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「よ、邪魔してんぜ」
夕食を食べ終わり、自室に戻ると菖蒲さんがベッドに寝転がって、漫画を読んでいた。
「食ってすぐ横になっていたら、牛になりますよ」
二日に一回のペースでやってくることもあり、俺は慣れた感じで菖蒲さんに対応する。
「いいじゃねえか牛。男はみんな巨乳が好きなんだろ?」
「……そういうことじゃねえよ」
おっさん丸出しの返事に、俺は呆れながら、ツッコミを入れる。そんな胸はお相撲さんだけで間に合っている。
「んだよ、お前貧乳の方が好きなのか? ……あ、もしかしてお前ロリ――」
「コンじゃねえよ! ……はあ、まあいいですよ。おとなしく漫画でも読んでいてください。俺は今から宿題しますから」
危うく汚名を着せられそうになり、俺は机に向かう。なんで俺ナチュラルにロリコン扱い受けているんだろう……。菖蒲さんはちぇっと舌打ちしながら、読書を再開する。
「………」
「………」
約四十分後、俺は宿題を終えた。高校になると宿題が増え難易度も上がると、通信教材の漫画に書いていたが、まさにその通りだった。数学のプリントに十五分、英語の和訳に二十五分かかってしまった。小腹が空いてきた。
「菖蒲さ――」
と、俺がベッドに振り向くと、菖蒲さんは漫画を胸元に落とし、グースカといびきをたてて、寝ていた。とても年頃の女の人とは思えない、だらしない姿だった。
「……しょうがないな」
俺はそっと菖蒲さんに毛布をかける。優しさからではなく、目のやり場に困るという理由だ。俺は部屋を出た。
「お楽しみでしたね」
「……宿題していただけなんですけど?」
待ち伏せしていたかのように、黒須さんは部屋の近くに立っていた。俺は黒須さんの言葉の意味がよくわからなかった。
「お出かけですか?」
「ええ、ちょっくらコンビニまで。何かいるものありますか?」
「いいえ、けっこうです。栄養補給食品は絶えず所持していますので」
黒須さんはマジシャンのごとく、手のひらから長方形サイズのクッキーのようなものを見せる。黄色い箱が目印の、有名な栄養補給食品だった。
「……もしかして、毎日それなんですか?」
「フルーツ味、チョコレート味も食べますが?」
「い、いやそういうことじゃなくて……」
目が本気すぎて、これ以上追求できなかった。そういやこの人が料理食べているところ、見たことなかったな。
「じゃ、すぐに帰りますんで」
俺はそう言い残し、黒須さんから離れ、玄関へと向かう。……あれ、そういえば何か忘れているような――。
「待っていたぞ下僕よ! さあ、我の修行に付き合――なっ!」
「すまん、またあとで!」
花梨の存在を、すっかり忘れていたことを、本人によって思い出さされた。俺は逃げるように屋敷を出た。背後で、菖蒲が俺の名を叫ぶのが、かなり遠くからも聞こえてきた。
「あ、ご苦労様です」
コンビニに向かう途中の道で、俺はパトロールをしていた警察官に挨拶をした。
「こんばんは! ……あ! 君――」
警察官に挨拶をし、俺は角を曲がった。最後まで聞き取れなかったが、おそらく「夜道は危ないから気をつけるんだよ」とでも忠告しようとしてくれたんだろう。こんな時間までご苦労なことだ。
それから五分と歩き、俺はコンビニに着いた。どうでもいいが、コンビニは歩いて一分くらいにあるのがベストだと思う。
独特の音楽に迎えられ、俺はコンビニに入る。店内には三人ほどの客がいた。俺は菓子コーナーへと向かった。
「……飲み物も欲しいな」
百円棚からポテトチップスを取り、俺はたまにはいいだろうと、コーラも買うことにした。俺は後ろの冷蔵ケースへと向かう。
「あ……」
フタを握り、中からコーラを取り出したときだった。俺は意外な人物と遭遇した。
「……ちっ」
思いっきり舌打ちされた。乱暴にペットボトル入りのスポーツドリンクを取り出し、そいつはレジへと向かう。俺もその後をついていくようにレジへと向かう。
「百五十円になります」
カウンターに置き、店員が精算を始める。だが、様子がおかしかった。
「……お客様?」
前に立つ、ジャージ姿のそいつは両手をポケットに入れたまま、固まっていた。……すぐに、理解した。
「すいません、やっぱりやめに――」
「店員さん、こいつの分と俺の分、いっしょに会計お願いします」
横から割りこむように、俺はカウンターにポテチとコーラを置いた。
「は、はあ……」
店員さんは少し戸惑うものの、バーコードを読み取っていく。
「三百五十円になります。……お釣り百五十円です。ありがとうございました」
袋に入った商品とお釣りを受け取り、俺はコンビニを出た。すぐに蓮香も出てきた。
「ほい、これ」
俺は袋の中からスポーツドリンクの方を蓮香に差し出す。だが蓮香はそれを受け取ろうとしなかった。
「いいから、走って汗かいたんだろ。早めに水分補給しないとまずいだろ」
苛立ち、俺は強引に蓮香に手渡す。蓮香は渋々といった感じで受け取る。
「――ありがとう。お金は帰ったらすぐに返すわ」
「ああ、べつにいいよそれくらい。奢りだよ奢り」
「奢られる理由も無いし、あなたのような人に借りを作りたくないの」
冷たく言い放ち、蓮香はキャップを回し、ゴクゴクと飲んでいく。
「……」
「…………何?」
半分ほど飲み終え、蓮香は俺の視線に気づいた。ついマジマジと見てしまっていた。
「買い物が終わったんでしょう? 早く帰りなさいよ」
「――え? いっしょに帰るんじゃねえのか?」
てっきり俺は、この流れはいっしょに屋敷まで帰るものかと思っていた。
「……何で私があなたと――」
「ジュース代だと思ってくれていいからさ、いっしょに帰ろうぜ」
どうにも断られるとムキになってしまう。蓮香といっしょに帰りたいという思いが強まり、俺は脅迫まがいなことを口にした。
「…………わかったわよ」
罵詈雑言を覚悟していた部分もある。だが蓮香の返事は思いがけないものだった。蓮香は空となったペットボトルをゴミ箱に投げ捨て、歩き出す。
「おいおい、待てって!」
俺もすぐさま蓮香の後を追う。兎にも角にも、このチャンスを逃してはもう蓮香とまともに喋ることはない。俺は何としても、蓮香に色々訊くことにした。




