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紫島姉妹に効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第五章 紫島蓮香
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11

「犬を捕まえるって……どういうことだよ?」


 詳しく説明しようとした矢先、菖蒲さんが当然のように疑問を投げかけてきた。


「言葉通りの意味ですよ。あの白い犬が保健所行きになる前に、捕まえて蓮香に会わせるんです!」


 俺は自信満々に説明する。が、三人はいっそうわけのわからないといった顔になった。


「あの……一葉さん……。それはいったい……どういう意味ですか?」


「一葉、オマエって……サドなのか?」


「最低だな」


 どうやらまた言葉足らずだっだようだ。菫ちゃんを除いた二人は、俺に辛辣な言葉を浴びせてくる。


「い、いや誤解しないで! 俺はべつにそういう意味でじゃなくて…………いや、そういう意味か」


 取り繕おうとした俺だったが、途中でやめる。たしかに、俺の考えたことは最低でサドな行為だ。否定はしない。だが、


「多少強引かもしれませんが……それくらいしないと、あいつの抱えるものを『ぶっ壊す』ことができないと思うんですよ。荒療治ってやつですかね」


 もちろん、「会わせる」といっても犬に首輪をかけリードをつなぎ、絶対に襲いかからない距離という最大限の配慮をした上でだ。


 余計なおせっかいだ。そんなことをして蓮香が「能力」を使いこなせるようになるとも思わない。でも、まずはそうした小さなことからやるべきだと思う。


「反対しても構いません。でも、俺は一人でもこの計画を実行するつもりです」


 立ち上がり、俺は右手をグーの形にして、思い切り胸を叩く。痛みが走るも気にしない。


「ということで、明日――今日の朝から始めます! それじゃみなさん、お休みなさい!」


 そう言って俺は部屋を出て行こうとした。


「待てよ」


 だがそれは、目の前に現われた菖蒲さんによって止められた。というか、ここは俺の部屋だった。


「なに一人でいきり立ってんだよ、大体この町の土地勘も無いくせに、どうやって探すつもりだよ」


「え?」


「まったくだ。それに生身で捕まえられると思っているのか。こういう時のためにこそ、我が力が役に立つというもの!」


「へ?」


「一葉……さん。わたしも……姉さんを助けたいと思う気持ちはいっしょです……!」


「菫ちゃん……!」


 俺はまた勝手に勘違いしていた。馬鹿か、この姉妹は俺なんかが来る前からずっと……蓮香のことを心配していたのだ。


「みんな……ありがとう!」

 

 そうして、俺たちの作戦が始まった。




「あのさ菫ちゃん。今さらこんなこと言うのはずるいかもしれないけど、本当にいいの……?」


「はい大丈夫です。必ず……見つけてみせます」


 いつものおじおじした様子はまったく見せず、菫ちゃんは力強く言い切った。


 ……菫ちゃんの覚悟を少しでも疑った自分が情けない。自己嫌悪に陥っている俺の横では、菫ちゃんはテーブルに上に置かれた「ある物」と向き合う。


 それは刑事ドラマなどでよく見かける、証拠採取用の透明なビニル袋に入った、目をこらし、かなり近づかなければ見えないものだった。


「よし」


 俺はビニル袋を開け、ピンセットでゆっくりとそれを取り出し、べつに用意してあった紺色の小皿に、「白い糸」――白い犬の体毛が置かれた。


「……黒須さんも手際がいいぜ」


 まるで……あらかじめこうなることを予想していたかのように、黒須さんは俺のズボンについた、白い犬の毛を採取し保存してくれていた。



 一夜明けた朝の七時頃。目を覚ますと、目の前に黒須さんがいた。

『朝食です』

 そう言って、黒須さんはお盆に載ったパンをあーんと言いながら、俺の口に運んでくれた。恥ずかしいことこの上ないが、今の右手では食べにくく、かといってまだ左手を使うこともできそうになく、俺は仕方なく黒須さんの厚意に甘んじることにした。


