第六十二話 ご対面
部屋の中に入るとアヤもついてきた。そして扉が閉まっていく。扉が完全に閉まると同時に部屋の壁にある蝋燭がぽつりぽつりと灯った。
「ごきげんよう。わたくしの想い人。」
素直に綺麗な人だと思った。魔王っていうからもっと怖くて化け物みたいなのを想像していた。だけどそこには綺麗な長い黒髪をなびかせてソファに横たえて私を見つめる女性がいた。妖艶な雰囲気の女性。
「魔王様。」
「えぇ。あなたはもう行っていいわよ。ご苦労様。ご褒美は後でたっぷりあげるわ。」
「はい。」
魔王と話したアヤは部屋を出て行った。扉が閉まると突然緊張が全身に走った。魔王と2人きり……その事実を突きつけられた気がした。
私が俯いて黙っていると、魔王はゆっくりと起き上がってソファに脚を組んで座った。
「緊張しているわね?大丈夫よ。食べたりしないわ。西大陸の子たちと一緒にしないでちょうだい。」
「えっ?」
まさかの発言に声が出てしまった。てっきり食べられるとか殺されるとか魔法かけられるとか……そういう感じかと思っていた。
「ふふっ……。あなたお名前は?」
「…………。」
素直に名前を言っていいのか分からない。以前かなことダルシオンさんが話しているのを聞いた。名前で相手を支配する魔法が存在するって。もしそれをかけられたらと思うと何も言えない。
「あら。お口がないのかしら?お名前は?異世界人さん?」
この人は私が異世界人だと知っている。ということは黒竜ってことも知ってる?
「あぁ。警戒しているのね。名前で魔法を使うと思っている。安心してちょうだい。わたくしはあなたをどうこうしようと思っていないわ。」
まるで心の中を読まれてるみたいだ。
……ん?心を読む?そうだ!スキルでこの人の心を読めばいいんだ!
私はこっそりスキルを使ってこの人の心の中を読んでみた。魔王はニコニコしたまま私を見つめている。そして黙ってる私に問いかけてきた。
「わたくしの考えを読もうとしているの?読めた?」
心臓が跳ねた。全部見透かされてるみたい。しかも全然読めない。
「心を読まれないように魔法をかけてあるの。ごめんなさいね。」
やっぱりダメだったか……。
「さて……どうしようかしら。お口がないんじゃ話ができないわ。そうね……わたくしの考えをそのままお伝えしたらお話ししてくださる?」
え?どういうこと?
どうしたらいいかわからない私を見つめて魔王は勝手に話し出した。
「わたくしはね。魔王と呼ばれてるけど別にこの世界を支配したいわけじゃないの。魔族は基本、好戦的になるから戦いを好むのよ。でもわたくしは違う。ただ好きに生きていたいだけ。アヤのような従順な子に囲まれながら楽しく過ごしたいの。分かっていただける?だから黒竜の力にも興味はない。どちらかというと白竜の力の方が欲しいわ。だって創造と再生の力よ?なんでも好きに生み出せるじゃない?でもあの力は彼のもの……。彼には借りがあるし……嫌いじゃないの。素敵な方だしね。あなたも彼に惹かれたでしょう?」
私はちょっと前の自分を思い出して急に恥ずかしくなった。
「わたくしはあなたとお友達になりたいのよ。人間でもない。黒竜でもない。魔族でもない。へんてこな子。元の世界に帰りたいのでしょう?あの魔術師のお友達と一緒に。」
急にかなこが出てきて驚いて顔を上げてしまった。
「ふふっ……。やっと見てくれたわ。ついでにそのお口も開いてくれないかしら?」
私はバツが悪くなって仕方なく口を開いた。
「……なぜフェルス王国を攻めるんですか?」
戦う意思がないのになぜ攻めようとしているのか気になっていた。何がしたいのかもよくわからない。
「あぁ。あれは四天王が勝手にやってるの。ナギが人間を滅ぼしたいんですって。血気盛んなことよね。」
魔王の命令じゃない?ならなんで止めないの?
「なんで止めないんですか?」
「なぜ止める必要があるの?あの子たちは好きで戦おうとしているの。さっき言ったはずよ?好きに生きたいと。あの子たちも好きに生きてるの。それを止めるなんてかわいそうじゃない?」
え?それだけの理由?自分勝手に生きるためにフェルス王国を攻めるの?
