第八十二話 緑竜の言伝
目を開けたら真っ青な空が広がっていた。時折現れる白い雲が流れていく。風を切る音と体に伝わる振動で状況を理解する。
俺は掠れる声を出した。
「なぜ俺も殺さなかった」
『ダルシオンさんが泣いちゃいますから』
黒竜の鳴き声と共に返ってきた答えにフッと笑ってしまう。
すると視界に、ナコとダルシオンの不安げな顔が現れた。
「グレンさん起きたんですね。良かった」
「あなた一回死にましたよ。生き返る人間なんてあなたくらいです」
弟子の一言でなぜ生きてるのかが分かった。
「竜の血か……」
「青竜と黄竜があの後現れて……びっくりしました」
ナコの腕の中にいる黒竜と目が合う。その目は俺の知ってる黒竜ではなかった。
動かない腕を無理やり動かして、黒竜を撫でてやる。
「すまなかったな、海」
◇
我の背中で話すあの者たちの会話を黙って聞いている。そして、青竜との会話を思い出した。
数時間前――
我は懐かしい気配を感じた。青竜、白竜、黒竜。ずっと会おうともしなかった。今更会う気もないが、我はある言伝を預かっているのだ。
魔族と人間が争っている場所から離れたところに青竜はいた。
「青竜」
声をかけながら降り立つと、青竜は目を見開いた。
「黄竜……貴様今までどこに!」
「緑竜から言伝を預かっています」
我の突飛な言葉に驚きを隠せない青竜。我はそれを無視して続けた。
「緑竜とは西大陸で会いました。緑竜は、白竜のように人間と関わろうとしていたようです。だが、魔族に見つかり、狙われてしまった」
あの時の緑竜の顔が今でも頭から離れない。
我は一度言葉を止めてから、再び口を開いた。
「我を巻き添えにしないために、緑竜は自ら魔族の元へ行ったのです。その時に言伝を頼まれました」
「待て。一体何の話だ。黄竜、貴様はずっとこの西大陸にいたのか? しかも緑竜を見殺しにしたのか?」
我は青竜の質問には答えなかった。
「緑竜はあなたにこう言い残しました」
怒りと戸惑いに満ちた青竜に向かって我は言った。
「『我が死んでも魔族を憎むな』と」
青竜はキッと我を睨んだ。
「憎むなと言われても憎しみは消えない。緑竜はなぜ人間なんかと関わろうとした。貴様が何か吹き込んだのではないか? 黄竜。突然現れて何を馬鹿げたことを」
「創造神を殺したのは黒竜です。ですが、それは創造神に消されそうになった白竜を守る為です。我はこの目で全てを見ていました」
「なん……だと……」
青竜の言葉を遮るように言うと、青竜は言葉を詰まらせた。
「そのことを伝えたら……緑竜は笑っていました」
青竜は何かを耐えるように黙り込んでいる。
「あの時真実を話していたら、白竜があのように変わることなどなかったかもしれません」
「白竜はこの世界を……」
「えぇ。あの人間と契約したのが証拠でしょう。それが信じられなくて我は身を隠していました。怖かったから……」
我は白竜が絶望している理由を知っていた。
黒竜に世界を破壊してもらおうと考えていたのに、黒竜が姿を消してしまったから……。『裏切られた』と思ったのだろう。
我はそんな白竜が信じられず、目を背けた。あんなに浄化に力を入れていたのに、あんなにこの世界を愛していたのに、そんな恐ろしい考えに至ってしまったのが理解できなかった。
そして逃げるようにここに身を隠していた。誰とも会わず、誰にも知られず、存在そのものを忘れてくれることを祈りながら。
あの時、緑竜が現れるまでは……。
翼がはばたく音が聞こえた。鳥や魔物ではない。もっと大きな存在。気配からすぐにわかったが、縮こまって息を潜めていた。
「黄竜。こんなところにいたのか。皆心配しているぞ?」
「何をしに来たのですか。我は孤独を愛しているのです」
「変わらないな。白竜が人間と契約してからずっとここで拗ねているのか?」
その言葉に体を起こす。体の周りに雷を帯びさせて威嚇する。
「去れ。二度と来ないでください」
緑竜はフンッと鼻で笑った。
「真実を隠す理由があるのか? 白竜のためか?」
「……」
「あの時見ていたことを教えてくれないか?」
「……」
黙る我を緑竜は見つめてくる。同情でもなく、見下してる訳でもない。友を見る目だ。
その目のせいなのか、我はなぜか真実を話していた。