 食事の途中、黒須さんは蓮香のことを教えてくれた。けっきょく蓮香はまだ部屋にこもりきりらしい。だが、大分気持ちは落ち着いてきたとのことだ。


『貴方の声が届いたのだと思います』


 やはり、黒須さんも知っていたようだ。やべ、マジで恥ずかしくなってきた。俺はそれを払拭するように、黒須さんに、昨日みんなと相談したことについて話した。


『……分かりました。ただしくれぐれも無茶はしないでください』


 そう言うと、黒須さんはどこから取り出したのか、白い犬の毛が入ったビニル袋を俺に手渡してくれた。


『メイドの私に出来ることはここまでです。頑張ってください』


 黒須さんはそれ以上は何も言わず、おそらく蓮香の食事が載ったお盆を持って、立ち去った。


 最初俺は、これが何を意味するのか分からなかった。そこにしばらくして、菫ちゃんが部屋にやって来た。


 菫ちゃんは俺が説明するとすぐに、これの意味がわかった。


「これに……わたしの『能力』を使えば……多分、犬の居場所がわかると思います」


 俺は菫ちゃんの「能力」のことを、ここにきて思い出した。




「……うーん」


 菫ちゃんと同じように、じいっと体毛を見ていると俺はあの白い犬のことが脳裏に浮かんできた。


 あの時は急に飛びかかってきたということから、蓮香とまではいかないが、やはり恐かった。やはり指が失くなった原因ということもあり、「恨んでいない」といったら嘘になる。


 だが、今は俺の中に別の感情が生まれてきていた。「野犬」という存在自体に遭遇したのは、あの時が初めてだったが、あの白い犬は単に――。


「あの……一葉さん……一つ聞いていいですか……?」


 物思いに浸りかけていた俺だったが、菫ちゃんの声に我に返る。


「なに、菫ちゃん?」


「その……一葉さんの言ったように……蓮香姉さんの犬に対する気持ちを変えるっていうのは、とってもいい考えだと思うんですけど……べつにあの犬じゃなくても……いいんじゃないでしょうか?」


「え?」


 何を言われたのか、すぐに理解できなかった俺は、思わず首をかしげた。


「ご、ごめんなさい……! ただ……やっぱり野犬……ですから……危険かなって思って……」


 菫ちゃんは恐る恐ると自分の意見を述べる。なるほど、もっともな意見だ。「犬」というだけなら、ペットショップにいる犬を窓際から向かい合わせるだけでもいい。


「うん、まあそうなんだけどね……うーん、なんて言えばいいかなあ……」


 言いたいことはあるんだが、それがどうにも頭の中で上手くまとまらない。


「――ごめんなさい! 悩ませちゃって!」


「い、いや気にしないで! ふう、よし、菫ちゃん! やってくれ!」


 これ以上の問答は先に進まないと思った俺は、明確な答えを示さず、強引に菫ちゃんを促した。


「――はい!」


 俺の力強い頼みに、菫ちゃんは力強く頷く。そして菫ちゃんはちょん、と軽く、その毛に触れた。


「……うっ……はぁっ……!」


 ものの数秒もしない内に、菫ちゃんの表情に変化が表れた。菫ちゃんは痛みをこらえるように、目をギュッと閉じて苦しげな声を上げる。


 ――軽い気持ちで言ってしまった自分をぶん殴りたい、今すぐにでも菫ちゃんの手に触れて「能力」を解除してあげたかった。


「だ、だいじょうぶです……もう少し……ですから……!」


「…………っ!」


 こうなることは最初からわかっていた。菫ちゃんはそれを知った上で「能力」を使ってくれている……。菫ちゃんの「能力」によって、菫ちゃんがどれくらいの「記憶」を読み取れるのか分からないが、菫ちゃんの苦しむ表情を見れば、完全に「あの日」のショッキングな映像が脳裏に浮かんでいるはずだ。


「――頑張れ、菫ちゃん……!」


 俺にできることはただ、ひたすら菫ちゃんに応援の言葉を送ることだけだった。


「……っ!」


 熱いものに触れた後と同じように、菫ちゃんは小皿からからビクッと手を離した。その際小皿がテーブルの上から落ちようとする。俺はぎりぎりのところでキャッチした。だが毛はもうなかった。


「……はぁ……はあ……!」


 荒い息をたて、椅子にどっさりと腰を下ろす。俺は急いで冷蔵庫からお茶を取り出して、こぼれんばかりにコップに注ぎ、直接菫ちゃんに手渡した。


「ありがとう……ございます……」


 両手で持ったコップを、菫ちゃんは斜めにしながら一気に飲んでいく。あっという間にお茶は無くなり、菫ちゃんの呼吸は正常に戻りつつあった。


「す、すいません……心配かけて……」


「体は大丈夫なの!?」


「はい……それで、結果なんですけど……」


 そこで菫ちゃんは言葉を切り、一度大きく息を吸う。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……成功……です!」


「――ありがとう!」


 一番初めで、一番大事な役割――「白い犬の居場所」について、菫ちゃんは見事「能力」を使い、見事探り当ててくれた。


 

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