「フェルス王国の人たちのこと考えたことあります?あの人たちは攻められたら好きに生きられないんですよ?」
「ならナギたちを倒してしまえばいい。強者なら好きに生きられるわ。そうね……あなたはどっちが勝つと思う?折角なら予想してみない?」
この人の考え方が理解できない。理解できるけど共感はできない。
「しません。それより私を元いた場所に帰してください。」
この人にビクビクしてた自分が馬鹿みたい。お友達?そんなものなれるわけないでしょ。
「そう……残念だわ。お友達になったらあなた達の帰るための条件教えてあげようと思ったのに……。」
え?いまなんて言った?条件?
「条件はみんなバラバラなんですよね?あなたにはわかるんですか?」
食いつき気味に聞いたのがまずかった。魔王はニヤリと口元を歪めて言った。
「わかるわ。それがわたくしのスキルだもの。この世界に来た時に与えられたスキル。」
「スキル……。あなたは…………自分が元異世界人だと覚えているんですか?魔族になったら全部忘れちゃうんじゃ?」
魔王は不思議そうに首をかしげて言った。
「あら。あなたも魔族になったけど覚えているじゃない。忘れちゃう子がほとんどみたいだけど、たまにいるのよ。忘れない子が。特別な子。強い願いや想いが繋ぎとめるのかしらね……。」
あれ?よくわからなくなってきたぞ?確かに私は魔族になってる。でもそれはマスターがこの姿にしてくれたから記憶は消えないのかと思っていた。進行を遅くするってだけなのかと……。
私が頭を悩ませていると魔王が諦めたように話し出した。
「いいわ。あなたの信頼を得るためにもご褒美をあげないとね。一つだけ教えてあげる。あなたの帰る条件よ。」
「は?」
つい声が出てしまった。しかも失礼な言葉が。
「あなたはある人がこの世から消えたら帰れるわ。」
「消えるって……つまり……。」
魔王はニヤリと笑って言った。
「その人が死んだらってこと。黒竜の力でバッサリ消してしまえばいいのよ。それか血を流しながら苦しむ姿を見つめながら……とかね。もちろんあなたが直接手を下す必要はないわ。誰かがやればいいの。どう?簡単でしょう?」
何を言ってるんだこの人は。そんなことできない。たとえそれがこの人だとしても無理だ。
「…………その相手は……誰ですか?」
聞きたくないけど聞いておこう。何かの役に立つかもしれないし。
「その人を教える代わりにこちらのお願いを聞いてくださる?」
私はため息をついた。
「先にお願いとやらを言ってください。それによって考えます。」
私も悪知恵がついたものだ。この言い方もあの鬼畜魔術師みたいだなとか思っちゃった。
「いいわ。黒竜の力を使ってこの世界を崩壊させてちょうだい。残るものは何もない。誰もいない。あなたもわたくしも、そして竜たちも。」
「………………は?」
また声が出てしまった。想像していた以上にぶっ飛んだことを言われて頭が追いつかない。
「それがわたくしが元の世界に戻る条件なのよ。仕方ないじゃない?」
な、なるほど。それがあなたが帰る条件なのね……。ははは……。
乾いた笑いしか出てこない。
「多分……それは無理です。できません。黒竜だけは残ってしまうと思います。」
口から出まかせだけど、別の条件に変えてもらえないかと思ってそう答えた。すると魔王は、うーん、っと悩んでいる。
「じゃあ……」
来るか?別の条件来るか?来い!頼む!
「黒竜の力いただける?そしたら自分でやるわ。」
私はゴクリと喉を鳴らした。
「……黒竜の力は……その……譲渡できないようです。」
もうヤケだ。なんとか言いくるめて穏便に済ませよう。
「それに、異世界人が帰る方法は条件を満たす他にもあります。知ってます?」
「異世界人に殺されればいいんでしょう?知ってるわ。」
私は肩を落とした。
知ってたか……。これを交換条件にしたかったんだけどな……。
「あなたのお友達に殺されればいいんでしょう?でもそれはお断りよ。痛いのは嫌だもの。」
そりゃ誰だって嫌でしょうよ。
「それにわたくし、今の暮らしを気に入ってるから帰れなくてもいいの。」
「え?じゃあさっきの世界を崩壊……っていうのも……。」
「ええ。別にいいわ。折角なら面白い条件がいいかなと思っただけなの。ふふふ!」
なんだろう。どっと疲れた。
私はため息をついて近くにあった椅子に座った。そして態度悪いだろうなとは思ったが、疲れた顔を隠さず、不貞腐れたように言った。
「じゃあ別の条件にしてください。」
魔王は悩んだ末にようやく口を開いた。
「四天王になってくださる?四天王の誰か一人を倒せばその後釜になれるわ。どうかしら?」
つまり……。
「つまり私に魔族になってあなたの側にいろ、ということですか?」
魔王は笑顔だけで答えた。
最悪だ……。確かに私はもう魔族になるつもりだった。でも魔王の側にいるのは嫌だった。魔族だけど魔族側にはつきたくなかった、とでも言えばいいだろうか。
そこでふと思いついた。
その手があったか!
