第七十四話 橙色の傘
火山の熱気が肌を焼く。足元の岩は赤く染まり、どこかでマグマが流れる音がする。
こんな場所で戦うことになるとは思っていなかった。
ナギは私に気づいた瞬間、足を止めた。そして舌打ちをした。
「……なんであんたがここにいんの」
竜を目指して来たのだから私がここにいるとは思っていなかったのだろう。
ナギは自分の無くなっている片腕に視線を落として、こちらを睨んだ。
「あんたがあたしの腕を切ったんだ。おかげで不便でしかたないよ」
低い声だった。
「あんた……第一騎士団長なんだってな。魔法も使えない人間があたしを追い詰めた。それは認めてやる。でもね……その分最後に見せる絶望した顔は格別なんだよね」
ナギはあの時と同じ……おぞましい顔でニヤリと笑った。
『かわいそうに。ここに戻ってこなければ生きてられたのにね』
あの時の記憶が走馬灯のように駆け巡る。私は自分の手が白くなるほど愛槍を握りしめた。
「ナギ。お前は私の仇だ。兄がお前に殺された。ドワーフもだ。モーリスを覚えているだろ」
「さぁ? 覚えてないな。あたし色んな人間殺してきたから」
奥歯を噛み締めた。そして冷たい声を発した。
「お前はそういうやつだったな」
私は地面を蹴った。
◇
数刻前――
後ろを着いてくるルークは先程から一言も話さない。この後の戦いに向けて集中しているのだろう。だが尋常ではない殺気と闘志だ。
母上と話しながら火山を登っていると、橙竜と赤竜が姿を現した。
『あれ? もう来るなって言わなかった? ねぇ赤竜、我伝えたよね?』
『あぁ。間違いなく橙竜は言った。人間はせっかちだな』
予想はしていたが、言葉が分からない上に、見るからに歓迎はしてくれていない様子だ。
私は隣の母上と視線を交わしてからその場に跪いた。
「橙竜様。赤竜様。申し訳ありません。あなた方に危険が迫っています」
橙竜は首を傾げ、赤竜は鼻で笑った。
『どういうこと?』
『我らを狙う者などいくらでもいる。今まで何度踏みつぶしてきたことか』
私は唸っている2匹に向かって続けた。
「魔族があなた方の力を求めてここへやってきます。西大陸の魔族のように」
私の言葉に2匹はピクリとした。
『緑竜のように我らを食らうと?』
すると、今まで黙っていたルークが口を開いた。
「ナギという強い魔術師です。血を見るのが好きな魔族です。私がその者を殺します」
『仇……というやつか』
『ふーん。じゃあ頑張って。我らは関係ないし』
橙竜はあくびをしてその場にうずくまった。赤竜はそれを見てから私たちに視線を向けた。
「私と母上であなた方を守ります。恐らくナギは多くの魔族を引き連れてくるでしょう」
すると、突然、ルークが私の前で槍を振った。
ガキン
金属音と共に地面に矢が落ちた。私はポカンと口を開けたままそれを見つめていた。
顔を上げると、ルークは空を見つめている。
「ライネル様、エステル様。魔族が来ました」
その言葉でようやく状況を理解した。
いつの間に集まっていたのか、空には四方八方に魔族が飛んでいた。ギリギリまで魔法で姿を消していたのだろう。
そして……1人の魔族が地面にゆっくり降り立った。
真っ赤な長い髪の魔族、ナギ。
「なんだバレちゃったか。せっかく苦しませずに殺してあげようと思ったのに」
口の端を吊り上げて、ナギは笑った。血の色のルージュが私の背筋をゾクリとさせた。
現在――
ナギとルークは壮絶な戦いを繰り広げている。
槍を自由自在に操りながら、人間離れしたスピードで攻撃の手を止めないルーク。魔法で防御と攻撃をしながら笑っているナギ。
私の想像を超えていた。瞬きする間もない。戦闘の音だけが絶え間なく聞こえてくる。
「ライネル! 集中しなさい!」
母上の声にハッとした。咄嗟に防御魔法を張ったから良かったものの、危うく魔族の爪を受けるところだった。
「はい!」
私は素早く周りに視線を張り巡らせた。
魔族は竜を狙っていない。恐らく邪魔になるであろう私と母上を排除する算段。ナギとルークの戦いには目もくれない。
赤竜は飛び回る魔族を追い払うように翼や尻尾を動かしている。追い払うだけで攻撃をするつもりはなさそうだ。橙竜は大人しく赤竜の足元で縮こまっている。
雨のように降り注ぐ攻撃を受け流しつつ、橙竜、赤竜の元に移動する。
「橙竜様! 赤竜様! ここを離れてください。危険です!」
言葉が通じたのか分からないが、2匹は唸っている。通訳できる者がいればと思うが、今更どうしようもない。
「ライネル!」
母上の叫ぶような声に振り向くと、頬に何かが飛んできた。
手で拭い、赤いそれを目にしてゆっくり顔を上げた。
目の前には大きな傘が見える。橙色の大きな傘。これは……。
「橙竜様……?」
呟きと共にその傘……橙竜様の翼が離れていき、眩しい日差しが私の目を眩ませた。
通訳いないのを忘れて会話させてしまい、慌てて書き直しました。
通訳役誰か入れとけばよかった……けど誰もいない。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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