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「じゃあな八城ーまた明日ー!」
「八城くん、またねー!」
何事もなく今日も学校生活を終え、俺が教室を出ようとした時、クラスメイトの何人かが俺に別れの言葉を送ってくれた。
「おー、じゃあまたな!」
俺は元気よく返事をし、教室を出た。前方には竜一がいた。
「おーい竜一!」
ポンと肩を叩こうと右手を出すも、竜一は後ろに目があるかのように華麗にかわした。竜一はペースを落とさず歩き続ける。
「いっしょに帰ろうぜ!」
いつものように俺は竜一を一方的にそう誘う。単に一緒に帰りたいという気持ちもあったが、今日は今朝の件もあり、竜一に何か礼をしたかった。
「……」
「おーい、竜一?」
いつもならかったるそうにしながらも何かしらの反応を見せてくれる竜一だったが、今においては頷きすらしてくれなかった。そして竜一はそのまま靴を履き替え、いつもとは逆の方向へ向かっていった。
「どうしたんだあいつ……?」
今朝とはまるで様子が違う。そういや今日はずっとこんな感じだったな……。俺は学校に着くと同時に、竜一が険しい表情になったことを思い出した。
「ま、いっか」
誰にでも機嫌が悪い日はある。俺はその程度のことと思い、紫島家へと歩みを進めることにした。
「……あ、一葉さん。今帰りですか?」
途中、俺は同じく帰宅途中であった菫ちゃんに出会った。俺は手を上げそれに応える。
「それじゃいっしょに帰ろっか」
そう言い俺は極々自然に、菫ちゃんの左手を掴んだ。
「……っ! は、はい……!」
一瞬躊躇するものの、菫ちゃんはぎゅっと俺の右手を握り返してくれた。それが俺には嬉しかった。俺達は並んで歩き出す。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
しばらくずっと無言が続いた。数日前の一件で俺と菫ちゃんの関係はだいぶ緩和した(確信)が、どうにも言葉に詰まる。
菫ちゃんはともかくとして俺が無言だったのは、決して「女の子と手をつないで緊張した!」といったものではなく、単に話題が見つからなかったからだ。
「――あの、一葉さん。少しお尋ねしたいことがあるんですが……!」
「あ……うん、いいよ! 何でも聞いてよ!」
中学時代の友達のことでも話そうかと思ったとき、菫ちゃんは先に沈黙を破った。冷静に考えて、あまり人に言いふらすようなものではなかったので、ありがたかった。俺は聞く姿勢を取る。菫ちゃんはささやくような声で俺に質問を投げかけた。
「蓮香姉さんのこと……どう思っていますか?」
「…………」
即答……というか、どう答えればいいのかすぐにはわからない問いだった。昨日のこともあり、俺のテンションは一気に下がった。
「ご、ごめんなさい……! 変なことを尋ねて……! ふ、深い意味はないんです、ただ……」
「――格好いいと思う」
「……え?」
俺の返事に、菫ちゃんは目を大きく見開いた。俺は続ける。
「上手くは言えないんだけどさ、あいつはしっかりとした『芯』を持っていると思うんだ。『揺らがない意志』とでもいうのかな?」
下手なことを言って、下手なことになっては大変だ。そうした意味から、できるだけ好感が持たれるように答えた。……他にも思うところはあるものの、決して嘘というわけではない。
紫島の屋敷に来て、菖蒲さん、花梨、菫ちゃんなどと色々と関係を深めていっている俺だったが、はっきり言って、俺は未だに紫島蓮香のことはよくわからなかった。
単に「話さない」からというだけではなく、蓮香は自分から俺に……いや他者に対し、大きな壁を作っていると感じた。それは学校において、クラスメイトと仲睦まじく話している時にも感じられた。
だが、それでもあいつの眼には「覚悟」のようなものがある。それだけは確かだった。
「……一葉さん、すごいです! 姉さんのことそういう風に思ってくれているなんて!」
眼をキラキラと輝かせながら、菫ちゃんは普段では想像つかない明るい声を出した。よっしゃ、好感度が上がったぜ!
「私も、蓮香姉さんのことをそう思っているんです……。蓮香姉さんは、私にとって憧れなんです!」
遠くを見るような目で、菫ちゃんは胸中を語る。こっちが恥ずかしくなるほどだった。
「……だから私は、いつか姉さんみたいになりたいと――」
「早く離れなさい菫」
不自然な体勢で立ち止まった。俺はゆっくりと声のした背後を見た。蓮香が立っていた。
「よ、お前も今帰りか?」
動揺を悟られまいと、俺はフランクにあいさつする。だがあからさまに無視された。
「……菫、百歩譲ってこの男といっしょに帰ることはいいとして、手をつなぐのはやめなさい。何考えているのかわからないんだから」
蓮香は菫ちゃんの左手を掴み、ぐいっと俺から引き離す。どうやらまだあの件を根に持っているようだった。蓮香の表情が若干揺らいだ。
「で、でも姉さん……」
「いいから言うことを聞きなさい。それにこの男といっしょにいることが、あなたにとって『良い事』ばかりとは限らないわ」
意味深な忠告をし、蓮香は菫ちゃんを引っ張って歩き出す。不審者に対応する母親のごとき反応だった。
「……ア、ソウイヤオレ、コンビニニヨウジガアッタンダッケ」
とても後を追えるような感じではなく、俺はわざとらしい声を出して、右へ曲がった。そのまましばらく直進。そして元に道に戻ると、二人の姿はもう見えなかった。
「……前言撤回」
俺は蓮香に対する「格好いい」という印象を、全く別のものへと変えた。




