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紫島姉妹に効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第五章 紫島蓮香
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13

「……嘘、だろ……!」

 

 俺は早足でそれでいて足音立てないようにさっきの道を戻る。さっき見た「光景」は、夢か幻であってほしかった。

 ――あんなのが、現実においてあるはずがない。


「……ギャハハ」


 だが、それは淡い希望だった。若い男の笑い声が聞こえてきた。俺は木の陰から、その声のした方を凝視する。


「……」


 菫ちゃんに教えてもらった場所と同じか分からないが、そこには二人の若い男がいた。その男たちが持つライトに照らされた場所には、犬が数匹いた。


 どれも子犬ばかりのようで、大きい犬は一匹しかいなかった。それがあの時の白い犬だった。


「グル……ル……!」


 白い犬は子犬たちの前に出て、前方にいる男たちに鋭い眼光を浴びせる。だが男たちはそんなもの屁とも思っていないようだった。


「どうする、みい君、こいつからヤッちゃう?」


「……そうだな」


 男たちは何かを相談したと思ったら、すぐに白い犬に焦点を合わせる。男たち全員の手には、この地球上において、おそらく最も「殺す」ことに特化した物と同じようなものが握られていた。


「――おいっ!」 


 気づいたら俺は大声を出し、飛び出し、懐中電灯を男たちに向けた。


「……ん?」


 一番初めに振り向いたのは、茶髪の男だった。その隣にはピアスをした男がいた。どれも俺と同じくらいか下くらいの年齢っぽい男たちだった。


「え、誰?」


 茶髪の男が不思議そうに俺を見てくる。呑気な問いを投げかける茶髪に比べ、その隣にいたピアスは警戒するかのような視線を送ってくる。二人の持っていた「物」が、俺の方へ向く。


「……ふう……はあ……お前ら、何していた?」


 恐いが、恐れていはいけない、俺は呼吸を整えながら、落ち着いた声を出し、二人に問いかける。


「何って……俺たち何もしてねえよな?」


「ああ、といっても『まだ』だけどな」


 二人は顔を見合わせる。茶髪はニヤニヤしながら俺を見る。完全に、おちょくっている。


「ふう……ってことは今からその物騒な物で何かするってことだよな」


 冷静さを欠いては相手の思うつぼだ。俺は胸のざわめきを抑えながら、ちょうど正面に立つ、茶髪の手元のそれを指さす。


「物騒って……おいおいあんた、これ本物だと思ってんの? バカじゃね!? ギャハハ! エアガンだっつ―の!」


 そう言って茶髪の男は自分の足元付近に「銃口」を下ろし、引き金をひいた。


 乾いた発砲音、そのすぐ後に地面が抉れるのが見える。


「といっても、当たるとけっこう痛いけど!」


 茶髪はふざけたように、エアガンの銃口をこちらに向けてくる。


「で、そのおもちゃの銃を使って、そこにいる犬たちをどうするつもりなんだ?」


 本物ではないとわかりホッとした俺は、もう恐れることはなく、普通に尋ねた。


「……んなもん、『害獣駆除』に決まってんだろ」


 それが気に入らなかったのか、茶髪はくいっと首を犬たちの方に向け、つまらなそうに答えた。白い犬の方には、逃げ出すのを阻止するかの如く、ピアスがずっと銃口を向けている。


「害獣駆除?」


「アンタ知らねえの、ここ最近この町に出る野良犬のこと」


 聞き返すと、今度はピアスが答えた。茶髪に比べピアスの方はどことなく冷静そうだ。


「いやそれは知っているけど……」


 むしろ当事者だ、と言おうする前に茶髪が快活な笑みを浮かべる。


「そうそう! 俺たちはこの害獣どもを退治するためにやって来たんだよ! みい君、ホントこういうの見つけるの上手いよね!」


 茶髪は俺の方から再び犬へと銃口を向ける。白い犬の警戒心がいっそう高まった。


「待て待て、落ち着け」


 俺は両手を前に出し、テンションの上がった茶髪を落ち着かせようと数歩近づく。


「色々とツッコミたいことはあるが、べつにそのさ、お前らがそんなことする必要は無いと思うぞ」


 白い犬を捕まえに来た俺が言うのもなんだが、こういったことは「専門家」に任せるべきだ。


「ほら、今なら通報しないでやるから――」


「べつに誰がやったって一緒だろ」


 ピアスの方が淡々とそう言う。パンッと音がした。


「キャンッ!」


 甲高い犬の鳴き声が周囲に響く。俺は懐中電灯をその声のした方へ向ける。そこには、子犬が倒れていた。


「――てめえっ!」


 すぐに原因を察した俺は、ピアスの右手にライトを向ける。予想通り、ピアスの持ってるモデルガンの銃口は、倒れた犬の方へ向けられていた。


「てめえ、自分が何したか分かってんのか!」


 腸が煮えくり返る、一気に頭に血が上る。今すぐにでもこの野郎をぶん殴ってやりたかった。


「おいさっきからうっせーぞ! 少しおとなしくしとけよ」


 しかしそれは茶髪によって阻まれた。茶髪は先ほどと雰囲気を変え、銃口を向ける。その眼には何の躊躇もなく、俺が少しでも変な動きをすればすぐさま引き金がひかれそうだった。


