第六十八話 届かない声
Xにてイメージ画を投稿しました。
この話を読んでから見ていただくと、どの場面なのか分かると思います。イメージを大切にしたい方は見なくても大丈夫です。
X→ @to_nan_turuimo
魔族領の空気は重かった。フェルス王国と魔族領を隔てる山脈を越えたら突然空の色が変わった。厚く、黒い雲は変わらないのに、光の質が違う。この土地の光は冷たい。
「ジョン」
「分かってます」
カルロさんの小声に頷く。
僕が率いる第一騎士団が先頭を進んでいる。その後ろに緊張した顔のカルロさんと相変わらず表情を変えないサントスさん。後方の第二騎士団を率いるチャミは……珍しく黙っている。
海さんがここにいる。魔族領に連れてこられた。それだけは分かっている。でも今の海さんがどんな状態なのか、誰も口にしない。口にできない。
僕らは警戒しながら進んでいる。そろそろ魔族領の城が見えてくるころだ。なのに僕らは進むごとに冷や汗が止まらない。
ここまで一度も魔族と遭遇していないからだ。奴らは僕らの存在に気づいているはず。なのに全く攻撃してこない。気配も感じない。
サントスさんがこの空気にポツリと波を立たせた。
「我々に気づいていないはずないのですが……」
「マスターが言ってた好機だといいんだけど……嫌な予感がするよ」
カルロさんの言葉に、僕は弓矢をギュッと握った。
魔族領の城が見えてきた時、急に気配を感じた。
「止まって」
僕は全員の歩みを止めさせた。そして小声でチャミを呼ぶように後方に伝えた。
「ジョン……誰か見てる」
「うん」
チャミは後ろから来るなり、状況を察してくれた。
「見える?」
「城の上に……誰かいる。でも霧が濃くて……」
チャミの視力でもわからないか。
「全員戦闘態勢。気づかれてる」
僕はサントスさんとカルロさんに目配せした。するとカルロさんが全員に小声で今回の任務の目的を再確認するように話し出した。
「海さん救出が第一だ。魔族とは極力戦闘を避けたい。できるだけ殺すな。いいね?」
全員が腹を括った。
そんな中、突然チャミが声を出した。
「……あれ?」
「チャミ。緊張感ってものを……」
チャミを見ると、一点を見つめたまま固まっている。不思議に思ってチャミの視線の先を追う。
城の入口に一人の人影があった。
魔族のツノ。真っ黒な髪。そして……黒竜の翼と尾。
でも顔は――
「海ちゃん……?」
チャミの掠れた声が僕の心をざわつかせる。
嘘だろ。だって海ちゃんはあんなに無表情じゃない。もっと優しい雰囲気だ。おどおどしてて、ぷんぷん怒って、いつだって考えてる。悩んでる。でも誰かが声かけるとパッと表情が変わるんだ。
だからあんなの……海ちゃんじゃない。
手には、島からずっと持ってる短剣が握りしめられている。服もフェルス王国から着てたものだ。
海ちゃんであることを証明するものが目に入るたびに、俺の記憶の中の海ちゃんが屈託なく笑う。
城の上を見上げるともう1人いる。弓矢をつがえて様子を窺ってる女の子。魔族。
「城の上にいるのは四天王のアヤです」
宰相が低い声で言った。
俺はみんなが口にしない現実を言葉にした。
「じゃああれは……海ちゃん?」
誰も答えない。俺は苛立って前に進んだ。そして叫んだ。
「海ちゃん!」
すると海ちゃんの瞳が揺れた。
「……あなたたちは誰。何しに来たの」
大きくもない、小さくもない、冷たい声が響き渡った。後ろでジョンが苦しそうな声を漏らしたのが分かった。
カルロ先生が雪を踏みしめながら隣に来た。
「海さん。僕らはフェルス王国の者だ。覚えて……ないようだね。でも僕らは君を助けに来たんだ」
海ちゃんは首を傾げながら黙っている。海ちゃんは今考えているんだ。あの顔はそうだ。
「かなこは……どこ?」
みんなの顔に一瞬の希望が宿った。明るい声のカルロ先生が答える。
「ナコさんは君の指示通りに動いているよ!他に覚えてることはあるかい?」
少しの沈黙の後、海ちゃんは首を振った。
すると別の声が聞こえたと思ったら、アヤってやつが海ちゃんの隣に降りてきた。
