第八十三話 竜の血
黒竜の力を使って白竜とマスターを切り離した。白竜は満足そうにその存在を消した。
『ありがとう』
その言葉を残して。
そして私の目の前には穏やかな顔で眠るマスター。側には拳をギュッと握って座り込んでるダルシオンさん。その後ろには、シルビアさんと、その腕の中で泣きじゃくるかなこ。ペーター君も離れた場所で俯いている。
切り離す時……もう既にマスターの命のともしびは消えかけていた。黒竜の力にも耐えられなかったのだろう。
遅かった……全てが……。
私は後悔ばかりが頭の中を支配している。
もっと早くしていれば。
もっとマスターを信じていれば。
今この状況になって、ようやくマスターが言っていた『自我が弱い』という言葉の意味を理解した。魔族になった時に記憶を無くしてしまったのが証拠だろう。
俯くダルシオンさんは顔が見えない。だけど光る雫がポタリと落ちたのが見えた。地面に染み込んでいくのを黙って眺めることしかできない。
すると、どこからか翼の音が聞こえた。ハッとして顔を上げたら、そこにはもう既に大きな影が迫っていた。青色の影と黄色の影。
ドスンという音を立てながら降り立った影は私を見つめている。
『貴様、黒竜なのだな』
「はい」
『白竜はなんと言っていましたか?』
「……ありがとう……と」
ふたつの影は互いの顔を見て、私に言った。
『この人間は好かん。だが我らは責任を負わねばならない。白竜が犯した罪の責任を』
『この人間は長く白竜をその身に宿していました。おそらく耐性もできています』
「耐性?」
『簡単に言うと、この人間を救える』
『竜の血を体内に宿すのです。白竜を宿していた時ほどではありませんが、少しなら命を繋ぎ止められます』
聞こえるはずのない会話に反応を示したのはかなこだった。
「えっ! グレンさんを救えるの?!」
「はぁ?! どういうことだ! 説明しろ!」
シルビアさんも鬼のような形相で私を見ている。するとダルシオンさんに物凄い勢いで鷲掴みにされた。
「海殿! やってください! マスターを生き返らせてください! なんでもします!」
真っ赤な目で睨まれてちょっと怖い。あと力強すぎて体潰れそう。
私は苦しいのを我慢しながら、ふたつの影に伝えた。
「お願いします。マスターを助けてください」
するとふたつの影は自分の腕に噛み付いて血を溢れさせた。そしてその血をマスターの傷口に垂らした。
一滴といえど、体の大きさの差があり、マスターの傷口は竜の血で埋め尽くされている。もはや血の中に横たえているようにしか見えない。
「うぇ……血の海じゃねぇか……」
シルビアさんがボソッと言った。私は、一歩引いたかなこの腕に飛び込んだ。すぐ後ろで、ペーター君の「うわぁ……」という声も聞こえた。唯一動かなかったのはダルシオンさんくらいだ。
暫くするとその血がマスターの体内へと吸い込まれていく。巻き戻し動画を見ているよう。
じわじわと動く赤い血を眺めている。
一滴残らず吸い込まれると、ふたつの影は声をかけてきた。
『これでこの人間の命は繋ぎ止めた』
『ですがこれは長くはありません。きっと本人が一番よく分かっているでしょう』
私はダルシオンさんに伝えた。
「マスター死んでませんよ」
慌ててかなこが通訳してくれる。シルビアさんとペーター君の安堵のため息が聞こえた。
ダルシオンさんは「そうですか」とだけ言って、マスターの傷口を塞ぐ処置を施していく。
誰も何も言わなかったけど、ダルシオンさんの目からは涙が溢れていた。
◇
ダルシオンさん達がグレンさんの処置をしている間、私と海は青竜と黄竜と話をした。なぜか私も竜の言葉が分かるようになっていた。
『我はこのまま魔王を殺しに行く。仇ではない。ケジメだ』
「青竜……本当に行くの? 私も着いてくよ!」
そう提案したが首を横に振られた。
『貴様らは黄竜の背に乗って東大陸へ戻れ』
『えっ! 我が連れていくのですか?』
『当たり前だ。貴様は向こうで赤竜と橙竜に全てを伝えろ。それが貴様のケジメだ』
『そんな……』
なんだか黄竜が可哀想だけど黙っておこう。
「黄竜……」
海が何か言いかけたが、黄竜が首を振って制した。
『何も言わないでください。あなたはやるべきことをした。皆が出来なかったことを成し遂げてくれたのです』
海はしょんぼりしてしまった。腕の中で項垂れる海を撫でてあげる。
「おーい! 準備できたぞー!」
シルビアさんの声に全員が反応する。
「じゃあ私たちは行くね。青竜……本当に大丈夫なの? もしかしたら緑竜みたいに……」
食べられちゃうかも。
その言葉が声にならなかった。
青竜はフッと笑った。
『ナコ。貴様は面白いやつだ。安心せよ。我はケジメをつけるだけ。それにおそらく……』
言いかけた青竜を首を傾げながら見上げる。だが、青竜は続きを言わずに飛び立った。
『黄竜! しっかり役目を果たせ!』
そう言って去ってしまった。
『全く……いつも青竜は勝手なのだから……』
黄竜が拗ねたように言ったのを聞いて、海と顔を見合せて笑ってしまった。
黄竜の背中に乗って東大陸に向かう。
私の腕の中には海。側には横たわるグレンさんとそれを見守るダルシオンさん。少し離れた所でシルビアさんとペーター君が話していて、その後ろには布で巻かれたシュウ。
シュウも連れていくと言い出したのは海だ。目を背けながらも断固として引かなかった。シルビアさんやペーター君の説得にも応じなかった。
「お願いします」
そう言い続けた。
「海? なんでシュウも連れてくの?」
腕の中の小さな黒竜が見上げてくる。
「天昇の儀……出来ないかなって……」
「見送るってこと?」
「……うん」
すると隣から声が割り込んできた。
「魔族なのでどうですかね。まぁ国王ならやりそうですけど」
ダルシオンさんが前を向きながら言う。
「丁重に葬ってあげるってことですか? 敵なのに?」
疑問を素直に口にすると、ダルシオンさんの顔がこっちを向いた。
「敵だからです。魔族と友好関係を築きたい我が国の方針をお忘れですか? あの国王は人が良すぎる。魔王がそんなこと望んでないというのに」
魔王……そういえばどうなったんだろう。
「あの、ダルシオンさん」
「なんですか」
「向こうの……魔族領の方はどうなったんでしょう? そもそも海を助けに行ったのに、海はここにいます」
下を向くと海と目が合った。
「先程、手紙を送りました」
「え! いつの間に! なんて書いたんですか?」
ダルシオンさんは前を向いたままため息をついた。そしてポツリと零した。
「真実ですよ」
久しぶりにコメディ場面を書いた気がします。シリアス展開続いていたので、ちょっと一息入れてもらえたら嬉しいです。
最後までお読みくださりありがとうございます。
感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。
次回【4月18日 21:00】更新です!




