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「ほんと、どうすっかなー……」
しばらく顔を上に向けていたら、首が痛くなった。俺は首を元に戻した。いつの間にか、日は暮れて親子たちの姿も消えていた。
「……ホームレス高校生……ってダメか」
一瞬頭にそんな言葉が浮かぶも、未成年の俺がそんなことをすれば速攻で問題になるだろう。そもそもそんな根性は俺には無い。
「一度実家に戻るか……でもなあ……」
三日後には入学式が控えている。今のこの状況ですら面倒なのに、このまま実家に戻れば最悪別の高校に通うことになりそうだ。――というより、両親いないからそれも無理か……。
「…………」
あまり使いたくなかったが、こうなってはもう仕方ない。俺は早くも最終手段を使うことを決意した。
「もし」
最寄りのコンビニに公衆電話があることを思い出し、立ち上がり向かおうとしたときだった。俺の目の前に誰かが立っていた。
「ん、何です――か!?」
誰だろうと顔を見上げ、俺は思わず絶句した。俺は再びベンチに腰を落とした。
「……どうかしましたか?」
その女性は俺の反応に不思議そうな声を出す。いやいや、それはこっちのセリフだって……!
丈の長い黒のワンピース、その上から着られた白いエプロン。そして頭に付けられたカチューシャ……。漫画やアニメなどで見られる――早い話がメイド服を着た「メイド」さんが立っていた。
え? 何かのコスプレ? いやそれにしては生地が本格的だ。中学の時にいわゆる「リアルメイド」さんと接する機会があったが、あれと同じくらい高級かつ、機能美にあふれている感がある。俺の目の前にいる女性は、完全にメイド服を着こなしていた。
「…………」
あまりに突然すぎる事態に、俺は無言となった。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、女性はマイペースにも自己紹介を始めた。
「はじめまして八城一葉さん。私の名前は『黒須』と申します」
スカートをほんの少したくし上げ、礼儀正しく、黒須という女性はあいさつした。
「……あ、どうもご丁寧に! 俺の名前は――」
こういう一つ一つの所作から、俺はやはりこの人も本職のメイドだとわかった。名前を名乗られた限りには同じように名乗らなければならない。判然としない気持ちはありながらも、俺は元気よく名乗ろうとした。
だが、ここで俺は一つの疑問を覚えた。
「あの、黒須さん……」
「私が『どうして貴方の名前を知っていたか』という問いでしたら、『調べた』からです。それで一葉さん、私が貴方へ――」
「いえべつにそれはそうだろうと思っていたからいいんですけど……あの、黒須さんの下の名前って何ですか?」
「………え?」
俺の問いがあまりにも意外だったのか、黒須さんは表情を崩さないも、目を若干見開いた。
「…………」
しばらく無言となる黒須さん。見た限りでは、言葉を選んでいるような感じだった。
……あれ、俺もしかして変なこと訊いたか? 普通、自己紹介って名前も言うものだと思っていたんだが……。
「――あ、やっぱいいです。それで黒須さん、俺に何か用事ですか!?」
慌てて俺は話題を打ち消し、本題へ入る。黒須さんはごほんとわざとらしく咳をたて、俺を見据える。どことなく「助かった」という感じがあった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。私は『メイド』なんですから」
わけはわからないが、妙に説得力のある言葉……久しぶりに聞いたな。メイド業界じゃ流行ってんのか? まあ、おかげで少し緊張がほぐれたが。
「単刀直入に申し上げます。八城一葉さん、住むところにお困りのようでしたら、紫島家で住み込みで働きませ――」
「はい! お願いします!」
「住む」、「住み込み」というワードに反応した俺は、無意識の内に即答していた。今の俺の頭には「住むところをどうにかしねければ」というものしかなかったからだ。
「――それではこちらの方にサインを」
黒須さんは俺の返事にぴくっと体を反応させるも、すぐにどこから取り出したのか、一枚の紙を見せた。
「はい! 名前を書けばいいんですね!」
渡された紙には何やらよくわからないことが書かれていたが、俺は嬉しさに酔いしれたまま、すらすらと調子よく名前を書いた。
「……それではさっそく案内しますね。来てください」
「――え、もうですか?」
喜んだのもつかの間、黒須さんは俺にそう指示した。というか、俺も俺だけどこの人まったく動じてないな。
「『時は金なり』です。それに、貴方には一秒でも早く『慣れ』てもらいたいですから」
黒須さんはスカートをひらりとさせ、振り向くと、そのまま公園出口まで歩いて行く。慌てて俺も立ち上がり、黒須さんのあとをついていき、公園を出た。




