
平和だな……。この光景見てると、ついこの間までの戦いを忘れそうになる。
「チャミ君は大丈夫なの?」
「ん? おう。ライネルの坊ちゃんから痛み止めが届いてさ。それ飲んだら全然痛くねえの! すごくね?」
ライネル様は聖職者。治癒魔法に特化してるって言ってたから、痛み止めも効果抜群なんだろう。
「だって、海」
『ライネル様には感謝しかないな……』
海がホッとしながら呟いた。私も頷いて同意する。
「ライネル様とエステルさまも、もうすぐここに到着されると思いますよ。天昇の儀に参列されるようですから」
「え? あのハーフエルフ親子来るの?」
ルークさんとシルビアさんは喧嘩をやめたらしい。仲がいいのか悪いのか……。
「王妃にも会いたいそうで。エステル様がえらく騒いだとか……」
ルークさんが苦笑いで教えてくれる。
「想像できるわ……『母親が娘に会いに行っちゃいけないの?』とか言ったんだろうな」
一瞬の間があり、全員が同時に吹き出した。
「シルビア! 似すぎ!」
チャミ君がお腹を抱えて笑っている。
『国王様の真似もうまかったけど、まさかエステル様まで』
海も笑ってるし、私もお腹痛い。ジョン君も肩が震えてる。
「私、そっちの才能あんのかな?」
「シルビア殿、真面目に言うのやめてください」
真面目な顔のシルビアさんにルークさんがすかさず突っ込む。
「最近はカルロの真似も練習中なんだ」
「え! やってやって!」
シルビアさんの発言に私はノリノリで言う。
シルビアさんはゴホンと咳払いして軽く息を吸う。
手をモジモジさせながら体をくねくねさせると……
「ぼ、僕にはできないよ~」
私たちは、ドッと笑いに包まれた。
「あはははは! めっちゃ似てる!」
「いじいじしてる仕草がやばいです!」
『アライグマ・カルロだ!』
チャミ君、私、海は爆笑。ジョン君はヒーヒー言いながら笑ってる。ルークさんも珍しく肩を震わせて笑っている。
「皆さんお揃いでなんだか楽しそうですね」
みんなで笑っていると、サントスさんがしれっと参加してきた。
この人いつも空気のように来るんだよなぁ。
「病弱。お前もう復活か?」
シルビアさんが涙を拭きながら聞く。
「えぇ。熱も下がりましたから。もうこんなに元気です!」
力こぶを作るように腕を上げるが、ぺちゃんこでみんなで笑いを堪える。これはこれで面白いんだけど、本人わりと本気だから笑っちゃいけないのだ。
シルビアさんが堪えきれずに口を開く。
「宰相様が何しに来たんだよ」
「あぁそうでした」
サントスさんが思い出したようにポンと手を叩いた。
「ナコ殿、海殿。そして、チャミとジョン。国王がお呼びです」
「え? 私たちですか?」
「俺らも?」
4人で首を傾げながら顔を見合せてしまった。
最後までお読みくださりありがとうございます。
感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。
次回の更新は【5月8日 21:00】を予定しています。
毎週 月曜、水曜、金曜の21時更新です。




