第七十五話 鮮やかな空と魔王の望み
まさかと思った。
隙をついて坊やを殺したら、ルークが少しでも揺らぐと思った。
ルークはあたしの腕を切り落とした奴だ。だが今のこいつにはそれ以上の力がある。本能的に思った。
『負ける』と。
だから作戦を変えた。こいつの一瞬の隙を作れればよかった。
槍の大振りが来たタイミングで闇魔法を坊や目掛けて放ってやった。それをまさか橙竜が庇うとは……。
あたしはにやける顔を止められない。
血だ! 竜の血だ!
あたしはルークから距離を取った瞬間に血に向かって飛び込んだ。地面に滴る血。翼に開いた穴から滴る血。あたしの大好きな血。
あたしは他の魔族たちを10人ばかりルークに特攻させて、その間に竜に近づいた。
「ナギ! 待て!」
後ろからルークの声が聞こえる。いつ槍が飛んでくるかわからない。
だが、あたしは自分の身より血が欲しかった。
坊やとハーフエルフの女が竜を守る前に、橙竜の翼に噛みついた。
グオォォォォォォォ!
耳をつんざくような竜の苦しそうな鳴き声が、あたしの鼓膜を震わす。
それがあたしの心をより躍らせる。
生温かい真っ赤なそれが、あたしの一部になっていく。そして心臓が大きくドクンと鳴った。
体中の血液が熱い。
視界がどんどんぼやけていく。
頭がグラグラする。
のぼせたような感覚に浸っていると、何か赤い大きな物で吹き飛ばされた。
地面に転がる。顔を上げると赤竜の尾が見えた。
あぁ、あれで吹き飛ばされたのだな、と理解した。
だが全く痛みを感じない。浮遊感の中、体を起こす。血流が直接鼓膜に響いてくる。
そして……
煌めく鉄が飛んでくるのを片手で弾く。地面に頼りなく転がった槍を素早く拾ったルークは、その先端をあたしに向けている。
顔には不安の色が見える。
あたしは鮮明になった視界を空に向けた。
空はこんなにも鮮やかだっただろうか。
「あはははははははははは!」
◇
ナギに一瞬でも隙を与えてしまった事を悔やむ。
視界には橙竜の側で治癒魔法を施すエステル様。怒れる赤竜に必死に言葉を投げかけるライネル様。
そして目の前であの下卑た笑い声を響かせているナギ。
『負ける……のか?』
竜の力を得てしまったナギを見て、心の奥で誰かが私に言った。
『兄貴の……仇か?』
『……わからない』
ここに来る前のモーリスとの会話を思い出す。
私はなぜ分からないと答えたのだろう。仇討ちをしたかった。ずっとその一心で腕を磨いてきた。ナギの腕を切り落とした時もそうだったはずだ。
なのに……。
なぜ私の心は揺らいでいるのだろう。
◆
僕とサントスは魔王の部屋の前に来ている。この扉の向こうに魔王はいる。
「サントス。いいね?」
「ええ……」
僕は扉に手をかけてゆっくり押し開けた。
そして目に飛び込んできたのは、ソファに足を組んで座っている魔王。僕らが来るのを待っていたかのような笑みを浮かべている。
「いらっしゃい」
僕とサントスは中に入り、魔王と対峙する。
奇妙な緊張感が僕らを包んでいる。魔王は変わらず笑みを浮かべて見つめてくる。
隣から小さく息を吸う音がした。
「停戦交渉をしに来ました」
「君は戦いを望んでない。そうだろ?」
魔王は表情を崩さない。
「わたくしはね。欲しいの。それをくれたらもう二度と人間には関わらないと約束するわ」
僕は息を呑んでサントスを見る。彼も表情を崩さない。
「欲しいものとはなんでしょう?」
外交をしている時のサントスは、冷たく、そしていい意味で淡々としている。僕はもう立ってるのも辛いというのに。
魔王はニヤリと口元を歪めた。
「白竜か黒竜をちょうだい」
血を求めるナギと、ナギの死を求めるルークが、似ているのだとここで気づきました。
『番外編 ルーク』を読んでくださった方ならわかるかと思いますが、ナギは笑います。そこが好きです。
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