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紫島姉妹に効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第五章 紫島蓮香
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 ここでこの章は終わりとなります。

「それじゃ菖蒲さん、よろしくお願いします」


「おう、任せとけ。よしワンコロども、行くぞ」


 菖蒲さんは倒れた子犬と白い犬・その他の子犬をそれぞれ右手と左手で触れる。また暴れるんじゃないかと思った白い犬だったが、存外おとなしく、ずっと「伏せ」の姿勢を取っていた。


「じゃな、またウチで会おうぜ」


 そうして、俺と蓮香の目の前から菖蒲さんは消えた。今度こそ、辺りは俺たち二人だけとなった。


「……歩ける?」


 しばらくして蓮香は俺に声をかけてきた。


「おう、もう大丈夫だぜ!」


 あまり心配させるものではないと思った俺はそう力強く答えた。


「そう、それじゃ」


「いや待て待て!」


 だがそれは失敗だった。俺を蓮香は俺を放って、一人で山を下りていこうとした。


「あ、やっぱり歩けないなあ! チラ……肩貸して欲しいなあ……! チラ……」


 くそっ、冷たくないか? 俺は必死に蓮香を引き止める。


「……はあ、最初からそう言いなさいよ」


 花梨は歩みを止め、俺の方まで戻ってくる。


「ほら、肩貸しなさい」


 俺の右腕を上げて蓮香は自分の肩に回す。正直、撃たれた箇所はまだ痛んだので、助かった。


「大丈夫か?」


 身長差的なこともあり、このままでは蓮香に負荷がかかると思い、俺は蓮香に声をかける。


「平……気」


 それでも蓮香は弱音を口にしなかった。俺たちは今度こそ一緒に山を下り始めた。



「――消えろ」


 十分くらいまえのことだ。「見届ける」と俺が立ち上がったすぐ後のことだった。蓮香と目が合ったピアスはその手に持つエアガンの銃口を、蓮香に向けた。


「危ねえ!」


 撃たれた痛みを知っている分、俺は過剰に反応した。俺は蓮香の正面に立とうとする。が、遅かった。ピアスはためらいなく引き金をひいた。


「……っ!」


 逸らしてはいけないはずなのに、やはり俺は目をぎゅっとつぶってしまった。


「…………ん?」


 十数秒後、俺は恐る恐る、目を開け、蓮香に振り向いた。


「……ふう……はあ……!」


 蓮香は息を荒くし、その額からは汗を流していた。だが、「当たった」ということはなさそうだった。俺はピアスの方に振り返る。


「……ちっ」


 ピアスは大きく舌打ちする。その手に持っていたエアガンは、銃身がぐにゃっと曲がり、その銃口はピアスの方に向いていた。早い話が、エアガンは使い物にならなくなっていた。


「すっげ……」


 思わず俺は声を漏らす。黒須さんに聞いた時は眉唾ものだったが……どうやら蓮香は本当に、「自分の思い通りに周囲の物体・人の動きを操作する『能力』」を持っていた。


「……どう? まだやるつもり?」


 蓮香は強がるような口調で、右手のひらを前に突き出す。ピアスはここに来て初めて表情に変化を見せた。


「……」


 ピアスはぺっと地面に唾吐き、「エアガンだったもの」を放り投げる。そしてピアスは背中を見せる。


「待ちなさい」


 だが、それを蓮香が止める。ピアスは振り返る。


「ちゃんと、そこの友達も連れて行きなさい」


 そう言うと同時に、茶髪の体が再び浮かぶ。その浮かんだ状態から茶髪はピアスの近くにゆっくりと移動し、そのまま無理やり地面に立たされた。


「おい行くぞ」


「え……あ……う……わああああ!」


 ピアスは茶髪の肩をどんと叩き、茶髪はこちらの方を見る。それがスタートといわんばかりに、茶髪は悲鳴を上げて俺たちのいる方向とは逆の方向から、全速力で山を下りはじめた。ピアスもそれに続いて歩き出そうとする。


「――まだよ」


 しかし蓮香はまだそれを許さなかった。ピアスは立ち止まりこそしたものの、振り返ることはなかった。


「もう……こんなこと、しないわよね……!」


 若干脅すかのような声色を出し、蓮香はピアスの背中を睨みつけた。


「……もしするって言ったら?」


「――さっきのエアガンみたいになるわよ」


 蓮香ははっきりと言った。俺は地面に転がったエアガンに目を向ける。脅し言葉で実際にやるはずないと思っても、ぞっとした。


「分かった、もうしない」


 ピアスはあっさりと言い切った。それは怯えからくる虚言には思えなかった。


「マサに誘われて暇つぶしで始めようとしたけど……さっきの一発だけで分かった。こんなこと、つまらない」


「つまらないっておま……!」

 

