25・傘(後編)
雨が降りしきるグラウンドに三組の生徒は集合していた。
「先生、何をするつもりですか?」
「今日は雨の中! みんなで遊びたいと思う」
雨の中でありながら、生徒がびしょ濡れになっているわけではない。
そう——全員がシャーロットに貰った傘を差しているのである。
「お前等、最近外で動き回っていないだろ? だから今日の体術の授業の代わりにちょっとした遊びをしたいと思うんだ」
「でも……どんな遊びをするんですか?」
ロレッタが尋ねてくる。
「うん……そのことなんだけど」
俺はタメを作ってから、高らかにその名を告げる。
「傘鬼ごっこだ」
「「「傘鬼ごっこ?」」」
生徒達の声が重なり合う。
「ああ、傘鬼ごっこ」
「それってどんな遊びなんですか?」
「なあに、ルールは簡単だ。まずは十五人、十五人で二チームに分かれてもらおうか。ジャンケンをしてくれるか?」
生徒達は適当な人を見つけて、ジャンケンを開始する。
異世界にもジャンケンというモノは存在しているらしい。
ただしニホンの「石」「はさみ」「紙」の三つではなく、「盾」「剣」「魔法」と分かれているらしいけどな。
まあグー・チョキ・パーの強さの関係は変わらない。
「よし。それじゃあジャンケンに負けた方を鬼にしようか」
鬼グループに入った生徒はロレッタやジェシカがいた。
ここまでして、まだ生徒の中には戸惑いの表情を浮かべているモノもいる。
「基本的には鬼ごっこのルールと変わらない。鬼が鬼じゃない人を追いかけ、一時間後に鬼が全員を捕まえたら鬼の勝ち。一人でも残っていれば鬼じゃないグループの勝ち……鬼にタッチされた人は病原菌に感染して、自分の鬼になってしまう、とでもしようか」
ただそれでは鬼側に有利すぎるので、鬼じゃないグループは最初の十分、逃げる時間を与えてやるのでその間に隠れておくのも可、とでもしようか。
後、行動範囲はグラウンドのみとでも付け足しておこうか。
「そして……普通の鬼ごっこじゃない部分だが、それは傘で相手の傘に触れた時点でタッチは成立する、とでもしておこうか」
折角、傘鬼ごっこと名付けたのだ。
少しは「傘」要素を入れておかないとクレームが入るだろう。
俺が傘鬼ごっこの説明を終えると、
「なんかつまんなさそう……」
「それに鬼ごっこなんて……子どもの遊びじゃん」
浮かない顔をしている生徒達。
ぐっ……確かに鬼ごっこって、奴隷学校の生徒の年齢層を考えればちょっと子どもっぽいかもしれないけどよ!
「うるせえ! とにかく開始だ開始! やってみなくちゃ分からないだろうが」
強引に話を進める。
折角、考えたんだからボツになってしまうのは何か嫌なのだ!
「よし……始め!」
始まりを宣言し、鬼じゃないグループの生徒は渋々といった感じで走り出した。
「逃げろ逃げろー!」
「水溜まりを跳ねさせるのは禁止!」
「クロエちゃんは何処にいるの? ……隠れるの上手すぎだよ」
最初は文句の多かった生徒ではあったが、三十分もすれば楽しく騒いでいた。
「うんうん! これが俺の望んでいた風景だ」
ストレスが溜まっている時はバカになって発散するのに限る。
鬼ごっこなんて子どもの遊びだと思うだろ?
俺だってそう思う。
しかし! そこに「雨」という状況が加わったらどうなるだろうか。
普通、雨が降ったら屋内で温和しくしておく。
それがこの世界の常識だった。
その常識を打ち破り、外で走り回る。
「バカさ加減が女の子達を笑顔にさせるんだ!」
俺は傘を差しながら、グラウンドを俯瞰している。
どうやら鬼の方が一枚上手だったみたいで、残り三十分を残しながら殆どを「鬼」にしてしまっていた。
しかし——鬼じゃないグループ側に一人だけ残っているものがいる。
それが暗殺者のジョブであるクロエである。
「まあ鬼ごっこという遊びはクロエと相性が良いかもしれないな」
何故なら奥義影牢を使用し続ければ、鬼側はクロエを認識出来ないのだ。
殆ど障害物がないグラウンドで、クロエの姿は見えない。
一番最悪の人間を一番最後に残してしまったということか。
「これじゃあ……鬼じゃない側のグループの勝ちのよ」
「いたー! クロエちゃんだ」
「サッキーを食べていたぞ!」
「……我慢出来なかった」
ずっこける。
クロエは肩と首で器用に傘を支えながら、両手でサッキーを貪っていたのである。
あいつ!
