第六十一話 霧の罠
目を開けるとエステル様が覗き込んでいた。
「おはよう海。話せたみたいね。」
私は体を起こして心配そうに見ているジョン、チャミ、ライネル様にニコリと微笑んだ。
「そんなに心配しないでください。私はなんでもないです。むしろよく寝た〜って感じです。」
そう言うとみんな安堵のため息をついた。
「海さん……起きないかと思った……。」
「ジョン不吉なこと言うなよ!」
「実際私も不安だった。起きても黒竜なのではないか……と。」
「ライネルあんたまで?全く心配性なんだから。」
4人のやり取りを微笑ましく眺めてから、立ち上がって竜たちの元に向かった。
『全て聞いていたのだな。』
赤竜の問いに頷きで答える。
『黒竜は君を心配してる。魔族になる決心がついたなら黒竜に言ってやりなよ。まぁ失敗したら君は消えて黒竜に呑み込まれるんだけどね。実際我らも後者の方が助かる。』
橙竜の言葉には冷たさが感じられる。けど今はその方が楽だ。変に心配されるよりこっちの方が事が進みそうだし、覚悟も揺らがない。
『この人間の器を捨てて魔族になります。黒竜にどうやって伝えたらいいんでしょう?』
私が既に結論を出している事に驚いたのか2匹は顔を見合せて目をぱちくりさせている。
『貴様……良いのか?魔族になれば全ての記憶がなくなる。そこにいる者たちのことも忘れるぞ?』
私は赤竜がシルビアさんと被って見えた。口は悪いけど心の中は優しさでいっぱいなところが。
『分かってます。でも……私は絶対忘れない。魔族になっても親友だけは忘れないつもりです。どんな姿になっても……私は私だから。』
黒竜に呑み込まれるのは嫌だ。魔族になって全部忘れるのも嫌だ。私はかなこと一緒に元の世界に帰る。これだけは絶対忘れない。そうすればきっと魔族になってもかなこの隣にいられるはず。
『ふーん。君がどこまで出来るか気になってきたよ。ねぇ赤竜。君もこの器が気になってきたんじゃない?』
橙竜が楽しそうに赤竜に聞いた。
『……まぁ。そうだな。これで消えるのは惜しい……とは思う。』
私は頬が緩んでしまった。竜も私たちと同じで感情がある。しかもそれぞれ個性があるようで面白い。
『君……なんて名前だっけ?』
『え?海です。』
橙竜の質問に答えると2匹は、海……っと呟いた。
『海。黒竜とは夢の中で話せるだろう。その時に魔族になることを伝えれば良い。その時に我らの言葉も伝えてくれ。』
赤竜が言うと、橙竜も私を見つめてきて口を開いた。
『我らは海と黒竜ならうまくやっていけると思う。だから君だけが背負うんじゃなくて海と共に背負っていけばいい、と。』
どういうこと?一緒に背負う?
ちんぷんかんぷんな私を放置して2匹はニヤリと笑った。そしてドスンっと足を鳴らして言った。
『用事はすんだでしょ?さっさと帰ってよ。』
『そこのハーフエルフと獣人達もさっさと失せろ。二度と来るなと言っておけ。』
足音に驚いて4人が駆け寄ってきた。
「海ちゃん!大丈夫か!」
「あ、チャミ。うん。なんかもう帰れって。二度と来るなって。」
「はぁ?!なんだそりゃ?」
チャミの反応は最もだ。私もよく分からないままだし。
怒っているチャミをなだめていると、エステル様が腰に手を当てて言った。
「じゃあ帰りますか!ライネル、ジョン、チャミ!荷物まとめて!海……あんたもよ?」
エステル様の指示に不貞腐れながらも従うチャミとジョン。ライネル様は私の隣に来て竜の通訳をお願いしたいと言ってきた。
「分かりました。」
そう言うと、ライネル様は2匹に向かって跪いた。
「呪いを解いてくれたこと大変感謝しております。そのお礼と言ってはなんですが……この山は立ち入り禁止にするよう進言しておきます。」
2匹はライネル様の誠意に気をよくしたらしい。
『呪いは赤竜のせいだから別にいいよ。それにこの山に人が来ないのは助かるね。我はこの火山が好きなんだ。本当は赤竜だって追い出したいけど……。』
橙竜が赤竜をジロリと睨む。
