第七十六話 かなこ、ごめん
私は必死にグレンさんの傷を癒す。ありったけの光魔法を込めて治癒魔法を施している。だけど血が止まらない。
「グレンさん! しっかりしてください!」
泣きそうになりながら声をかける。グレンさんの意識はギリギリだろう。優しく微笑んでくれてるけど額の汗が物語っている。
私の横に来たダルシオンさんが真っ青な顔してマスターに話しかける。
「マスター、なぜあんなことを……」
「わかるだろう? 俺の弱点だ」
私はなんのことかわからない。止血することで頭がいっぱいで余計なことを考えられない。
すると、グレンさんが私に視線を移した。
「ナコ。俺はいい。海を……頼む」
「なに言ってるんですか!」
グレンさんは私の手をそっと押しのけて続けた。
「今なら海を救える」
私は海に視線を移す。
海は糸が切れたみたいにその場に座り込んで、ボーッとシュウを眺めている。目を開けたまま命を取りこぼしてしまったシュウを。
そしてその後ろにペーター君が拳を握って立っている。海を見つめながら。
グレンさんに視線を戻すと、優しく微笑みながら頷いた。
「ナコ殿。マスターは俺が診ます。あなたは……海殿を」
ダルシオンさんに言われるがまま、私は海の側にゆっくり歩をすすめた。
「海……」
海はゆっくり顔を上げた。砂塵と共に現れた時と同じ顔をしている。
「かなこ……この人の顔を見たら自分が自分じゃなくなったの。なんで?」
私は大きく息を吸い込んでから、ゆっくり言葉にした。
「海。ペーター君を覚えてる?」
海は振り返ってペーター君を見つめた。そして首を横に振った。
するとペーター君が悔しそうに口を開いた。
「海さん。僕は……フェルス王国第一騎士団のペーターです」
その言葉に私は溢れそうになる涙を堪えた。
ペーター君は海を見て全てを思い出した。魔族になっても、ペーター君は海への想いが強かったという証拠。
じゃあ海は? 魔族になる時、どんな想いを抱えていたの?
「フェルス王国……騎士団……」
海は復唱するように呟く。
するとシルビアさんが近くに来た。
「おい。魔族共どっか行っちまったぞ?」
顔を上げると、西大陸の魔族達がどんどん遠ざかって行くのが見えた。
何故かと聞こうとしたら、グレンさんが答えてくれた。
「黒竜が来たからな。しかも魔族であるシュウを殺した。崇める黒竜が同族を殺したんだ。逃げたか……魔王に報告しに行ったか」
「マスター、話さないでください。自分の状況分かってます? 死なないのが奇跡のようなものです」
すかさずダルシオンさんが口を挟む。グレンさんはフッと笑って口を閉じた。
私はまた海に視線を戻した。
「海。あなたはペーター君の仇をとったの。このシュウがペーター君を殺したんだよ。あの時、海は孵化したばかりの黒竜の姿だった」
そう伝えると海は頭を抱えて苦しそうに唸った。海の周りにだけパチパチと電気みたいな黒い何かが見える。
慌てて海に触れようと手を伸ばしたら、何かに弾かれた。海の手じゃない。海の周りに何か結界のようなものが張っている。
それに気づいたグレンさんが私たちに海から離れるように言った。
わけも分からず苦しそうな海を残して全員離れる。海は呼吸も荒くなり、地面を強く引っ掻いている。
「……うぅ……」
そんな姿の海を見ていられなくて駆け寄ろうとしたが、シルビアさんに止められる。
「ナコ! ダメだ!」
「でも海が!」
シルビアさんの力に私がかなうわけがない。それでも私の体は勝手に海に走り寄ろうとしてしまう。
「海! 海!」
近づくこともできずに叫ぶと、海が苦しそうな顔を向けながら私を見つめた。
「……かな……こ……」
その言葉を皮切りに、突然目の前が真っ暗になった。真っ黒な霧が私たちを包み込んでいる。
よく見ると、私たちの周りには防御魔法が張られている。ダルシオンさんとグレンさんが何重にも張ってくれていることに気づいた。
「マスター……これは……」
ダルシオンの言葉にグレンさんが答える。
「海が……記憶を取り戻した」
「どういうことですか?!」
焦りが私の思考を邪魔する。
グレンさんは怪我と防御魔法とで苦しそうにしながら私を見た。
「海が……黒竜になった」
真っ黒な霧が晴れていく。
ぼんやりとした輪郭がはっきりしていく。
目をこらすと、黒い翼が見えた。
そして――
目の前には黒竜がポツンといた。孵化した時より少し大きい。
立ちすくんだまま黒竜を凝視する。
キュイキュイ!
鳴き声を聞いて、私は弾けるように黒竜に走りよった。そして今まで堪えていた涙を流しながら抱きしめた。
「海……よかった……」
「かなこ……ごめん……本当にごめん」
黒竜の鳴き声が海の言葉として聞こえる。あの時と同じ。孵化した時と同じ。
この子は海なんだ。黒竜の姿になっても私の側には海がいる。
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