こんな時くらいサッキー中毒を治せよ。
「クロエちゃんは私が捕まえます!」
学級委員のロレッタがクロエの前に立ち塞がる。
「むっ……サクサク」
そんな状況でありながらも、ポーカーフェイスでサッキーを食べているクロエ。
というか「私はサッキーが食べられれば何でもいい」と思っているからこそ、表情を変えていないだけじゃないのか?
「クロエちゃん! 覚悟!」
ロレッタが傘を放して、クロエを両手で捕まえようとする。
傘を手放しているため、ロレッタの体は雨で濡れ続ける。
あいつ……まずはクロエを拘束して、素早さを封じようという魂胆か!
「丁度、汗を掻いていたからシャワーを浴びれて一石二鳥です!」
あっ、そんなこと考えてなかった。
ただ単にバカだっただけだわ。
とはいえロレッタの両手がクロエを補足しようとした瞬間、
「——奥義、隼」
クロエの姿がロレッタの前から消失する。
奥義隼で素早さの値を十倍まで引き上げたクロエ。
あまりにも速すぎるクロエの動きは、まるで分身しているかのようであった。
「こうなったら……クロエを捕まえることが出来るヤツはいない!」
ロレッタは勢い余って転けて、水溜まりに落ちてやがる!
やっぱこいつは戦力外だ!
内心、クロエの勝ちを確信していたところ、
「クロエ君」
シャーロットがクロエに前に立つ。
シャーロットは何故か傘を差しておらず、両手を後ろに回している。
クロエは一端動きを止めて、シャーロットを見定めている。
「これでもくらえ!」
——そう叫び、シャーロットの両手がクロエの前に掲げられる。
その両手には畳まれた傘が持たれていた。
シャーロットはボタンを押し、傘を一気に開く。
「……っ!」
人に向かって傘を開くのは危ない使い方である。
だからであろう——クロエを一瞬、怯ませることが出来た。
「はい、タッチ」
その隙を見逃さずシャーロットの傘がクロエのモノに触れる。
「……私の負け」
単調な声で告げるクロエ。
グラウンドに響き渡る歓喜の声。
傘を手放して、抱き合っている生徒もいる。
「……たかが遊びという割には随分熱中していたじゃないか」
そんな姿を見ていたら、俺だってその輪に入りたくなってきた。
濡れないように傘を差す遊びを思いついているのに! 最早、激しい動きのためにみんなびしょ濡れになっているではないか。
えぇーい! こんなの見てたら我慢出来るわけないだろうが。
俺は傘を放って、みんなの元に走りだそうとしたら、
「先生!」
後ろからロレッタが抱きついてきた。
「ロ、ロレッタぁ?」
「勝ちましたよ先生! 私の活躍のおかげです!」
いやお前はあんま役に立ってなかったように見えたけどな?
とはいえ——ロレッタの肌が布に引っ付いており、ボディーラインをはっきりとさせる。
髪も濡れており、いつもの彼女の雰囲気と違っている……というか、何だか新鮮な気分だ。
「ロレッタ離しやがれ!」
「嫌です。先生も私と喜びを分かち合いましょう!」
お前みたいな女の子に抱きつかれたら、どうにかなってしまいそうなんだよ!
ロレッタに抱きつかれたまま、助けを求めるように右手を伸ばすのであった。
「……タクマ先生、何をしているんだ」
たまたまグラウンド近くを歩いていた校長。
隣に歩くクレアに向かって問いを投げかけた。
「さあ……どうして雨の中ではしゃいでいるんでしょうね」
クレアは頬に手を置いて、首を傾げる。
「聞いたことがある。異世界召還者の元いる世界では『雨止ましの舞』というものが存在している、とね」
「雨止まし?」
「はい。きっとあそこではしゃいでいるのは、その儀式なんでしょう」
「……あんなもので雨が止むとは思えないんですが」
校長とクレアは三組の担任を誤解したまま、校舎へと戻っていくのであった。




