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「………」
無言で足音一つとたてずに歩く、メイド服姿の女性のあとを、ついていくという一見シュールな光景にも関わらず、行き交う人々は特に奇異な視線は向けて来なかった。逆に、気味が悪かった。
「……あの、そういやまだどこに住むとか、仕事について聞いてなかったんすけど……」
頭に上った血が徐々に引いていき、俺はあまりにも自分の行動の性急さに不安となる。
――ま、まずい……もっとちゃんと話を聞いてから、冷静に対処すべきだった……! 俺は自分の即断即決の良さが恨めしくなってきた。
「……やっと落ち着きましたか。正直ほっとしました」
黒須さんが大きくため息をついたのがわかった。完全に、呆れている。まさかあの言葉だけで俺が了承するなんて夢にも思っていなかっただろう。
「安心してください。先ほど『契約書』に名前をもらいましたが、そこまで強制力のあるものではございません。個人的に忠告しますが、もう少し物事には冷静に対処した方がいいですよ」
ほっと俺はため息をついた。あーよかった……!
「は、はは! 元来さっぱりした性格なもんで! えーと……やっぱあれっすか? 俺も黒須さんみたいに、その世話になる家で執事的なことをするみたいな――」
笑いながら、俺は軽い気持ちでそう尋ねてみた。黒須さんは急に立ち止まり、俺に振り返った。
「……安心してください。あなたの仕事はそうではありませんから。――それと、何の修練も積んでいない覚悟の無い人間に、メイドや執事の仕事は務まるはずがございません。なので以後、言葉には御注意を……」
「……わ、わはりまひた!」
ニッコリと笑みを浮かべながらも、黒須さんの言葉は俺に今まで感じたことのないような恐怖を覚えさせた。俺は噛み噛みになりながらも、返事する。
「ですので安心してください。――ただし、私の仕事よりも大変かもしれませんが……」
「――えっと、つまりそれは……」
「『案ずるより産むが易し』です。とにかくこれから起こる『現象』を見てから再び返事を下さい」
何やら気になる言い回しだったが、黒須さんはそれだけ言って再び歩き出す。
「……はあ、仕方ねえ」
こうなったらもう破れかぶれだ! 俺は腹を据え、力強く歩いてついていく。とにかく、俺には寝食できる場所が必要なんだ! 大丈夫大丈夫大丈夫………。
「つきましたよ。ここです」
「……大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……あれ?」
何百回と「大丈夫」と呟きながら歩いている内に、俺の前にデカい門が現れていた。
「ここが貴方に住んでもらう、『紫島』の屋敷です」
「……はわわぁ~」
思わず気持ち悪い声を漏らしてしまった。だがこればかりは仕方ない。
傘音町に来る前からネットのバーチャル地球儀ソフトで、傘音町に着いてからもぶらぶらと町を探索していたときに通りすぎたことで、その存在は知っていた。
全長何十メートルはあるんじゃないかというくらいの敷地の大きさ。辺りの家屋から完全に浮いた、西洋風の造り。映画やドラマの世界のものだけかと思っていた「お屋敷」と呼べるものが建っていた。
「……あの、本当にこんな良い場所に住んで、いいんですか……?」
メイドとして働く人がいるくらいだから、それなりに大きな家だと思っていたが、「大きさ」の度合いが違いすぎる。俺は逆に不安になってきた。
「ええ。それは私が保証します。それでは今からお嬢様たちに、『話』をつけてきますので、しばしここでお待ちを」
「……はい?」
黒須さんはそう言って、門を開き、屋敷の方へと向かっていった。表札には「紫島」とあった。
「今から話をつけるって……あれ、それって……あれ?」
黒須さんの姿が見えなくなったところで、俺は頭を働かせて、黒須さんの言葉の意味を考える。だが、やはり困惑した。
「――つまりまだ話がついていないってことじゃ……」
ガッシャーンッ。
門向こうの屋敷の窓が、激しく割れる音がした。心臓が飛び出すかと思った。
「――な、なんだ……?」
門に身を寄せ、俺は目を凝らし音のした方を見る。はっきりとは見えないが、割れた窓の向こうに、いくつかの人影があった。その一つは黒須さんだった。
再び喧騒が巻き起こる。いよいよただ事ではないと思い始めた俺は、門を開き敷地内に入ることにした。




