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「――どうしたんだ、その頭?」
朝、通学途中で一緒になった竜一は、俺を見ると同時にぎょっとした顔になった。
「コロンダンダ」
俺は棒読みでそう嘘をついた。歩くたびに包帯で巻かれた下がズキズキ痛む。俺は痛みを噛み殺し、竜一と並んで歩く。竜一は珍しく俺に興味を示したようだったが、それ以上の追求はしてこなかった。
昨日、黒須さんの策略により、プロ野球選手を彷彿させんとばかりの速度で、蓮香に桶を投げつけられ、気を失った俺が目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。
そばには黒須さんがいて、すでに包帯が巻かれていた。その後黒須さんはまったく感情のこもっていない声で俺に謝罪の言葉を入れた。
人間誰しもミスはあるものだ。だから俺は謝ってくれるならそれでいいと思っていた。
だが黒須さんは謝った後、なぜか「感謝」の言葉を送ってきた。しかもそこには先ほどまでなかった感情が込められていた。
わけがわからなくなった。けっきょく黒須さんはそれ以上は何も言わずに、俺が眠るまでそばにいて看病してくれた。
そして朝、俺は蓮香に謝れないまま、屋敷を出た。蓮香は決して俺と顔を合わせようともしなかった。
「くそ、べつにそんな細かいところまで見ていないってのに……」
正直、浴室内は湯気が立ち込めており、蓮香を見たといっても体の輪郭くらいしか視認できていない。……といっても蓮香はそうは思っていないんだろうが。
「――ちっくしょ、こんなことならもっとちゃんと見とけばよかったぜ……」
「は? さっきから何言ってんだお前?」
独り言のつもりが自然と大きな声になっていたようだ。竜一は不審がるような表情を俺に向ける。
「い、いや昨日見ていたテレビがだな……!」
慌てて俺は誤魔化しを入れる。あっぶね、下手なこと言って俺が紫島家で世話になっているなんて知られると、面倒くさいことが起きる。ただでさえ、紫島蓮香は学校で有名人なんだしな。
「――お前って、紫島蓮香とどういう関係なんだ?」
「わけあってあいつの家に住まわせてもらってんだ。……はっ!」
『気をつけなければ!』と思った矢先、俺はすぐさまその誓いを破ってしまった。俺は頭の中が真っ白になり、立ち止まった。
「……え、そうなのか?」
竜一は大きく目を見開き、立ち止まった。
「は、謀りやがったな!」
「は? なにいってんだ、お前が勝手に言ったこと――」
「問答無用! 記憶よ消え去れ!」
頭に血が上り、自分でも何を言っているのかよくわからない。俺は竜一の頭に向かって思い切りカバンを振り回す。だが、あっさりと受け止められた。
「てめえ、喧嘩売ってんのか……?」
握られたカバンがギシギシと音をたて変形する。血の気がサーっと引いた。
「わ、わりい! つい……!」
自分に否があることは明白であり、俺は竜一がキレる前に、すぐに謝った。竜一は手から力を抜き、カバンを俺に返した。
「安心しろ、べつに言いふらしたりはしねえよ」
「……ナンノコトカナ?」
「本気で殴られてえのか?」
「ごめんなさい! ……えっと、信じていいのか?」
「事情があんだろ。それをむやみに誰かに言うほど、俺も落ちぶれちゃいねえよ」
「子供にぶつかっても謝らないのに……?」
「――それは忘れろ」
竜一の言葉に嘘は無さそうだった。……単にそんなことを話せる知り合いがいないだけかもしれないが……。
「サンキュ竜一! 俺が女ならお前に惚れてんぜ!」
「俺にそのケはねえよっ!」
「――いってぇ! ばっか、俺だってそのケはねえよ!」
旋毛近くに思い切りゲンコツが落とされた。べつの意味でまた頭が痛くなったが、なんとなく安心できる痛みだった。