私は笑顔で魔王に言った。
「わかりました。その条件を呑みます。」
「あら。嬉しいわ。じゃあよろしくね。四天王になったらさっきの答えを教えるわ。あなたが帰るために消えてもらう人を……ね。」
ようやく部屋から出てこれたと思ったら、扉の外にアヤが立っていてびっくりした。
まさか……ずっとここで待ってたの?
「部屋に案内する。ついてきて。」
「あ、はい。」
声をかける暇も与えられずに案内された。そして与えられた部屋は……魔王の部屋の2つ隣。
「あのー……。この部屋と魔王の部屋に挟まれた部屋は誰の……」
「私の部屋。魔王様に何かしようとしたら即刻首をはねる。」
言い切る前に被せて言われた。
「……き、気を付けまーす……。」
そう言って与えられた部屋にそそくさと入った。そして扉を閉めて私はその場に倒れこんだ。
「つ、疲れた……。」
殺風景な部屋。ベッドがポツンと置いてあるだけ。机も椅子もない。窓はあるけど外側から板でも貼り付けられているのか全く見えない。そして鉄格子までついてる。
「監禁……じゃないか……。」
私は床にうつ伏せで倒れたまま思案に耽った。
「はぁ……どうしようかな……。四天王……かぁ……。」
魔法室ではさっきからとある議論が開催されている。というより口論に近い。
「こんな時に西側の海に行くのかい?この忙しい時に?」
「えぇ。青竜に会わないといけないので。」
「いやいや、わかるんだけどさ。さすがに魔術師2人とマスターが行っちゃうのはいかがなものかと思うよ?僕一人でどうしろと?魔族だって雪解け前に来るかもしれないんだよ?」
「サントス殿がいるでしょう。頭使って何とかしてください。」
「いやいや、サントスは死んだことになってるから外を出歩けないんだって!死人が歩いてたらみんなびっくりするだろう?」
「じゃあ城から出ないでやればいいのでは?」
「外交は⁈他国とのやりとりは僕がやってるんだよ今。宰相代理ってことで。でも君たちが行っちゃったら僕は魔術師としての仕事もしなきゃならない!宰相代理と魔術師は同時にできないよ!」
「できなくてもやってください。」
「そんな無茶な⁈」
カルロさんとダルシオンさんのやり取りは続く。かれこれこの話何回してるんだろう。お年寄りは同じ話何度もするっていうけどこの人たちもそれなのかな?
