24・傘(前編)
教室に飾られたてるてる坊主が寂しそうに揺れている。
「先生……止まないですね」
ロレッタの耳が「もう限界だにゃー」と言わんばかりに垂れ下がっている。
結局、てるてる坊主を作っても雨は止むことはなかった。
とはいっても「お役ご免」と言わんばかりに捨てるのはてるてる坊主に悪かったので、こうやって吊り下げられたままにしているのである。
「うーん……この鬱陶しい雨。何とかならないものか……」
三組の生徒も——ろくに外で体を動かしていないためか——鬱憤が溜まり、授業にも精が出ていない。
このままではストレス過多で非行に走る生徒も出てくるだろう。
……いや、やっぱないわ。想像出来ん。
相変わらずサッキーばっか食っているクロエがグレたらどんな感じになるんだろうか。
『サッキー……置いていけ』
路地裏とかに呼びだして、サッキーのカツアゲをするのだろうか。
「サクサクサクサク……」
相変わらずクロエは何を考えているのか分からない。
今でも机に座って、窓の外を眺めながらサッキーをひたすら食べていた。
「ん? あいつは……」
クロエの隣に座っている少女が目に入る。
その少女は? 傘のようなものを広げ弄くり、見るからに悪戦苦闘している。
動作はさながら真理を探求する科学者のようだ。
俺は少女に近付いて名前を呼ぶ。
「どうしたんだ、シャーロット。そんな難しい顔して」
少女——シャーロットは名前を呼びかけられても、俺の方を振り向かず作業に没頭している。
凄まじい集中力を発揮していることは分かった。
シャーロットは白い髪をした女の子で、ジェシカやアリアの「お姉さん体型」グループに比べれば、どちらかというとクロエのような「幼児体型」グループに所属する。
ただ髪と同じような白肌は陶器のようにキレイだし、物憂げな目元も先生の俺から見てもたまにドキッとする。
「おい、シャーロット! 何をしているんだ!」
シャーロットの耳元に口を近付け、大声で呼びかける。
すると——やっとシャーロットは俺の存在に気付いたのか、
「ふむ! 君は先生ではないか!」
と目をクリクリとさせて振り向いた。
「何をしているんだ?」
「ふむ! 傘に改良を加えているのである。この傘を何処でも持ち運び出来るようにすれば……世界の傘事情を大きく変えることが出来ると思うのだ」
「秀才のシャーロットらしいな」
シャーロットは「脳筋」「バカ(ロレッタ)」といった人材が豊富な三組の中で、一際勉強の成績が良い女の子であった。
このような奇怪な口調をしていることもあり、シャーロットのことを「博士」なんて呼んだりするヤツもいる。
「傘? そういえば、この世界ではあんまり傘っていうのを見たことがないな。特に男の人が傘を差している姿を」
「先生の国ではどうなのか知らないが、吾輩の国では傘ってのは女性が使うものだ。それでも……あまり一般的ではないんだがな」
「じゃあ雨が降った時にはどうするんだ?」
「外を出歩かなかったり、帽子を被って雨風を凌ぐ人が多いな。それもこれもこの傘が持ち運びにくいからだ」
そう言って、シャーロットは傘に視線を戻す。
「持ち運びにくい?」
「ああ。この傘、大きいだろう? これだけ大きかったら、しまっておく場所もなくて不便なのだ。これをどうにか出来ればいいと思うが……」
そりゃ不便だろうな。
だってシャーロットが持っている傘は……、
「傘を畳めばいいんじゃないか? そうしたら、一本の木の棒みたいになって置き場所にも困らないだろ」
「畳む? 先生は何を言っているのだ?」
シャーロットが首を傾げる。
そう、シャーロットの持つ傘は開いたままの状態だったのだ。
この状態の傘は確かに場所を圧迫してしまうだろうな。
ん?
もしかして……傘を畳む、っていう概念がこの世界には存在しないのか?
「その傘はずーっとその状態なのか?」
「そうだ。だから置き場所に困るのだ」
やっぱりそうらしい。
そりゃ、そんな畳むことが出来ない開いたままの傘なんて不便で仕方がないだろうな。
微風が吹けば、すぐに飛ばされてしまいそうだしな。
「……シャーロット……ちょっと待ってろ」
ならば先生としてシャーロットに教えてやるのが筋ってもんだろ。
クエスチョンマークを浮かべるシャーロットを放って、俺は購買部へと走るのであった。
「これだ!」
購買部に行って、ニホンの傘を適当に購入。
教室に戻り五、六本の傘をシャーロットの前に並べた。
「これは……?」
その内の一本を手にとって、シャーロットが興味深げに眺める。
「それはジャンプ傘っていうヤツだ」
「ジャンプ傘? 確かに……先生の言っている通り、傘が畳まれているがどうやって使えばいいのだ?」
「そこのボタンを押してみろ」
持ち手のところに小さな白いボタンのようなものがある。
恐る恐る、といった感じでシャーロットの人差し指がボタンを押す。
「きゃっ!」
女の子らしい悲鳴。
ワンタッチで傘が開き、シャーロットが元々持っていた傘のようになるのだ。
「こ、これは! 凄い!」
「そして直し方はこうするんだ」
興奮気味のシャーロットの手を取って、今度は傘の畳み方を教えてやる。
それからシャーロットは何度か傘を開いては閉じ……開いては閉じ、を繰り返し、
「これは凄い……画期的だ。こうすれば急な雨でも対応することが出来る。そして使わない時は畳んでおけば嵩張らない……先生の国というのはどれだけ技術が進んでいるのだ?」
「技術、っていう程凄いもんじゃないけどな」
まあ「傘を畳む」という概念がない異世界にとって、目ん玉が飛び出る程の発明品だったのかもしれない。
だが……そんなもんで驚いてたら困るな!
