第八十一話 魔王カレン
目の前にいる、宰相とその補佐は面白いくらい反応が違う。
補佐の子はとても分かりやすい反応をしてくれる。からかいたくなる子。宰相はダメね。つまらないわ。
わたくしは昔のことを思い出す。大切で全く価値のない記憶。
懐かしむように口を開く。
「わたくしは、魔王討伐を目標としていた冒険者パーティーの1人だった。後に、そのパーティーは勇者一行と呼ばれることになったわ」
2人の反応からこのことは知っているように見えた。
「わたくしは魔法使い。楽しかったわよ? みんな強いし、一緒に旅をして絆も深かったわ。そしてついに魔王を討ち果たした。みんなで喜び、みんなで涙して……嬉しかったわ」
あの時の記憶が蘇って、言葉が止まった。懐かしい仲間たちの笑顔が今でも思い出せる。
先を促すような視線を向けられて、我に返り、続きを話し始めた。
「みんなで称え合っていると、ふと心に浮かんだのよ。魔王の後釜は誰だろう……って」
「後釜?」
補佐の子が不思議そうな顔をして聞いてきた。
わたくしはニコリと笑顔を返して続けてあげる。
「魔王を倒しても次の魔王が現れるんじゃないか、そう思ったの。そしてその考えが頭の中を支配して、ある結論に達したのよ……『わたくしが魔王になればいいんだ』と」
目の前の2人は視線を交わしてこちらに戻した。
「どうやったらなれるのかわからないし、考えることもままならなかったの。その時お腹が空いていたから。魔力も使い果たしてしまって、力も入らない。エネルギー補充をしなきゃって考えが頭の中を支配していたのよ」
「まさか……」
宰相の呟きとも言える問いに勝手に口元がゆるむ。
「目の前にあった魔王を口にしたの」
2人が息を呑んだ。
「魔王は素晴らしかったわ。どんどん力が湧いてくるの。味は覚えてないわ。空腹時って我を忘れてしまうでしょう?」
2人の目は驚きに満ちている。
「そしたら仲間たちが真っ青な顔して武器を向けてきたの。不思議に思って自分を見たら、魔族になってたのよ。面白いわよね。自分が魔族だって自覚した瞬間、わたくしの中で何かがストンと腑に落ちたのよ」
あの時の感覚は今も忘れない。
高揚感。湧き上がる衝動。旅を続けていた時から感じていた言葉にできない想い。
それらが全て繋がった瞬間だった。
「自分の好きなようにすればいいんだ、と」
自然と口角が上がる。
両手に視線を落とすと、あの時の光景が鮮明に見えてくる。
真っ赤に染まった両手、ドクドクと鳴り響く心臓。
世界がこんなにも美しいとは思わなかった。
「勇者一行を殺したのよ。なぜかって? 殺したかったからよ。ただそれだけなの」
笑いが止まらない。
あの時と同じように笑いが止まらない。
目の前の2人は、信じられないものでも見るかのような目を向けてくる。
でもそんなこと関係ない。この感覚はきっと誰にも分からない。
あの人でさえ理解できないと言っていたから。
ねえ? グレンさん? わたくしは、あなたを……。
「魔王になる前からその傾向はあったのですね」
場をしらけさせるような冷静な声が部屋に響いた。
わたくしは笑顔を消してその相手を睨んだ。宰相は冷たい視線を向けている。
「あなたにはわからないわ」
素っ気なく答えると、宰相は冷たい目のまま笑った。
◇
突然、カルロのローブのポケットが淡い光を放った。
慌てて取り出したのは手紙。封もしていない紙切れのようなものに、書き殴るように文字が刻まれている。それを読んだカルロの顔がみるみるうちに青ざめていった。
私はすぐに察した。
転移術で遠方から知らせが届いたのだ。おそらく差出人はダルシオン殿。あの右肩上がりの癖のある文字はそうだろう。
「あら、お手紙?」
笑顔を消したままこちらを見ている魔王。興ざめだという顔をしている。
私は表情を変えずに短く問いかける。
「カルロ」
彼は喉をゴクリと鳴らし、震える手もそのままに私を見た。
「死んだ……」
私も魔王も黙ってその先を待つ。
「黒竜と白竜が……死んだ」
久しぶりに頭の中が真っ白になった。
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