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第八十八話 尊重すべき気持ち

 大きな扉の前に来ると、かなこが一瞬足を止めた。この先は王の間だ。かなこを見上げると、眉間にシワが寄ってる。

「緊張してきた」

『何度も来たところだよ?』

「そうなんだけど……大体いつもやらかしてここに来ることが多かったから」

『城壁壊すとか』

「そう……笑ってるでしょ。わかるんだからね!」

『ごめんごめん』


 周りに聞こえないようにかなこと冗談を言い合う。こういう時、かなこにしか私の言葉が通じないのがありがたい。


「では、4人とも準備はいいですね?」

 サントスさんが扉に手をかけて振り返る。

 私たち4人は大きく頷いた。


 ギィィ


 重そうな音を立てて開く扉。

 サントスさんに続いて中に入っていくと、玉座に座っている国王様が笑顔を向けてきた。

「4人とも! 呼び出してすまないな」

 人の良さそうな顔。初めて会った時と同じ雰囲気を纏っている。


「国王様、僕らに話があるとか」

 ジョンが先陣切って話し出す。それに続いてチャミが私たちの考えをそのまま口にした。

「俺らなんかやらかしたっけ?」

「チャミ君! 不吉なこと言わないで!」

 かなこが慌ててチャミを咎める。

 そりゃそうだ。かなこにとってそれは一番考えたくないことなんだから。

「はははは。皆に不満などないよ。これは相談なのだ。ぜひ意見を聞かせてほしい」

 国王様はあっさり否定した。


 相談? 意見?


 全員の頭にハテナが浮かんでいる。国王様はゆっくり息を吐いて話し出した。


「アヤのことだ」


 全員が息を呑んだ。

「彼女は魔王の呪いから解き放たれた。だがその影響なのか魂が抜けたように黙り込んでいる。申し訳ないとは思うが、地下牢に居てもらっている」

 国王様の判断は正しい。そう思っているジョンとチャミが答える。

「敵意はまだあるはずなので地下牢に入れておくのは正解かと」

「あいつ、昨日様子見に行ったら、凄い睨んできたぜ?」

 2人の声色からアヤに対する敵意が感じられる。魔族領での出来事が走馬灯のように頭に浮かんでは消えていく。

 2人がアヤを敵視するのは当然だろう。それに……。

「チャミ君の目をやったの……アヤなんでしょ?」

 考えていたことをかなこが言ってくれた。

「うん」

 チャミは軽く答えてるけど、片目を失う程の傷を負わされた。もし、私があの時記憶を失くさなければ……チャミを見るたびにその想いが込み上げてくる。

『魔王に依存してたから自分でも分からなくなっちゃったのかな』

「海?」

『あ、通訳しなくていいからね』

 つい考えが口に出てしまっていた。


 国王様が私たちの一連の流れが途切れたタイミングで、本題を投げかけてきた。


「彼女を天昇の儀に参列させるのはどうか、意見を聞かせてほしい」

「魔王の葬儀にアヤを?」

 ジョンがすぐに返事をする。国王様は大きく頷いた。

「ダルシオンやルーク、シルビアがアヤと話を毎日していたのだが、どうやら彼女はまだ魔王への憧れが抜けないようだ」

 今度はサントスさんが口を開いた。

「私も昨日話をしましたが、報告通りの印象を受けました」

 サントスさん、復活してすぐアヤに会いに行ったんだ……。

「アヤは魔王の『服従の呪い』で操られていました。ですが、魔王が言っていたのです」


『あの子は元々わたくしに魅せられていたわ。そこに呪いをかけたらどうなるのだろう、と思ったの』


 サントスさんの話を聞いて、私は魔王との会話を思い出した。彼女なら有り得る行動だろう。自分に素直な人だった。


 すると、こっそりかなこが話しかけてきた。

「海、どう思う?」

『アヤは魔王に異様に執着してた。でも元々、魔王に憧れがあったなら、それは尊重すべきじゃないかな』

「私もそう思う。私はアヤと面識ないけど」

『そっか。かなこは会ってないのか』

「私が会ったのはリクとシュウ。あとナギも」


 そういえば、リクはどうしたんだろう? 青竜は無事かな?