「シャーロット。これはどうだ?」
畳まれた状態のジャンプ傘より、一際小さい傘。
「これは……これならバッグにも入れられると思うが、持ち手がないじゃないか。これじゃあ使えない」
「ふふふ。侮ってもらったら困るな」
次に俺がシャーロットに渡したのは折りたたみ傘であった。
俺は折りたたみ傘の持ち手のところを伸ばし、先ほどと同じように開いてやる。
「こ、これは……すすすすす凄すぎるぅぅぅうう!」
折りたたみ傘を見て、地面に座り込みわなわなと震えるシャーロット。
たかが折りたたみ傘を見せただけで大袈裟なヤツだ。
「どうだ? これでシャーロットの悩みも解決出来たかな?」
「解決出来たどころか……これは傘の革命となるぞ!」
基本的にテンションの高いシャーロットであるが、これだけはしゃいでいるのは初めてではないだろうか?
その後、シャーロットは傘の骨組みを真剣に眺め、
「先生……少し借りてもいいかな? 一週間後には返せると思うから」
「ああ。なんならあげてもいいぞ」
何度も言うが、ドラゴン退治で財政難は脱しているのだ!
購買部で買った傘を全て預け、その日は奴隷学校を後にするのであった。
◆
一週間後。
相変わらずジメジメとした空気で、一向に雨が止む気配はない。
『ここまで雨が続くのは珍しいですよ』
異世界の梅雨はこんな感じかとクレア先生に聞くと、そう返ってきた。
クラスの雰囲気もどんよりと暗くなっている。
不味いな……てるてる坊主も役に立たなかったし。
そろそろ鬱憤が爆発しても可笑しくはない。
そう思って打開策に頭を悩ませていると、
「先生!」
教室の扉を勢いよく開けて、廊下から入ってきたのはシャーロットであった。
「シャーロット……どうしたんだ? あれからずーっと学校を休んでいたじゃないか」
「すまない。やることがあってな。だが……それを挽回出来るくらいのモノを持ってきたぞ!」
意気込んでいるシャーロットの後に入ってきたのは……燕尾服を着た白髭のオジサン達であった。
オジサン達は両手一杯に傘を持ち、それを丁寧に床に広げて教室を後にしていった。
あいつ等は誰なんだ?
「シャーロット……これ……」
——見た目は俺が貸してやったジャンプ傘である。
だが赤色、青色、黄色……多種多様の色をした傘が三十本程並べられている。
「ふむ! 傘の大量生産に成功したのだ」
「大量生産?」
「吾輩の家は研究所なのだ。あれからジャンプ傘を持ち帰って、大量生産をしてもらえるよう父親に掛け合ってみた」
それから話を聞いていくと、どうやらシャーロットの実家は大陸でも有数の研究所らしい。
そこの所長の一人娘……それがシャーロットらしい。
「それなのにどうしてお前、奴隷学校なんかに入れられているんだよ」
「先生は奴隷というものに悪いイメージを抱きすぎた。魔王がいなくなり平和となった世界では、花嫁修業として奴隷学校に入れる親もいるんだぞ?」
私立のお嬢様学校のようなモノなのだろうか?
まあ元々女騎士だったジェシカや、言葉遣いが丁寧なアリアと言い、元々抱いていた奴隷のイメージとは少し違うな? と前から思っていたけどよ。
「そこで! 大量生産に成功した暁にこの傘達を三組のみんなにプレゼントしようと思うのだ。みんな! 好きな色を選んで持ち帰って欲しい」
そんなこと言う前に、三組の生徒は興味津々に傘を眺めている。
誰がピンク色の傘を持つか?
そんなことで争奪戦が起こっている程であった。
今まで暗いムードだった教室が一気に活気立つ。
「これだけの傘……全員分あるみたいだな……そうだ!」
閃いた!
この傘を使って、みんなのストレスを晴らしてやろう!
「よっしゃ! みんな——早速、その傘を持ってグラウンドに出ろ!」




