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第七十三話 ただ眺めていた

砂塵が静かに晴れていく。

誰1人動かず、砂塵の中の人物を凝視している。


私はまだ地面に座ったまま、目の前の光景を受け止められずにいた。

「海? 海だよね?」

自分の声がやけに大きく感じた。


黒竜の翼と尾、黒いツノ。どうみても魔族の姿。でもその顔は間違いなく海だ。


海はゆっくりこちらを向いた。私を見ている。でもその目はいつもの海じゃない。


「海って……私のこと?」


海の声は静かだった。冷たくはない。ただ、何かが抜け落ちたような声だった。

「かなこ……ずっと探してた。いつからなのか分からないけど……ずっと探してた」

私は勢いよく立ち上がって海の肩を掴んだ。

「もしかして記憶ないの? 魔族になる時に記憶なくしちゃったの?」


するとリクの声が割り込んできた。

「ハナちゃん? その翼と尾……まさか君は黒竜なの?」


海はリクに視線を向けた。そして私とリクの間に入るように一歩前に出た。私を守る海の背中が見える。

「あなたは誰? かなこから離れて」

冷たい声がリクを後ろに下がらせた。

リクは表情を消している。戦意を失ったような、絶望したような顔で小さく呟いた。

「ハナちゃんは……黒竜だったのか」


私は海の隣に立ってリクを真っ直ぐ見つめた。

「この子は海。黒竜です。あなたの計算は狂った。手を引いてもらえませんか?」

隣にいる海を見ると、眉を寄せて不安そうな顔でリクを睨みつけている。


リクは私と海を見て、フッと笑った。

「全く……この子には振り回されたよ」

リクは空に飛び立ち、私たちを見下ろした。そして、シュウに向かって声を張り上げた。


「シュウ!僕は引くよ。あとは好きにしな」

「あぁ?」

「マスターのこと頼むよ?」

「わかってるよ」


リクはシュウと言葉を交わしてから海を見つめてニヤリと笑った。そしてそのまま飛んでいってしまった。


私はリクが去ったことを確認してすぐ、海に顔を向けた。

「海! 覚えてること教えて! 黒竜のことは? 私たちの目的は?」

捲し立てるように肩を揺すりながら聞くと、海は苦しそうに声を絞り出した。

「分からない。何も分からない。かなこ……助けて」

私は泣きそうなのを堪えながら、変わり果てた姿の海を抱きしめた。

「大丈夫。私はここにいるよ」






一体何が起こったのか。その場の全員がナコ殿と魔族化した海殿、そして飛んでいくリクを眺めていた。西大陸の魔族も黒竜である海殿に手を出せずにいる。

そしてこの一時の停戦に波を立てた者がいた。


「海……さん?」


シルビア殿と戦っていたペーター殿が声を漏らしたのだ。

「ペーター! お前思い出したのか!」

嬉しそうに話しかけるシルビア殿の声も届いていないのか、ペーター殿は立ちすくんでいる。

その声に反応したナコ殿と海殿がペーター殿に視線を移す。


すると海殿の表情が突然変わった。目に光が宿った、というより、目の奥に堪えきれない激情が写し出されている。

「海?」

ナコ殿が声をかけるが海殿はペーター殿から視線を離さない。

いや、あれは……。

俺は慌ててナコ殿に大声で叫んだ。


「ナコ殿! 海殿を捕らえてください!」


それを合図にするかのように、海殿は短剣を手に持ち、翼の力を使って一気に距離を縮めた。

瞬きする間もなかった。気づけば奴の背中に短剣が突き立てられていた。


「ぐわぁぁ!」


奴の周りに血が飛び散る。海殿はそのまま翼を切り落とした。そして、もう一度振りかぶった。


「やめろ海!」


振りかぶった海殿の手首を掴んだマスターが海殿に声をかける。

だが聞こえていない。視線は奴に向けられたままだ。


「くっそ!」


奴が息も絶え絶えのまま剣を振り抜いた。

風を斬る音が聞こえて、鮮血が飛び散る。


「くっ!」


海殿を庇ったマスターが声を漏らす。左肩から背中にかけて大きな傷。グレーのローブがどんどん真っ黒に染まっていく。

地面にはシュウの血とマスターの血が混ざりあっている。マスターが崩れるように膝をついた。


「どいて!」


海殿はマスターを押しのけて、シュウに襲いかかる。短剣を握りしめ、怒りに呑まれた顔でシュウの胸に突き立てた。抜くこともなく、恨みや憎しみを植え付けるように短剣を押し進める。返り血を浴びても海殿は表情を崩さない。


シュウは海殿を突き放そうとしている。だがもうその力も残っていない。簡単に振り払えるような体格差なのに、シュウは何もできない。口から血を垂らし、痛みを堪えるように奥歯を噛み締めている。


「海……やめろ……」


マスターが短剣を突き立てている海殿の手を握る。

息が上がっている。傷口から血が溢れ、地面にポタポタと音を立てている。

それでもマスターは優しい口調で静かに言葉を発した。


「もうシュウは死んでる」





俺は動けなかった。

復讐を果たす海殿を止められなかった。

傷つくマスターに駆け寄れなかった。

ただその光景を……眺めていた。


「海! グレンさん!」

「海さん!」


悲鳴のような声を出すナコ殿が、そこに走りよるのを眺めていた。

それを追うように走っていくペーター殿を眺めていた。

まるで遠い世界で起きている出来事のように。



緊迫感を文字にするのが難しい。


最後までお読みくださりありがとうございます。


感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。

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