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「一……葉よ、貴様の好きな物は……何だ?」
菫ちゃんと菖蒲さんに見送られ、俺と花梨が家を出てからしばらくして、目的地まであと少しといったところで、花梨は沈黙に耐え切れなくなったのか、そんなことを尋ねてきた。
「菫ちゃんの笑顔」
間を置かず、俺は頭に思ったことをそのまま口にした。俺の即答に花梨は十数秒、無言となった。
「なっ! き、貴様! やはりそっちの趣味が……!」
「は? ……いやちげーって! 俺は純粋な意味でだな……!」
反射的に答えたが、そう思われても仕方ないかもしれない。(だが本心だ)
「我が聞いたのはそういうことではなく、どんな食べ物が好きかということだ!」
「あー、そういうことね! オッケーわかった! えーっと、俺は基本何でも食うけど好物はアレだ、カレーだ」
「そ、そうか……」
「なんだ? 作ってくれんのか?」
「――馬鹿を言うな! なぜ下僕のために主の我がそのようなことを……」
俺の軽口に花梨は過剰な反応を見せる。気分を和らげるためにこういったバカ話をすることはいいことだが、ここで体力を無駄に使ってしまうのは「まだ」早い。俺はもっと、花梨の気持ちを落ち着かせるような「普通」のことを話すことにした。
「花梨」
「ん、なんだ?」
「お前ってさ――好きな奴いんの?」
「ぶっ!」
――あ、やべっ……と思うももう遅い。花梨は俺の問いに思い切り吹き出した。
「あ、あんた……貴様はいったい急に何を言い出しているんだ!?」
ゴホゴホと、傍目から見てもかなりきつそうにしながら花梨は俺を睨みつける。
「いや深い意味はないんだ。つい」
好きな物と尋ねられたからといって、そのまま同じ問いを返しても面白くない。単にそう考えた上での何気ない問いのつもりだったが……花梨には重大なことだったらしい。
「す、好きな者など……いるわけがなかろう! 我は宿命を背負う者、普通の人間などとは釣り合わぬわ!」
花梨は誤魔化すように腰に手を当て快活に笑う。もう人通りが少ない場所になってきたものの、、もう少し声のボリュームを落とした方がいいだろう。
「ちなみにどんなタイプが好きなんだ?」
「年上で抱擁力がある優しい――って何を言わせる!?」
誘導尋問したつもりじゃなかったのに、勝手に口に出し、理不尽に俺に怒りを浴びせる。
「へえ、そうなんだ」
俺はふんふんと興味深そうに首を縦に振る。この時の俺は、完全に目的を忘れ、花梨との会話を楽しんでいた。
「う、うるさい!」
花梨は顔を真っ赤にさせながら、早足となり俺の前に出る。目的地まで、もう数十メートルの場所だった。
「おい花梨!」
無駄話が過ぎた。俺は慌てて花梨のあとを追おうと足を早めた。
菫ちゃんの「能力」によって分かった白い犬の居場所は、特別驚くような場所ではなく、むしろ「ああやっぱり」という場所だった。
傘音町はおおまかに北区と南区の二つの地区に分けられる。南区は大型デパートや高校があり活気のある区で、北区はどちらかというと田園が多く人家の少ない場所である。
そしてその北区の一番向かい側に、となり町との境となるようになだらかな山がある。白い犬はその山にいるとのことだった。
山の入口付近に着いた俺は、辺りを見回してみる。だが人の気配は感じなかった。
「……どうやら、まだこの辺りは手を加えられていないらしいな」
ああいった捜索は、基本明るいうちにやるものだろうから、すでに日が暮れ始めていたことも幸いしたのだろう。
……といっても、明日になればこっちの方にも捜索が回るだろう。つまり、今日が最初で最後のチャンスだ。
「ふう……」
一度大きく深呼吸し、俺は気持ちを切り替える。早く花梨に追いつかなければならない、俺は花梨の足あとを追うようにして、急いで山を駆け上がることにした。
「はあ……はあ……はあ……!」
「お、おい……大丈夫か?」
山を登って一分も経たない内に、花梨の足あとは途絶えた。足あとの終わりには、ぜえぜえと息を切らした花梨が座り込んでいた。
「ほい、水」
俺はカバンの中からペットボトルに入った水を取り出し、花梨に渡す。花梨はそれを何も言わずに奪い取り、一心不乱に飲んでいく。
「あんまはしゃぐものじゃないぞ」
「誰のせいだと……思っている……! 貴様が余計なことを言うから……」
「わかったわかった、俺が悪かったよ。ほら、おんぶしてやるよ」
俺は花梨の正面で背中を見せるようにしゃがみ込む。
「む……わかった……」
俺の背中が急に重くなる。あれ、断られるものかと思っていたんだが……。
「お、おう! それじゃ行くか!」
まあいいや、俺は足に力を入れて立ち上がり、どんどん暗闇の山道を、再び登っていく。
「一葉……」
花梨が持った懐中電灯で照らされた道を登る中、背中にいる花梨は俺の名前を呼んだ。
「ん、なんだ?」
それとなく人が歩けるようになっているが、やはりひと一人を背負っては登るのに苦労する。俺は声だけは平静を保ち、花梨に応じる。
「その……作戦なんだが……本当にあれでいいのか?」
自信のない、遠慮するような声だった。
「いいもなにも……お前が来るって言ったんじゃねえか」
ぶっちゃけ俺は菫ちゃんに居場所を聞いたあとは、一人で行くつもりだった。というよりも、菖蒲さんに「能力」を使ってもらって、すぐさまその場に行くつもりだった。
だが菖蒲さんはその山に行ったことがないらしく、仮に行っていたとしても、「山」は範囲が広すぎるために、上手く「跳」べないらしい。
ということで俺は、万全の装備(リード、首輪、厚手の手袋etc)を整えてから、一人行くつもりだった。
いくら花梨の「能力」が強力といっても、女の子を危ない目に遭わせたくない。
だが花梨はそれを拒んだ。花梨は俺がダメだと強く説得しても「行く!」と頑なだった。
理由はよく知らないが、犬という動物は水があまり好きではないと聞いたことがある。つまり花梨の水の「能力」(厳密には違うが)を使えば、あの白い犬を捕まえることが容易になるかもしれない。そういう点から俺は仕方なく花梨を一緒に連れて行くことにした。
「いや……その……そうなんだが……」
「なんだ、今さらビビったのか?」
「なっ! ば、馬鹿を言うな! 我は万物を司る魔術師! 犬程度に驚くはずがなかろう!」
思い切り頭を叩きながら、花梨は声を張り上げる。
「ばか、あんま大きい声上げんなっ――」
犬が逃げ出してしまっては元も子もない、俺は花梨の声のボリュームを
落とそうとした、
まさにその時、だった。
俺は、
足を止めた。
「…………」
「どうした一葉? なにかあったのか?」
花梨はにゅっと顔を横に向け、前方を見ようとする。俺はぐるりと半回転し、それを阻止する。俺は来た道を、急いで戻る。
「一葉、どうしたのだ!」
本当なら山を下りたかったが、あまり時間は無さそうということもあり、俺は半分ほど戻ったところで立ち止まり、花梨を下ろした。
「――いいか花梨! ここから絶対に動くなよ! ……いや誰か来たらすぐ逃げろ! むしろここから一人で下りろ!」
頭に血が上り、何を言っているのか自分でもよく分からない。
「わ、わかった……!」
花梨は俺の気迫に気圧されたのか、こくりと頷く。
「すぐ戻る!」
俺はそう言い残し、再び山を――先ほど見た光景の場所へ急いで向かうことにした。