 ふと出てきた名前に疑問が湧いたけど、今はアヤの話に集中しよう。

『かなこ。今の話、通訳して』

「おっけ」


 かなこは小さく深呼吸してから声を出した。

「あの」

「ナコさん、なんだろうか」

 国王様がすぐにかなこに耳を傾けた。

「アヤを天昇の儀に参列させるの、私も海も賛成です」

 すぐにチャミが怪訝な顔で聞いてくる。

「危ないかもしれないぜ?」

 それに答えたのはジョンだった。顎に手を添えて思考を巡らせている。

「みんなで監視してるのに暴れるような奴じゃないか……」

 私と海は同時に頷いた。


 するとサントスさんが口を開いた。

「では、彼女に話をしてみましょう。チャミ、ジョン。お願いできますか?」

「僕らですか?」

「一番ダメなやつじゃね?」

 ジョンもチャミも不思議そうな顔をしている。


「いいえ。あなた方だからです。カルロと3人でお願いします」


 魔王に直接手を下したカルロさんと、アヤを最後まで足止めしたチャミとジョン。

 サントスさん、一体何を考えてるんだろう。






 ◇


 カルロ先生が来るまで、地下牢に向かう階段の前で待つ。階段下からジメッとした冷気が漂ってくる。俺はなんとなく浮かんだことを口に出す。

「なぁジョン」

「なに」

 短い返事。冷たい印象を受けるかもしれないが、これはジョンが緊張してる証。

「お前、海ちゃんに気持ち伝えなくていいの?」

 一瞬固まったジョンは俺を睨んだ。

「突然なに」

「人型じゃない海ちゃんはダメ?」

「そんなわけないだろ。どんな姿でも、海さんは海さんだ」

 ジョンは地下牢の階段に視線を移しながらサラッと答えた。

「じゃあ」

「言わないよ」

 ジョンが被せるように俺の言葉を遮った。

「なんで? 振られるのが怖いとか?」

「違う」

 黙って見つめる。

「僕の気持ちを知ったら海さんはきっと悩む。これ以上何かを背負わせたくないんだ」

 俺は、ジョンの言葉を頭でこねくり回して理解しようとする。そしてアルバーノの中庭の出来事を思い出した。

「『引っ叩くと、叩かれた方も叩く方も痛い』ってやつか?」

「そうだけど……違う」

「なんだよ。よく分からねぇよ。結局どういうこと?」

 俺の懸命な思考回路を返せよな。ジョンはいつもそうだ。難しいこと考えすぎなんだよ。


 ジョンは暫くして小さな声で話し出した。

「昔シマさんに言われたことがあるんだ」

「シマ……あぁ! 亀のばあちゃん!」

「そう。村長の奥さん」


 ばーちゃん元気かな? 寿命はまだだと思うけど腰とか痛めてねぇかな。


「チャミと喧嘩したことあったでしょ?」

「いつもしてたからな!」

 記憶をたどって答えると、ジョンはチラッと俺を見た。

「ちょうどチャミの親父さんが亡くなった直後だよ」

 俺のテンションは一気に下がった。そしてジョンが言いたい記憶が蘇ってくる。

「……あの時か。ジョンが変に気を使ってるのが腹立った」

「それ」


 親父が死んだあと、ジョンは飯に誘ってくれた。でも何となく気まずい雰囲気だったんだ。遠慮が見えた。


「あの時、僕はチャミに嘘をついた。チャミが気を使うなって言ったのに、使ってないって」

「覚えてる。すごい言い合いしたよな」


 ガキ見てぇに「使った」「使ってない」の問答の繰り返し。今思えばくだらなかったな。


「その時にシマさんに言われたんだ」

 ジョンは顔を上げてどこか遠くを見つめている。


「『真っすぐな気持ちをぶつければいいの、偽りでは何も守れないのよ~』って」


 ばーちゃんがそんなことを……。

「だからあの後、謝ってきたのか」

「うん。チャミのことが心配だとか、色々言ったでしょ?」

「おう。それからだよな。こんなに仲良くなったの。俺もあの時すっきりした!」


 ジョンが珍しく自分の気持ちを伝えてくれたんだ。俺も言いたいこと全部言った。あの時は確か星が綺麗に見える夜だった。砂浜の流木に座って何時間も話した。


 だけど、ふと疑問がよぎった。

「でもさ。嘘つかずに言えってことは、海ちゃんに気持ちを伝えるべきなんじゃねぇの?」

 ジョンの伝えないって気持ちはそれと真逆に感じる。

「僕も最初はそう思ったよ。でもそれは『自分に嘘つくな』ってことなんじゃないかな」

 俺は黙ってジョンの続きを待つ。

「海さんへの気持ちは、僕の中に閉まっておきたいんだ」

「海ちゃんと両想いだとしても? まぁ可能性はないだろうけど」

 茶化すように言うと、ジョンはまたギロリと睨んできた。

「チャミ。余計な一言が多い」

 ジョンは睨んでたかと思ったら、すぐに視線を外してフッと笑った。


「でもそうだね。両想いだとしても伝えない。海さんのためというより僕のためだ。伝えたらこの気持ちが冷めちゃいそうなんだ」

「それ、本当に好きなのか?」

 ジョンの意味不明な言葉に首を傾げる。

「僕もわからないよ……でも。こっそり想うのも、良いと思わない?」

「悪い顔してるぞ、ジョン」

 お互いニヤリと笑う。

「ここに来てから性格変わった気がする」

「ひねくれた人多いからな!」

 俺はこの国の癖のある奴ら全員を思い浮かべて言った。どいつもこいつも島の奴らとは全然違う。のんびりで平和そのものを形にしたような奴はこの国にはいない。


「めんどくさいよね」

「でも嫌いじゃない!」

「確かに」


 ジョンの言いたいことは何となくわかった。理解したっていうより、ジョンが秘密にしたいってのが手に取るようにわかった。


 二人で笑ってると、カルロ先生が来た。そして、地下牢の階段を一歩一歩降りていった。



最後までお読みくださりありがとうございます。


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次回の更新は【5月11日 21:00】を予定しています。

毎週 月曜、水曜、金曜の21時更新です。

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