『我はわざわざ西大陸にまで行ってやったのだぞ?緑竜の様子を見に。橙竜、お前の頼みでな!』
『頼んだ覚えはないよ。赤竜が勝手にしたことじゃん。』
『なにっ?!貴様忘れたというのか?!』
『何言ってるのかさっぱりだねー』
私は2匹の痴話喧嘩を放置してライネル様に言った。
「気にするな、だそうです。あとこの火山は橙竜のお気に入りらしいので人が来ないのはありがたい、との事です。」
「そうか!良かった。これで兄上の顔も立つだろう。赤竜到来に大変迷惑をかけてしまったからな……。」
ライネル様真面目だな〜。ジェド様なら気にしなさそうなのに。
「気にすんな!ライネル!むしろ赤竜に会えて楽しかったぜ!」
とか言いそう。
すると後ろから呼ばれた。振り向くともう準備できたのか、3人が荷物を持って待っている。
「海さん!母上が待ちくたびれている!急がないと!」
ライネル様はピューンという効果音が付く勢いで走っていった。私はそんなライネル様に続くようにみんなの元へ向かおうとしたが、振り向いてまだ痴話喧嘩してる2匹に向かって小さな声で言った。
「ありがとう。」
きっと聞こえてないだろう。だけどそれでいい。
私はみんなの待つところに向かって走った。
帰りは行きより楽だった。例の迂回路ではなく、整備された道を進んでいたから。
「あたし達のおかげで呪い解けたのよ?大手振って帰りましょうよ!」
というおばちゃんの一言に俺とジョンと海ちゃんが大賛成。ライネル坊ちゃんも戸惑いが見えたけど賛成した。それでも2日はかかるだろうと言ってたからやっぱりこの山はデケェんだなと思った。
俺は前を歩くおばちゃんと坊ちゃんにバレないように、後ろを歩く海ちゃんとジョンのところに合流した。
「なぁ海ちゃん。これからどうすんだ?その……魔族になるとか……ほら……なんか大変そうなこと言ってただろ?」
するとジョンも気になってたのかジッと海ちゃんの返事を待ってる。
「あー……うん。えっと……。」
言いずらそうに唸ってる海ちゃん。俺はジョンと同じく言ってくれるのを待つ。海ちゃんが寝てる間にジョンと話してたんだ。無理やり聞き出すんじゃなくて言ってくれるのを待つって。焦れったくて嫌だけど……我慢だ。
すると海ちゃんがぽつりぽつりと話し出した。
「私は……やっぱりこの人間の姿を捨てて魔族になるよ。記憶なくしちゃうかもしれないけど黒竜に呑み込まれるよりは……マシかなって……。」
「海さん。無理に魔族にならなくてもいいんじゃない?その姿をキープしたって……。」
ジョンが焦ったように言う。海ちゃんはその言葉が来ると分かっていたのか、困ったように微笑んで言った。
「うーん……そうなんだけど……多分もう限界かな。この体が壊れそう?になってるのか、自分の体なのに自分じゃないみたいなんだよ。自分の意思で動かしてるのに誰かの体を見てるみたいな……なんて言ったらいいのかなー。うーん。」
俺はその感覚分からないけどなんとなく海ちゃんの言いたいことは分かった気がする。
「なんとなく分かった!な!ジョン!」
「いや……全然分からない。まさか……これが感覚派との違い?!」
ジョンがなんか失礼なこと言ってる気がするけど……まぁいいだろう。
「魔族になったらさ……俺らのことも忘れちゃうんかな?覚えたまま魔族になれねぇの?」
「うーん……分からない。竜たちは私次第……みたいなこと言ってた。具体的にどうするのか分からないけど、気合いで何とかならないかなーと思ってる。」
海ちゃんは吹っ切れたように見える。黒竜の為に寝た前と後じゃ全然違う。しょんぼりした雰囲気は全くない。
気合いでなんとかなるもんなのか?
そう聞こうと思ったら、海ちゃんが前を見ながら言った。
「あれ?どうしたんだろう?」
俺とジョンもつられて視線を向けると、おばちゃんと坊ちゃんが足元を見つめてなんか話してる。
俺たちは駆け寄って聞いてみた。
「おばちゃん!坊ちゃん!どうしたんだ?」
2人は難しそうな顔してる。
「それがね……なんかの魔法にかかっちゃったみたい。迷いの魔法よ。」
ん?迷いの魔法?