 あまりに自分勝手な物言いに、今度は俺が止めようとする。


「それじゃ」


 だがピアスは言うことだけ言って、今度こそ闇夜に消えた。最後に浮かべた笑みは、歳相応のものだった。

  


「……菖蒲さん、もう着いたかな」


 山を下りきるまであと半分といったところで、俺は独り言のようにつぶやいた。


「とっくに着いているわよ、ただ問題はその後よ」


 返事は期待していなかったので、返す言葉がワンテンポ遅れた。俺は「そうだな」とあいづちした。


 ピアスが消え去ったのを狙ったかのように、菖蒲さんが歩いてやって来た。


「姉さん、悪いけどこの犬たちをよろしく」


 なぜここに? という俺が疑問を投げかけるよりも前に、蓮香は菖蒲さんに指示を送った。


「おー、任せとけ!」


 菖蒲さんは右親指をぐっと立て、犬たちに近づいた。まだ状況が掴めなかった俺だったが、とりあえず流れに乗って菖蒲さんを見送った。


 蓮香の話いわく、怪我した犬は俺の時と同じように紫島家で手当するらしい。ちなみに黒須さんではなく、その道の専門家を呼ぶとの事だった。



「……あのさ、そろそろ聞かせてくれないか?」

 と、今までの経緯について振り返っていた俺だったが、そろそろ蓮香に、俺の「知らない部分」についてを聞くことにした。蓮香は歩くペースを落とし、ゆっくりとした口調で語り出した。


「……花梨が私のことどう呼ぶか知っている?」


 だが蓮香は見当違いなことを述べてきた。おいおい質問を質問で返すな……と茶化してやろうとしたが、どうにもふざけているという感じじゃなく、俺はちゃんと答えることにした。


「……姉上とか姉君てきな呼び方だろ」


「その通りよ、といっても昔は普通に呼んでくれたんだけどね」


 表情こそ変わらないが、蓮香の声は明らかに変わった。そういえば先日、普通に呼ぼうとしていたな……。


「それがいったい……って待て! そういえば花梨はどうした!?」


 あまりに衝撃的な出来事が続いたせいで、俺は花梨のことをすっかりと忘れていた。もう花梨を置いた場所は通り過ぎたはずだが、花梨の姿は見当たらなかった。


「安心して、花梨なら無事に山を下りたわ。多分、もう屋敷に着いているはずよ」


「そ、そっか……ふう良かった……!」


 あのガキどものやることを花梨には見せたくないという理由から、花梨を置いてきたが、今思うとこんな山道にひとりきりでいさせる方が危険だった。うん、帰ったらちゃんと謝ろう。


「それで、そんな呼び方を続けてきた花梨が、ほんの三十分前、私に電話してきたの。そこで花梨はね、何て言ったと思う?」


「えーっと、なんだろう?」


 俺がいなくなった後、花梨はそんなことをしていたのか。それにしても、蓮香は姉妹からの電話であればすぐに出るというところに、好感を持った。


「花梨ね……『お姉ちゃん助けて!』って叫んだの」


「え……」


「最初は……聞き間違えかと思ったわ。『お姉ちゃん』って言われたことにじゃなくて、花梨の声が本当に必死だったから。

 花梨は何が起こったかについては伝えてこなかったの。だから私はそれほど花梨は切羽詰まった状況にいるって理解したわ。

 電話が終わった後、私はそこに行くべきかどうか、かなり迷ったわ。――でもけっきょく答えは見つからなかった……気づいていたら私は部屋を飛び出していたわ」


 蓮香は俺にというより自分自身に語りかけるようにして、ここに来るまでの経緯を説明していく。俺の必死の説得でも部屋から出てこなかった蓮香が出てきたくらいだ、蓮香は本気で花梨のことが心配だったのだ。


「部屋を出た私はリビングに向かったの。そこで私は……姉さんと菫からすべてを聞いたわ。あなたの馬鹿みたいな作戦の全貌をね……。

 私は菫からあなたたちが向かった場所についてを聞いて、すぐにその場へ駆けつけるつもりだった。でも、それを姉さんが止めたわ。『何だかよく分からねえけど、アタシが連れて行ってやるよ』って」