「どうせこいつらはすぐ死ぬんだぜ? だったら今殺しても問題ねえだろ?」


 ピアスは何の感情もこもっていない声でそう言い切る。茶髪もそうだそうだと同調する。


「ほうほう、死ぬなら同じか……んなわけねえだろボケェ!」


 腹の底から怒りをすべて発するかのような声を出す。それに茶髪はビクッと体を震わせる。


「そりゃ……こいつらはこのままいけば死んじまうかもしれねえよ、そこは否定しねえ。……けどだからって……お前らに殺されていい理由はねえよ!」


 俺はさらに二人に向かって数歩近づく。だが茶髪は引き金をひくことなかった。俺は白い犬の方視線を向ける。


 白い犬は一心不乱に、撃たれた子犬の腹部をペロペロと舐めている。それでもピアスへの警戒心は緩めない。よく見ると、犬の近くにはあの時俺が買ったポテトチップスの袋と同じものがあった。


「そいつらは……ただ必死なんだよ! ただそれだけなんだよ!」


 そう、白い犬はただ「死ぬ」ことに抗っていただけだった。そのために食べ物を探し、それが結果的に人を傷つけることになった。それだけだ。


 そう思ったからこそ、俺は白い犬を救いたいと考え、あの作戦を決行しようとした。


「お前らのやっていることはその犬たちの命を奪うだけじゃなくて……その犬たちが『生きる』ために今までしてきた行為すら奪っちまうことなんだぞ!」


「ゴチャゴチャとわけわかんねえことを――言ってんじゃねえよ!」


 茶髪が俺に負けないくらいに声を張り上げる。先ほどピアスが放ったよりも鈍い音が響く。


「………っ!」

 俺の頬約数センチ近くを、一瞬にして何かが通り過ぎる。背後にあった木にそれが当たる音がする。ツーっと頬に血が流れだした。


「へっ、どうだ! このエアガンはなあ、市販のなんかとは比べ物にならねえほどに改造して威力を上げてんだぜ! 次余計なこと言ったらほんとに当てちまうぞ!」


「『わざと外しました』みたいに言ってんじゃねえよ糞ガキ! おもちゃが当たったところで痛くもねえ――がっ!」


 言い終える前に、左腕に激痛が走った。先ほどとは比べ物にならないほどのものだった。続けて、今度は右腕、左足、右足に同様の痛みが生じた。


「~~~~っ!」


 声に出すこともできない激痛に、俺はその場に膝をつく。見上げると、ピアスのエアガンがあった。


「そんなにこの犬助けたいっていうならさ、あんたが代わりに的になってくれない?」


「なん……だと……!」


「安心しろよ、犬ならともかく人間なら『死ぬ』ことはないから」


 ピアスのエアガンが俺の額のほんの数十センチ先に置かれる。俺は怯むことなく、睨み返す。


「……」


「あれ、さっきの威勢はどこいったの? もしかして口先だけでいざ自分が痛い思いするとなると逃げちゃうタイプ?」


 圧倒的優位性を得た余裕からか、横にいた茶髪の態度は大きくなった。


「――痛い思いなら、もうした」


 俺はちらりと右手に視線を落とす。結果的にこうなってしまったが、もう俺には白い犬に対しての恨みはない。

 

「――つっても、てめえらのクソみてえな『欲望』を満たすために痛い思いをすんのは、死んでもゴメンだけどな」


 だからこそ、俺はこんな奴のために自身を犠牲にすることは、何があっても許せなかった。こんな状況にいるにも関わらず、俺は挑発するような笑みを浮かべた。


「そんなにストレス発散したけりゃ、ママのおっぱいでも吸っとけ、クソ野郎」


 その軽口が、俺がこいつらに向ける最後の言葉になった。


「――んだとこらあぁあ!」


 

 逆上した茶髪のエアガンが俺の心臓付近に向けられる。

 その勢いのまま、茶髪が引き金をひこうとする。

 だがそのエアガンは茶髪の手を離れた。

 エアガンは不自然な勢いで、空高く吹っ飛んだ。

「なっ!」

 茶髪の顔が上に向く。

 だが今度は茶髪も宙にふわっと浮かんだ。

「う……わああ……!」

 突然の意味不明すぎる事態に、茶髪は悲鳴を上げる。

 茶髪はそのままさらに高くまで浮かんでいく。

 数十メートル浮かんだところで、茶髪の体が止まった。

 そして、茶髪の体は重力に従い落下する。

「ああああああああああっ!」

 茶髪は体勢を完全に崩していた。茶髪は頭から急速に落下していた。

 だが、茶髪の体は地面すれすれでピタッと止まった。

「がっ!」

 そして今度こそ落ちた。



 ――それらの一連の流れを、俺なぜかスローモーションのように捉えていた。


「……………」


 激しく体を震わせ、茶髪は一向に立ち上がりそうにない。外傷はなくとも、その心に負った傷は半端ないものだろう。


「……どういうことだ」


 ピアスはそんな茶髪のことなど微塵も心配せず、ただ目の前で起きた「現象」の理由を知ろうとしていた。 


 けれど俺にはその不可思議な現象の原因がすぐに分かった。


 足音が一定の歩幅で刻まれ、どんどん近づいてくる。


 振り向かなくても、俺はその足音の主が分かった。足音が俺の背後の一メートルも満たない場所で止まった。


「……なんだ、ちゃんと使えるじゃねえか」


 だから、俺はいつものような軽い口調でそうつぶやいた。


「……うるさい」


 そしてそいつも、いつもと同じような口調で、いつもと同じような言葉を俺に浴びせた。それが俺にはとても心地良かった。


 いつから、どうして、こいつがここにいるのかは分からない。でもそんなことはもうどうでも良かった。


「それじゃ……あとは任せたぜ……」


 緊張の糸がぷつっと解ける。背後にいる者への安心感から、俺はまだピアスの男がいるにも関わらず、バタッっと意識を閉ざ――


「ちゃんと、最後まで見ときなさいよ」


 ――すことは、できなかった。


「……わかったよ」


 俺はふらつきながらも立ち上がり、紫島蓮香の「能力」を――いや「覚悟」なるものを、最後まで見届けることにした。

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