創造神が消えた時のこと、その後の白竜の変化、そして我がなぜここにいるのか。
口が勝手に動いてしまっていた。
緑竜は話し終わったあとも黙っていた。
「何か言ってください……」
「……そうだな……黄竜。今まで辛かっただろう。すまなかった」
我は目を見開いて緑竜を見つめた。
まさか謝られるとは思いもよらなかった。
「なぜ……」
「我は青竜という友がいる。全てを分かち合える友だ。赤竜も橙竜をなんだかんだ可愛がっている。白竜はもちろん黒竜を。そうなると……黄竜。お前はひとりぼっちだ。白竜を尊敬していても黒竜には敵わない」
なんだ? 言葉が出ない。
「いつも抱え込んでいたのだろう? だから謝ったのだ」
「我は寂しいなど思いません。孤独が好きなのです」
心から出た言葉なのになぜか嘘くさい。
「そうか……なら一つ頼まれてくれないか?」
緑竜は7匹で集まった時と同じ優しい顔で見てくる。我はこの目が好きだった。
「我が死んだら青竜に伝えて欲しい」
「死んだら? どういうことです?」
緑竜はなぜか誇らしそうな顔をした。
「我は今、人間たちと関わっている。白竜が昔そうしていたように。そしたら白竜がなぜあんなことを考え出したのか理解できると思ってな。だが……魔族に見つかってしまった」
この西大陸の魔王は力に執着している。竜を見つけたら即、捕らえて血をすするだろう。
「逃げればいいのでは?」
「それでは残された者が可哀想だ」
「人間……ですか?」
「不思議なのだ。なぜか……見捨てられない」
緑竜の目は、慈愛に満ちているのにどこか寂しそうに見える。
「ようやく白竜の背中にたどり着けたよ。だが、そこまでだ。その先には進めない。隣に立って本心を理解することは叶わなかった。やはり白竜のことは黒竜にしか分からないのかもしれない」
我は緑竜と自分を重ねてしまった。
追いつきたい。なのにどうしても追いつけない。当たり前のように隣にいる黒竜が妬ましかった。
我は緑竜と違って動こうとしなかった。逃げていただけ。
「分かりました。言伝を承りましょう」
緑竜は嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとう黄竜」
話し終わり、青竜を見つめる。
「そうか……緑竜はそんなことをしていたのか」
青竜がポツリと呟いた。その心境は全く分からない。悲しみでも憎しみでもない。
「白竜の気持ちなど全く理解できん。理解しようとも思わない。だが……」
青竜は俯いていた顔を上げた。その目には覚悟の火が灯っている。
「緑竜が最後にそう言ったのならそうしよう。我は西大陸の魔族を恨まない。だがケジメはつける」
「ケジメというと……何をするのです?」
「決まっておろう。西大陸の魔王を消す。その他の魔族は知らん」
我は驚いてしまった。
なぜそんなに緑竜を信じるのだろうか、と。
「黄竜には分からんかもな。これは緑竜と我だから分かり合えるのだ」
我の心を読んだように、言葉を続けた青竜は晴れやかな顔をしている。
素直に羨ましいと思った。ようやくその感情に気づいて、緑竜に謝られた理由がわかった。
その時、我と青竜は同時に同じ場所に顔を向けた。
風が変わり、黒い霧が消えていく。それと同時に懐かしい気配も消えた。
「黒竜が……消えた……」
「はい……」
気づけば、そこには小さな黒竜がいた。我らの知らない黒竜。
「あの人間も死ぬのか?」
「おそらく……あれでは助からないでしょう。あの人間が死ねば白竜は戻ってくるかもしれません」
「あやつがそれを望むと思うか? 黒竜がいないのだぞ?」
「ですが黒竜の力を持った新たな黒竜はいます」
「違う。あれは黒竜ではない。黒竜だが違うのだ」
青竜は静かに見つめている。死にかけているあの憎き人間を。
そして青竜は音もなく飛び立ち、あの者の元へ飛んで行った。なぜか我もそれに続いた。
時系列が分かりずらいかと思いますので、ここで補足します。
・今回はグレン→黄竜視点。
・黄竜視点での時系列
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次回【4月16日 21:00】更新です!