「……ん? あれでも待てよ? 菖蒲さんはこの山には来た事ないはずじゃ……」


「だから山近くにあるコンビニ前までよ。人に見られなかったことが幸いだったわ。そこから私は山を駆け上ったの。その途中に、私は『なぜか一人きり』の花梨に出会ったの」


「……」


 俺は反射的に蓮香から顔をそむける。ちゃんとした理由はあるんだが、やはり可愛い妹を山中一人きりにさせたことに、蓮香は怒りを見せていた。


「あとから登ってきた姉さんに花梨のことは任せて、私はそのまま登ることにしたわ。この時からすでに嫌な予感はしていたわ。そして、それは当たったわ……」


「……」


「あなたが銃のようなもので撃たれた時は、本当に声にならなかったわ……。どうすることが正解なのか、まったく分からなかった。――でも、あなたの額に銃口が向けられた時……私はいつの間にか……『能力』を使っていた――」


 そこまで言って蓮香は一度口を閉ざした。長い話だった、でもこれで俺の知りたかったことはすべてわかった。


「えーっとつまり……『やってみたら意外といけた!』ってことだな」


 俺は蓮香の話を一言でまとめた。蓮香はため息をついた。


「その言い方は気に入らないけど、その通りよ。十年近く意識して使うことはなかったのに、あんなに使いこなせるとは思っていなかったわ」


 たしかに、蓮香は「醜悪で下劣で死にたくなるほど、おぞましい『能力』」と言っていた自分の「能力」を用い、誰ひとり傷つけることなく(心的外傷はべつとして)、あの場を収めきった。つまりこれが意味することはひとつしか無い。


「お前はもうトラウマをぶち壊せたってことだよな!?」


 俺は興奮して叫んだ。そう、目的こそずれたが蓮香はもう「能力」を使うことができる! イコール、過去の出来事と向き合えるようになったということでもある!


「ううん、それは違う」


「え?」


 予想外の言葉だった。俺は頭の中が真っ白になった。


「たしかに……今まで私が『能力』を使ってこなかったのは、過去の出来事が原因よ。それは否定しない。……でも、『能力』を使うことができれば……それですべてが終わりというわけじゃないの」


 蓮香は急に立ち止まり、俺の右手を放した。蓮香はそのまま数歩前に進み、俺と向かい合う。


「私はやっぱり、犬のことが苦手だし、親友を『傷つけ』たという記憶は一生忘れられそうにないから」


「……そっか」


 俺は「能力」を使うことができれば、蓮香の悩みをすべて打ち砕けると思っていた。だがそれは大きな間違いだった。「能力」とは関係なしに、蓮香にはまだ「抱えるもの」があった。「能力」を使わないという制約は、その副次的なものにすぎなかった。

「……ねえ、あの時言ったこと、覚えている?」


 蓮香は曇りのない澄んだ瞳で俺の目をじっと見てくる。あの時がどの時か分からなかったが、俺は反射的にうなずいた。


「――さっきは『あなたを助けたい』っていう強い気持ちから『能力』を使うことができたけど、まだ完全とはいえないと思うの。またいつ暴走するのかわからない。だから、その……」


「お前が『能力』をちゃんと使いこなせて、トラウマをぶっ壊すことができるまで、お前のことを助けるよ」


 蓮香が言い終わるよりも前に、俺は右手を蓮香に差し出しそう力強く口にした。


 俺なんかに何ができるか分からない。でも、「能力」が暴走でもした時にはきっと俺の体質が役に立つはずだ。


 俺の右手が何を意味するのかを、蓮香はすぐに分かったようだ。


「ありがとう――!」


 蓮香は差し出した俺の右手をがっちりと掴み、ニコッと微笑んだ。


「――っ! お、おう……!」


「好きなもの」と花梨に聞かれたとき、「菫ちゃんの笑顔」と答えた俺だったが、この瞬間から、どうにもそれは即答できるものではなくなった。


「それじゃ、帰りますか、みんなのいる紫島家に!」


 かくして、この日をもってやっと……俺は紫島家に「住む」ことになった。そう感じた。


 かなり長くなりましたが、やっとこの章を終えることができました。


 途中からコメディでもなんでもなくなり、自分でも「あれ?」と思うこともありましたが、なんとか紫島姉妹全員についてのエピソードを書きることができました。


 この章が終わった後について色々と考えていましたが、いったんここで「紫島姉妹に効果あり」についての更新は終わりたいと思います。


 といっても、完結扱いにはせず、まだ書ききれていない部分はかなり多くありますので、それがちゃんと文章化出来た際、また更新をしていくつもりです。


 ちなみに、同世界観で主人公を変えた話についても考えています。そちらはまだ書くかわかりませんが、今作以上に面白く出来たらと思っています。


 短い間でしたが、読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。

 

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