「ここを見れくれ。さっき休憩で火をおこした跡がある。また戻ってきてしまったんだ。」
坊ちゃんの指さす足元を見ると確かにそこはさっき昼飯作る時に火をおこした跡がある。
「ここを通るとかかる魔法ですか?」
ジョンが聞くと、おばちゃんが答えた。
「んー分からないのよ。特定の誰かを狙った可能性もあるわ。今は入山できないから誰彼構わずって感じじゃないの。この魔法がかけられたのはつい最近って感じ。5日くらい前かな。」
5日くらい前……ってことは俺らが竜に会ってるか会う前かって感じか……。
「母上……嫌な予感がします。この魔法は恐らく……」
「えぇ。あたしも同じこと考えてたわ。」
坊ちゃんとおばちゃんだけで話を進めてて俺らは置いてけぼり。さすがに気になったのか海ちゃんが聞いた。
「あの。どういうことですか?」
坊ちゃんが言いにくそうにしながら説明しだした。
「この魔法は特定の誰かを狙って使っている。迷わせて疲れ果てたところに何か仕掛けてくるはずだ。推測でしかないが恐らく狙われているのは私たちだ。この先にむやみに突っ込むのはやめた方がいい。私と母上で魔法を解く手段を探ってみる。君たちは周りを警戒していてくれ。」
俺とジョン、海ちゃんは坊ちゃんの指示に頷くしかなかった。
俺たちを誰かが狙っている。一番可能性が高いのは海ちゃんだ。黒竜だしな。でもそれを知っててこんなことしてくる奴なんているか?フェルス王国のやつら……とも思えないし、坊ちゃんとこのやつらってのも考えられない。
「なぁ2人とも。」
俺が声をかけると2人が振り向いた。
「チャミどうしたの?なんか思いついたの?」
海ちゃんの問いかけに首を振ってから口を開いた。
「狙われてるのって海ちゃんじゃね?黒竜だし。でもなんでこんな面倒なやり方してくるんだ?夜陰に乗じて狙った方が確実だし楽じゃね?」
「私を狙ってる人なんている?そもそも黒竜だって知ってる人限られてるよね?」
するとジョンがピクリとして周りをキョロキョロしだした。
「ジョン?どうした?」
俺と海ちゃんは突然のジョンの行動を不思議に思って顔を見合わせた。
「霧が出てきてない……?」
俺は周りを警戒した。確かに霧が出てきた気がする。それに誰かの視線を感じる。
「坊ちゃん!おばちゃん!」
魔法を解くために少し離れた場所にいる2人を呼び寄せようと声をかけた。だがそこに2人はいなかった。この霧に紛れるみたいに消えちまった。
「え?マジかよ……。ジョン!どうしよ…………え?」
さっきまで側にいたはずのジョンがいない。
「チャミ!」
俺を呼ぶ海ちゃんの声がして振り返ると、海ちゃんは何かを見つめながら立っている。
良かった……海ちゃんはいた……。
俺は安堵と焦りが混じったまま海ちゃんに駆け寄った。
「海ちゃん!みんなどこ行ったんだ⁈」
声をかけるが海ちゃんは一点を見つめたまま返事もない。しかも緊張した顔をしている。俺は海ちゃんの見つめる先を見た。
霧がさっきより濃くなって周りがどんどん見えなくなっている。その霧の中に影を見つけた。人……のような形をしている。
「おい!そこにいるの誰だ!」
俺はとっさに海ちゃんの手を引っ張って自分の側に引き寄せて、影に声をかけた。影はゆらりと動いて消えた。
「チャミ。あの人が魔法をかけたのかも。みんなはどこ行っちゃったんだろ……。」
「わかんねぇ。とりあえず海ちゃんは俺から絶対離れるなよ。」
「……うん。」
俺と海ちゃんは周りを見渡してさっきの奴を探した。
すると突然後ろから何かが飛んできて、それを手でバシッと掴んだ。見るとそれは矢だった。咄嗟に掴んだからよかったものの、危うく死ぬところだった。
「チャミ!大丈夫⁈」
「あぁ。これくらいなんでもねぇよ。それよりこの矢……俺を狙ってた。」
