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紫島姉妹に効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第五章 紫島蓮香
32/42


「なあ、お前っていっつも何キロ走ってんだ?」


「約十二キロ」


 蓮香は淡々とした、つまらなそうに答えた。


「へえ、十二キロ! すげえな! そんな走れるんなら、運動部とかに入らねえのか?」


 当然の疑問を俺は投げかけるも、蓮香は小さく首を横に振った。


「なにかしらの『名誉』を得るために走っているわけじゃないわ。私は私のためにしか走らない」


「へえ、じゃあさじゃあさ――」


「待って。いっしょに帰るとは言ったけど、何で私があなたの問いにいちいち答えなければいけないの?」


 ノリよく質問する作戦は失敗だった。だが一応答えてくれたので、蓮香もノリがいいといえばノリが良い。


「いいじゃねえか。べつに。答えたくなければ答えなければいいんだしよ」


「……そういう問題じゃな――」


「なんでお前ってさ、『能力』使おうとしないんだ?」


 続けて俺は、本題に切り込む。蓮香はあきらめたのか呆れたのか、面倒くさそうにしながらも答えた。


「あんな力は、この世に必要ないからよ」


 何の感情もこもっていない、本当にどうでも良さそうな言い方だった。だがそれが逆に、違和感があった。


「必要ないって……そんなにお前の『能力』って、やべえもんなのか?」


「ええ。醜悪で下劣で死にたくなるほど、おぞましい『能力』よ。他の姉妹の『能力』が霞むほどにね……」


 いったいどんな『能力』なのだろうか。蓮香の言い方は俺の興味をいっそう高めた。


「どんな能力なんだ?」


「それこそあなたに関係ない。それにこの先使うつもりなんてないんだから、教えても無駄よ」

 流れのままに、尋ねてみたが無理だった。


「……使わないでいられるものなのか?」


 その問いに、蓮香は歩みを止める。だがすぐに歩き出し答えた。


「自制心を強く持てば大丈夫よ」


「自制心っていうと……『抑え』ってやつか?」


 俺は以前、菫ちゃんが口にした言葉を思い出す。


「……菫に聞いたみたいね。そうよ、ただべつに私は『それ』をそこまで意識はしていない。常に平常心よ」


「……あー」


 なるほど、なんとなくわかる。何かを我慢するとき、「我慢しなければ」と思うと、逆にそれを意識してしまいそれに囚われてしまうことがある。蓮香の言わんとする事は、まさにそういうことだろう。


「じゃあお前は、他の姉妹が『能力』を使うことに、どう思っているんだ?」


「……べつに、どうとも思っていないわ。使いたければ使えばいい、個人の自由よ。ただ……」


「ただ?」


「……菫に関しては、できるだけ使わないでほしいわ。あの娘のためにも、周りのためにもね」


 今までの仏頂面が嘘のように、蓮香は憐憫の表情を浮かばせた。……ちょっと嬉しかった。


「妹思いだな」


「――そんなのじゃないわよ」


「照れんなって! 菫ちゃん、お前のこと憧れているんだからよ」


「菫が……私に?」

 

 蓮香はわずかながらに目を見開かせる。


「ああ、お前みたいに『格好いい女』になるのが、菫ちゃんの目標なんだってさ。よかったな」

「……」

「ん? どうかしたか?」


 べつに変なことを言ったつもりはなかったし、むしろ喜ぶだろうと思って教えたが、蓮香は妙に悲しげな感じを見せた。


「……私なんかになっては駄目よ。私なんかには……ね」


 蓮香は自嘲するようにつぶやいた。なんだかよくわからなかった。


「なあ、お前――」


「もう行くわ。それじゃ」


「あ、ちょっと待――っ!」


 逃げるように蓮香は歩みを早める。角を曲がった。

「おいおい、先に行くなって!」


 慌てたように、俺も急いで蓮香のあとを追うように、角を曲がる。


「あうち!」


 だがすぐに俺は何かにぶつかった。蓮香の背中だった。


「おいおい、急に止まんなよ」


 俺は蓮香の横を通りぬけ前に出る。っと、そこで――


「――お!」


 前方十五メートルほど先に見えたものに対し、俺は思わず顔をにやけさせた。全身真っ白な犬がいたからだ。おそらく雑種だろう、闇夜に照らされよく顔は見えないが、犬好きの俺にとっては、すぐさま頭を撫でてやりたかった。


「おーい、わんこ! おいでおいで~!」


 だから俺は、何の躊躇もなくその場にしゃがみ込み、手招きする。白い犬はゆっくりと俺に向かって歩いてくる。


「よーしよしよ――――あれ?」



 等間隔に並ぶ電灯、その今にも切れかけそうな淡い光を発す電灯の下に来た犬の姿が先程より鮮明に見える。それで俺が瞬時に理解できたことが一つある。


 その白い犬は…………首輪をしていなかった――。

 

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