第七十八話 あたしの好きな赤
ルークが追い詰められている。ナギが竜の血を取り込んで力が増幅してしまった。
「ライネル。このままじゃマズいわ」
母上が魔族を追い払いながら言った。
私は治癒魔法で目の前の橙竜様の止血をしている。こういう時、聖職者で良かったと心から思う。
「母上、ルークに加勢しますか?」
私の問いに母上は沈黙で答えた。
「母上……まさか?!」
「これは最初からルークが望んでいたことよ」
「ですが」
「ルークを置いて逃げる。竜たちにはどこかへ逃げてもらうしかない。橙竜が飛べるかは分からないけど」
ここに来る途中にルークからも言われていた。いざとなったら逃げろと。だがそんなことできない。
私は橙竜様の治療を続けながら声をかけた。
「橙竜様! 飛べますか?」
代わりに赤竜が首を振った。小さくうずくまる橙竜様を守るように赤竜様が側にいる。
やはり無理か。ルークも橙竜様も置いていくなどできない。私は聖職者だ。今のような状況で1つでも多くの命を救いたい。そのために勉強してきたのだ。
「母上! 私は置いていくなどできません!」
「分かってるわ。ライネルならそう言うと思った」
「え?」
母上はにこりと笑って魔法を放っている。
「あんたこういう時のために聖職者になったんでしょ? あんたは優しい子だからね」
母上にはお見通しということか。
岩のぶつかる音が鳴り響いた。すぐに視線を向けると、ナギがルーク目掛けて岩を投げているようだ。
「ほらほら! どうしたよ騎士団長様!」
「っく!」
ナギの魔法を放つスピードが速い。威力もさっきの倍だ。ルークは防戦一方。
そこでふと気づいた。
ルークの動きが変わったように見える。さっきまでの、近づくことも躊躇われる殺気がない。
ナギに押されているからか?それにしては槍の動きが鈍くなった。表情もさっきと違う。憑き物でも落ちたような、いい意味で人間らしい顔をしている。
「あははは!」
ナギの笑い声が響く。
動けない橙竜様、それを守る赤竜様、魔法で撃退する母上、そして迷いの中にいるルーク。順番に視線を動かしていくと、私の頭の中に疑問が次から次へとわいてきた。
なぜ魔族は好戦的になる?
なぜ記憶を失う?
なぜ殺し合わねばならない?
元は同じ人間だというのに。
「ナギ!」
気づいたら叫んでいた。
「お前に心はないのか! 元は私たちと同じ人間だったというのに!」
心に浮かぶ言葉をそのまま投げかける。
「君は異世界人だったのだ! その時のことを思い出してくれ!」
◇
異世界人? あたしが?
「魔族は皆、異世界人なのだ!」
あの坊やは何を言っている?
特大の闇魔法で吹き飛ばそうとしたら、ふと頭に知らない光景が浮かんだ。
人間の冒険者が笑っている。あたしと肩を組んで酒を飲みながら笑ってる。一体こいつは誰だ? あたしも……笑っているのか?
頭が痛い。
ずっと感じてた、頭の中がごちゃ混ぜになる感覚が襲ってくる。
竜の力を手に入れたら、治ると思ってた。救われると思ってた。魔王になってないからダメなのか?
あの日、黒竜を見かけたという情報を手に入れた。探しにフェルス王国に向かった時、ナコとかいう異世界人に初めて会った。初めてのはずなのに、何故かあたしは感じた。
『羨ましい』と……。
あたしは混乱している頭を振った。イライラしてこの感覚ごと吹き飛ばそうと闇魔法を放つ。ルークは槍を地面に突き刺して空中に飛び上がった。
今だ!
ルークも同じことを思ったのだろう。「しまった!」という顔をしている。空中はあたしのテリトリー。あいつもそれを知ってて地面から離れなかった。
私は口角を上げてルークに魔法をぶちかます。黒い光が空間を切り裂く。
だが、そこにあいつの姿はなかった。
ルークを探そうと視線を動かす。
その時――
スッと腹に何かが入ってきた。
視線を下に向けると、あたしの腹から槍が出ている。目の前には槍を握りしめたルーク。槍で繋がったまま地面に落ちていく。
あぁ……槍で貫かれたんだ。
気づいたら口から血が溢れてきた。傷口からも血が溢れている。
痛い。なんだこれ。
空中で肉を削るような音と共に槍が抜かれた。体がのけぞった。あたしは受け身も取れずに、ドサッという音と共に地面に落ちる。
立ち上がったが、体がふわふわする。足の感覚がない。
揺れる視界の中、魔法を放って、ルークと距離をとる。コントロールが上手くいかないのか、魔法は変な方向に飛んでった。
だが、ルークは下がった。
よく見ると、ルークの横腹がえぐれている。どうやったのか、空中であたしの魔法を躱した時のだろう。
槍には真っ赤な血が滴っている。
なぜ……あたしは魔族……なの?
頭の中で変な疑問が湧く。
「ナギ。終わりだ」
ルークの声だけが大きく聞こえる。ルークの輪郭がぼやけていく。
今、あたしは笑ってるのか? 口が弧を描いているのに全然楽しくない。笑いたくないのに笑ってる。
感情がなくなるってこういうことか。
あたしは翼を広げて空に飛んだ。血が地面に水たまりみたいになってる。飛んだ拍子に赤い水たまりに波紋を作った。
視界が歪んでる。誰かが叫んでる。あたしの荒い息づかいだけが着いてきてくれる。
あたしは火口の真上に来て、あいつらを見下ろした。
そうだ。あたしは上から見下ろすのが好きなんだ。魔族だろうと、人間だろうと、あたしは見下ろしていたいんだ。
ごちゃ混ぜの記憶、ごちゃ混ぜの感情。涙を流しながら笑っている。
「あたしが上にいるんだ!」
叫んでいた。誰に言うでもなく。
その拍子に翼から力が抜けた。視界が反転する。
目の前には……真っ赤なマグマ。
あたしの好きな……赤だ。
この回は何度も何度も書いては消してを繰り返しました。ナギの内面をしっかり見せたかったんです。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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