「ナコ。」
「あ、はい。なんですかグレンさん?」
私の隣でこの騒がしい口論の中、我関せずといった様子で本を読んでいたグレンさんが話しかけてきた。
「この話まだ終わらんのか?もう8回目だぞ?」
あ、数えてたんだ。しかもちゃんと聞いてたのか。
「さぁ……。どうなんですかね……。グレンさんなんとかしてくれません?」
「魔術師というのは昔から議論が好きな生き物だ。好きなだけやらせておけ。」
「……つまり……嫌だと……。」
「あぁ。」
ですよねー。さっきから我関せず状態ですもんねー。もう10冊目ですもんねー。
青竜の協力を得るために大陸間の海、つまりこの東大陸の西側に行かなければならない。そこに行くのに私とグレンさん、そしてダルシオンさんが行くって事をカルロさんにしたらこの状況になった。そりゃまぁ魔術師不足なうえに魔術師が抜けちゃうんだから反対したくもなるよな。
私はため息をつきながらのっそり立ち上がって口論中の2人に元に向かった。
「あのー。すみません。じゃあ私とグレンさんだけで行ってきますよ。ダルシオンさんがいれば問題ないんですよね?」
「は?俺を置いていくと言うんですか?それはないな。」
「なんでだい⁈ダルシオンまで行くことないだろ?ここに残ってよ!」
カルロさんに1票。折角提案したのに。
「ダルシオンさんなんでそんなに行きたいんですか?海ですよ?水ですよ?また船でゲロりますよ?」
私はカルロさん側についたわけではないが、ダルシオンさん説得に乗り出した。
「俺はマスターの弟子です。弟子は常に師と共に行動するものです。じゃなきゃ技を盗めません。」
あーー……そういうことか。晴れて弟子認定されたから、マスター大好きっ子ダルシオン君が前面に出てきちゃったのか……。駄々っ子出てきちゃったかー。
私はダルシオン君の説得を諦めてアライグマに向かって言った。
「カルロさん。宰相代理と魔術師。両立してください!」
「えぇぇぇぇぇぇ!ナコさん!君までそんなこと言うのかい⁈」
「ということです。カルロ殿応援してます。」
「ちょっと!待ってくれ!それじゃダメだって!」
「カルロさん諦めてくださいよ。ダルシオン君もう駄々っ子MAXなんですよ。」
「駄々っ子じゃありません。何言ってるんですかナコ殿。」
「いやいや駄々っ子でしょう?弟子になったから甘えん坊さん出てきちゃったんでしょう?」
「誰がそんな甘えん…………。」
いつもの調子で言い返してくると思ったら、突然ダルシオンさんが真っ青な顔で固まった。
「どうしました?」
聞いてみるが固まったまま。
視線の先を見ると、笑顔でこちらを見つめているグレンさんがいた。そしてその後ろに何か見える。鬼だ。笑顔なのに怖い。多分めちゃくちゃ怒ってる。何も言わないのがその証拠だ。
私とカルロさんもゴクリと喉を鳴らした。
「ダ、ダルシオン……ど、どうしようか……?」
カルロさんがグレンさんを見つめたままダルシオンさんに問う。
「カルロ殿……。物凄く急いで用事済ませてきます。雪解け前に必ず戻ると約束します。ひと月もかからず帰ってきます。」
ダルシオンさんも顔を逸らさずカルロさんに言う。
「わかった。半月だ。必ず半月で帰ってきてくれ。これが条件だ。いいよね?」
「えぇ。ナコ殿もいいですね?」
「はい!」
私の返事が魔法室に響き渡るとグレンさんは本の世界に戻っていった。
私たちは一気に金縛りが解けたみたいに動き出してそそくさと魔法室から逃げ出した。
逃げ出した私たちは廊下を歩きながら小声で話している。
「ダルシオンさん……本当にあの人、人間ですか?元は鬼なのでは?」
「あの人は前からそうです。怒りが強ければ強いほど笑顔です。気をつけてください。」
「りょ、了解です。」
「あー…………怖かった……。魔王と対面で話すより怖かったよ。魔王見たことないけど。」
カルロさんったら何を言ってるんだよ。魔王より怖いだなんて。
私はふと思ったことを口にした。
「そういえば魔王ってどんな人なんですか?誰も会ったことないんですか?」
私は魔王に興味を持っている。ナギたちとは違う、変わった魔族って言ってたから逆に気になってしまう。話の分かる人かもしれないと。
「魔王には俺も会った事ありません。外交の場にはリクが出てきますから。」
ダルシオンさんの返答に続けてカルロさんが教えてくれた。
「リクっていうのは四天王の一人だよ。あとはナギとシュウ。あとアヤっていう人がいる。僕も四天王しか知らないな。魔王は出てこないから。聞いた話では女性の姿をしてるらしい。」
「えっ⁈魔王って女なの⁈」
私の驚きにカルロさんは笑った。
「魔王について詳しく知りたいならマスターに聞いてみるといいよ。彼は知ってるようだからね。僕も聞いておかないとな……。」
「聞くなら明日以降にしてください。ご機嫌麗しい時にお願いします。」
ダルシオンさんがすかさず口を挟んできた。
まあそうだよな。今あの人に近づく勇気はない。
「魔王は女なのか~。ますます気になってきたな~。話したら案外気が合ったりしないかな~。」
私の呟きにダルシオンさんもカルロさんも苦笑いをしただけで何も言わなかった。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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