第八十話 帰る条件
「白竜か黒竜をちょうだい」
魔王の要求に私もカルロも唖然としてしまった。カルロの顔には焦りが見える。
やはりカルロは外交に向いてませんね……。
改めて宰相補佐の無能ぶりを再確認して、私は魔王と向き合った。
「不思議なことを言いますね。黒竜である海殿はもうあなたのものでは?」
時間稼ぎでもして彼女の腹の中を探ることにした。
「わたくしのものではないの。まだね」
引っかかる言葉に反応したのはカルロだった。
「まだ? つまり君には他人を自分のものにする手立てがあるのかい?」
魔王は口元に手を当てて楽しそうに笑っている。
「わたくしの特権とでも言いましょうか。魔王はね、その王座に就いた瞬間からある魔法が使えるの」
「魔法?」
私はカルロと魔王の話を黙って聞いている。
「ええ。魔法というか……『呪い』ね」
以前ダルシオン殿から聞いたことを思い出した。
『呪いとは、解明されていない病を指します。原因、きっかけ、場所など、ありとあらゆるものが分からない……手の尽くしようがない病です。ですがたまに魔族が呪いをかけてくることもあります。魔族と言っても限られた魔族……魔王です』
なるほど。魔王という称号が与えられると使えるようになるということですか。
私は納得して、2人の会話に再び耳を傾けた。
「どんな呪いなんだ……」
「人によって変わるわ。わたくしの場合は……」
魔王は言葉をそこで切った。そして目を細めてニヤリと笑った。
「従順にさせるの」
カルロが恐る恐る声を出す。
「従順……どういうこと……だ」
沈黙。
魔王は体をソファーに預けると、ゆっくり言葉を発した。
「アヤはいい子でしょ?」
私は隣のカルロの手首を咄嗟に掴んだ。そして鋭い視線を向けた。
カルロは強く握った拳を震わせながら、私の視線の意味を理解して頷いた。奥歯を噛みしめて耐えている。
カルロの気持ちを落ち着かせるために、私が問いかける。
「アヤは自分の意に反して、あなたを崇めているのですか?」
「いいえ」
思わぬ即答に心が波を立てた。
「あの子は元々わたくしに魅せられていたわ。そこに呪いをかけたらどうなるのだろう、と思ったの」
魔王はいたずらでもしているような顔で話す。
「なぜそんなことを?」
「なぜって……」
首を傾げる魔王。
「やってみたかったから」
その言葉がカルロの堪忍袋の緒を切った。
「君は自分が何をしているのかわかっているのか! アヤの気持ちを考えたことがあるのか!」
「なぜそんなに怒るの? あなたには関係ないじゃない。それにわたくしは自分の気持ちに正直なだけよ」
悪びれる様子も見せずに続けた魔王の言葉で、私は魔王が魔王たる所以を理解した。
「やりたいからやった。それだけよ」
私はこの交渉が無駄に終わると確信した。今回彼女の条件を吞んでも、停戦どころか、翌日にでも襲いかかってくるだろう。彼女は自分の気持ちだけで動いている。『情』というものが全くない。
やはり歩み寄ることは不可能なのでしょう。ならば時間稼ぎだけでもしなければ。
すると、魔王が思い出したように「あっ」と声を出した。
「あの子……ハナに伝えるの忘れちゃったわ。今となってはもう必要ないことだろうけど。記憶がないんだものね」
私は黙ってその先を待つ。カルロも魔王を睨みつけている。
そんな私たちを見て、魔王はふふっと笑った。
「ハナの帰還条件は誰かが死ぬことなの」
「誰の死ですか」
できるだけ表情を変えないように聞いた。
「大魔術師よ」
そう言うと、魔王はさも楽しそうに笑った。
「ふふふふふ! 面白いでしょう? 大魔術師って誰だかわかる?」
分かり切ったことを聞いてくる魔王に怒りを隠せないカルロ。私は静かに息を吐いた。
「では、彼女は永遠に元の世界に帰れませんね。マスターの死など全く想像がつきません」
「ええ。わたくしもそう思うわ。かわいそうなハナ」
今まで黙っていたカルロが小さな声で魔王に聞いた。
「彼女は……そのことを知っているのかい?」
「誰かの死、ということは教えたわ。誰とは言ってない」
隠すことなく答える魔王。
私はもう一人の異世界人について聞こうと思った。だがそれは別の質問に隠した。
「あなたは異世界人であった時の記憶を保持したまま魔王になったと聞いています。それについて教えてもらえますか?」
初めて魔王の顔から笑顔が消えた。ポカンとしている。
「そんなこと聞いてどうするの?」
「ただの興味本位です」
私もここに来て、初めて笑顔を顔に貼り付けた。
魔王は考えた後「いいわ」と言って話し始めた。
交渉は顔や態度に出さないのが大事だと思っています。私はきっとカルロと同じです。サントスのように冷静ではいられません。サントス……化け物か。
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