10
あれから俺はどうしようもない気持ちを抱えたまま部屋に戻った。部屋の前には菖蒲さんたちはもうおらず、部屋に入っても誰もいなかった。俺はベッドの上に綺麗に敷かれ直した布団にバタンと俯けに倒れた。
「……………」
それから何度か寝返りを打つ。さっさと寝て気分を一新させたかったが、やはりずっと寝ていた(気を失っていた)こともあり、まったく眠気はおとずれなかった。
時間はもう夜の十二時を回ろうとしていた。気を失っていたせいで時間の感覚が狂っていたが、今日はまだ金曜日、つまり俺は実質一日しか学校を休んでいないことになる。
「月曜から……どうすっかな……」
少なくとも絶対に指のことは説明しないといけない。正直に話してもいいんだが、「噛み切られた」なんて言ったら引かれそうだ。
「いや待てよ……それよりも……そうだ! 左手で食べる練習をしなければ! お箸はどこだ! 鉛筆はどこだ!」
「なにいってんだ?」
「おうふっ!」
さっきの件で俺は軽い現実逃避に走ろうとしていたのだろう。だが突如として部屋に現われた存在によって意識が正常に戻った。
「菖蒲さん……」
案の定、それは菖蒲さんだった。しかし、現れ方がいつもと違った。
「一葉、お前やはり……頭の打ち所が悪かったのか?」
「あの……一葉さん……明日病院に行きましょう!」
菖蒲さんの両隣には、花梨と菫ちゃんがいた。二人は俺の奇妙な言動に、心配そうな顔を向ける。
「ご、ごほん……! えっと何の用?」
いまさら遅いかもしれないが俺は咳払いをし、改まった言い方で三人に尋ねた。それに対し、菖蒲さんが一番早く口を開いた。
「ハスカのこと、どうなったか聞きにきたんだよ。といっても、けっこう聞こえたたけどな」
「あー、そのことっすか……」
この場に三人同時に現われたことを見れば、大体予想できていた(にしても、二人同時に連れてこれるんだな)。俺は黙って首を横に振った。
「そっか、やっぱダメだったか……」
「ふん、情けない奴め!」
「姉さん……」
三人はうなだれた声を出す。やはり心配していたようだ。俺はベッドに腰を落とした。
「どうすれば……いいでしょう……」
自分自身に問いかけるような言い方で、俺はぼそっとつぶやいた。
「ん……そうだな……。まあ、時間が解決してくれんのを待つしかねえんじゃねえの?」
菖蒲さんはそっけなく言ったものの、決して間違っているわけではなかった。
新たな「トラウマ」として蓮香の心には残るかもしれないが、多分蓮香は月曜になれば普通に学校に通いだすと思う。短い付き合いだがあいつはそういう奴だと確信している。でも、それだと……
「菖蒲……姉さん……! それは本質的な解決になっていないと……思います!」
俺の心を読んだかのように、菫ちゃんは菖蒲さんに向かって叫ぶように言った。その体は、プルプルと震えていた。
「菫の言うとおりだ! お姉ち――わ、我が姉君はこのまま何もしなければ駄目になる! 何かしなければ駄目だ!」
便乗するように、花梨も菖蒲さんの意見に反対する。三対一、多数決では「こっち」の勝ちか。
「はあ……んなことわかってんよ。アタシだってアイツをこのままにしとくつもりはない。どうにかしてえさ」
と、思ったら違った。初めから対立要素なんてなかった。やっぱり、こういうところは姉妹だよな……。
「つっても、実際どうすればいいかわからねえ。オマエらは何か案があるのか?」
「いや……俺はもう無理ですね。ただ……」
さっきの件で俺は自分にできることは全部やれたと思っている。「他人」の俺ができることはここまでだ。
「三人が説得すれば……いけるんじゃないんですか?」
だから、俺はあとは三人の姉妹に任せるのが得策だと思った。
「そりゃムリだろ」
「無理だな」
「難しいと……思います」
だがあっさりと三人はそう言った。
「何でですか?」
「だってオマエでダメだったじゃん、そのやり方」
「は?」
菖蒲さんの言った言葉は、すぐには理解できなかった。戸惑う俺に、菫ちゃんが付け足すように言う。
「今回の件の当事者である一葉さんが説得しても……無理なら……わたしたちが何を言っても……届かないと思います……」
「いやでも……同じ姉妹で、同じ『能力』というものを持つみんななら――!」
「同じといっても……『抱えるもの』が違うのよ」
花梨は、「素」を出していることを気にせず悲しげに言った。
「カリンの言うとおりだな。アタシたちがいくら『【能力】は使いこなせる』と言ったところで、アイツ自身が抱えるものをぶっ壊さなきゃ、使いこなすも何もない」
「ぶっ壊す……」
物騒な言い方だが、この場合ではすごく合っているような気がした。
ぶっ壊す、それは蓮香のトラウマ。
トラウマ、それは大事な人を救えなかったことと、「能力」の暴走……。
暴走、それは「犬」により始まったもの……。
「……う、うーん……!」
頭の中で何かが出かける。ぶっ壊す……ぶっ壊すぶっ壊す……………あっ!
「そうだ、それですよ!」
突如俺の頭にとんでもないアイディアが浮かんだ。いや、存外普通なことかもしれない。突然叫んだ俺に、三人は驚いた顔をする。
「みんな、聞いてくれ!」
焦る気持ちを抑えようとするもやはり興奮してしまう。俺はすうっと息を吸い込み、こう言った。
「あの犬を捕まえよう!」
だが、なぜか三人の目は丸くなり、首を大きくかしげた。あれ、言葉足らず?