矢は真っすぐ俺の心臓を狙って飛んできた。海ちゃんではなく。ということは……狙いは俺?いや、だったら俺より避けられないであろう海ちゃんを始末してからの方が楽だ。ということは……やっぱり狙いは海ちゃんなのか?他の3人も同じように狙われたんじゃ?ジョン……まさかやられてねぇよな。
「チャミ?」
不安そうな海ちゃんを見て俺は自分が逃げ腰になってることに気づいた。
「ごめん。大丈夫だ。きっとみんなも大丈夫。あいつの狙いはやっぱり海ちゃんだよ。邪魔者である俺たちを消して海ちゃんに何かするつもりなんだ。」
俺は意識を集中させた。
あいつの気配を探れ。しっかりしろ俺。今、海ちゃんを守れるのは俺だけなんだ。
すると僅かだが後ろに誰かの気配を感じ取った。
「そこか!」
俺は一気に踏み込んでその気配に飛びついた。
「わっ!!」
俺は飛びついた相手を見て驚いた。ライネルの坊ちゃんだったからだ。
「なっ⁈ぼ、坊ちゃん⁈」
「チャミか!良かった!無事だったのだな。」
俺はその瞬間やっちまったと思った。勢いよく立ち上がってさっきまでいた場所を見つめて拳を握った。
「……っく……。」
囮だ。坊ちゃんは俺と海ちゃんを離れさせるための囮。俺はまんまと奴の罠に嵌ったんだ。あの一瞬離れた時に海ちゃんを連れ去られた。
「チャミ?みんなは?一緒にいないのか?」
坊ちゃんの質問に悔しくて答えられない。すると他の2人の声が聞こえた。
「ライネル!無事⁈」
「チャミ!良かった無事だったか……。」
坊ちゃんとおばちゃん、そしてジョンが一同に集まった。俺はその場に膝をついて拳で地面を殴った。その様子を見ておばちゃんが声をかけてきた。
「チャミ……。何があったか教えて。」
俺はみんなに話した。そして土下座した。
「ごめん!俺が守らなきゃいけなかったのに!ごめん!」
ジョンが俺の背中に手を添えて言った。
「チャミ……僕らも一緒にいたんだ。霧に惑わされた。チャミのせいじゃないよ。」
「そうよ。あたしらだって同罪よ。魔術師として失格だわ。もっと早くに魔法に気づけばよかった。」
「チャミ、顔を上げてくれ。」
俺は顔を上げて霧の晴れた空を見上げた。
「くっそ……。海ちゃん……。」
俺の呟きだけが響き、誰ひとり何も言わなかった。
チャミが突然飛び出したと思ったら私は光に包まれた。そして光が消えると見たこともない場所に立っていた。あの光が転移術だと気づいた時にはもう遅かった。私はあの迷いの魔法を使ったであろう人と薄暗い部屋にいる。
「あなたを待っているの。あのお方が。」
その人……いや、魔族が私に言った。私は一呼吸置いてから問いかけた。
「あなたは……魔族?」
「そう。私はアヤ。魔王様の側近。魔王様の命であなたを探しだしてここに連れてきたの。」
アヤと名乗ったその魔族は私より年下に見える女の子だ。多分……二十歳にもなってない女の子。背中に弓矢を背負っているから、チャミを狙ったのはこの子だろう。
「ここは?」
質問をしたがその子は黙って私を見つめている。そして動いたかと思ったら扉を開いて部屋から出て、私が出てくるのを待っている。
ついてこい……ってことか。
私は素直にその子についていくことにした。
薄暗い廊下を歩いていく。窓もないから外の様子も分からない。とても殺風景だ。フェルス王国の城のような石造りの建物だが、装飾品も明かりもない。恐らくここはフェルス王国と接している魔族領。しかもアヤって子は魔王の側近。確実にこれから魔王とご対面ってことだろう。
私は自分の中の黒竜に話しかけた。
『黒竜。絶対出てこないで。』
そして大きな扉の前に来た。アヤは扉をノックして中に声をかけた。
「魔王様。連れてきました。」
すると扉が重そうな音を立てて開いていく。誰も触っていないのに勝手に開いていく。
「入って。」
アヤに言われて私は恐る恐る真っ暗な部屋の中に足を踏み入れた。
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