「この子はハナ。あなた達の知る子はもういない」
俺は考えもなしに口を出していた。
「その子は海ちゃんだ!お前らが何かしたんだろ!返せ!」
アヤはムッとした顔をして矢をつがえた。
「ここで死にたいの?せっかく春まで待ってあげたのに」
俺は剣を鞘から抜いて構えた。
それを見た宰相が俺の前に立ち塞がった。
「我々は交渉に来ました。魔王に会わせてください。手は出しません。会うのは私とカルロだけです」
アヤは黙って睨んでくる。宰相はそれを見て、続けた。
「それと、彼女と話をさせてもらえませんか?」
アヤは隣にいる海ちゃんを横目で見た。
「魔王様には会わせない。ハナとも話させ」
「いいわよ」
アヤの言葉を遮るように見たこともない奴が城の門から現れた。
「魔王……カレン……」
カルロ先生の呟きで、あいつが魔王だと知った。それと同時に違和感を覚えた。
「なぁジョン。魔王よりアヤって奴の方が……」
「うん。僕も思った。魔王は力を奪われたって言ってたから……もしかしたらそれかも」
ジョンと話していると、宰相とカルロ先生が前に出て魔王と対面している。
「魔王。はじめまして。私はフェルス王国宰相サントスです。こちらは補佐のカルロです」
魔王はゆったりとした雰囲気のまま微笑んでいる。
「停戦のお話?それともこの子を奪いに来たの?」
「両方だよ」
今までとは全く違う雰囲気を纏ったカルロ先生が短く答えた。俺はその豹変ぶりに息を呑んだ。
「そう……話だけならいいけど、ハナを連れていかれるのは嫌だわ。この子お気に入りなの。それにもう今までの記憶はないわ。ね?ハナ?」
魔王に問いかけられた海ちゃんは顔を顰めながら黙っている。
それを見て、俺は腹の中から熱いものが込み上げてきて全身の毛が逆立った。そして勝手に体が動いた。
剣を振りかぶって一気に跳躍した。そして魔王の側にいるアヤを力任せに吹き飛ばして、海ちゃんを抱えてその場から離れた。
アヤは魔王を庇うことしか考えてなかったから、あっさり海ちゃんを連れだせた。
俺の突然の行動についてこれたのはジョンだけ。俺と海ちゃんのところにすぐに走ってきて、俺たちの前に立って矢をつがえた。
「あら。素早いのね。アヤ、ハナを取り返しなさい。他の者はフェルス王国の方々を丁重にお出迎えしてあげて」
ニヤリとした魔王の言葉を合図に、どこに潜んでいたのか、あちこちから魔族が現れた。
俺はすぐに海ちゃんの肩を掴んで叫ぶように話しかけた。
「海ちゃん!俺らと一緒に帰ろう!フェルス王国に!」
海ちゃんは無表情だ。
「海ちゃん!俺らの事忘れちまったのならそれでいい!でもナコちゃんのことは覚えてるんだろ?親友なんだろ?元の世界からずっと探してたんだろ?ナコちゃんのためにも戻って来いよ!」
海ちゃんはナコちゃんの名前に一瞬反応した。
「海さん。ナコさんはあなたが黒竜に呑まれても、きっと大丈夫だって信じてるんだ。僕らもそうだ。海さんなら記憶がなくたって、正しい判断ができると思ってる。西大陸に向かったナコさんの為にも……頼む」
ジョンの説得に海ちゃんは頭を抱えて苦しそうに唸っている。
「……私は……ハナ……かなこ……ナコって……」
思い出そうとしているのか、ポツリポツリと零している。
「海ちゃん」
そう声をかけたら、バッと顔を上げて海ちゃんが口を開いた。縋るような目で。
「かなこは……かなこは西大陸にいるの?」
俺は咄嗟に反応できなかった。答えたのはジョンだ。
「海さんがナコさんを西大陸に行かせたんだよ」
すると海ちゃんは翼を広げて空に飛び上がった。そしてそのまま振り向くことなく飛んで行ってしまった。
「海さん!」
ジョンが必死に呼び止める声が、俺の心臓を握りつぶした。
クライマックスに向かっております。感情移入しすぎて、書いてて苦しいです。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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