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「菫ちゃん、大丈夫? 辛くない?」
屋敷まであと半分くらいといったところで、俺はスピードを落とし菫ちゃんに尋ねた。
「……はい、大丈夫……です」
一言で返事を終える菫ちゃん。だがどうにも嘘っぽい。
うーん、やっぱり『そういうこと』なんだろうか? 俺の中にあった疑問が、徐々に確信へと近づいていく。けれど、今の菫ちゃんからそれを確認できそうになかった。というより、したくなかった。
「一葉さん……私、『保健室登校』なんです……」
ピタリと、足が止まった。菫ちゃんは俺の心を読んだかのように、俺の疑問に答えてくれた。
「……一年くらいまえに、私は……」
「いやそれ以上は言わなくていいよ!」
慌てて俺は呼び止める。さっきの男の子二人の反応を見れば、それで十分だ。俺は再び歩き始める。
「ごめんなさい……」
「菫ちゃんが謝ることなんてないよ! 元気出して!」
他人事みたいな慰め方しかできず、悔しかった。菫ちゃん無言になった。
あーやっべ、どうすっかな……。しばらく無言が続き、俺はどうにもいたたまれない気分になってきた。俺は歩みを遅め、顔だけ菫ちゃんに振り向かせる。
「あのさ菫ちゃん。ちょっとそこで休憩しない?」
俺はおんぶの体勢を崩さないようにして前方に十メートルほど先にある公園を指さす。傘音町内において一番大きいとされるところだ。
「はい……まだ家まで少しありますし……」
ダメ元で言ってみたが、菫ちゃんは了承してくれた。ほっ、良かった……。正直なところ俺が歩くのに疲れていたこともあっての提案だった。俺は菫ちゃんを背負ったままに、再び歩き出し公園内へと向かう。
「ありがとう……ございました」
ベンチに向かいゆっくりしゃがみ込むようにしてまず俺は菫ちゃんを下ろした。菫ちゃんは先ほどに比べ元気を取り戻したのか、ペコリと頭を下げて普通にベンチに座った。俺もそれに続いて菫ちゃんの横に座る。
「………」
「…………」
「…………」
桜の花びらが目の前をひらひらと地面に落ちる。今ので見た限りでは三十回目だ。どうでもいいが舞っている間の花びらが一番綺麗で輝いていると思う。
――と、下らないことを長々と思えるほど俺と菫ちゃんの間に会話は生まれて来なかった。
「あの……」
何か飲み物でも買ってこようかと立ち上がろうとした時だった。菫ちゃんが俺に声をかけてきた。
「あ、なに?」
中途半端に上げた腰を俺は再びベンチに下ろす。菫ちゃんの方から俺に話しかけてくるのは初めてかもしれない。俺は菫ちゃんの言葉の続きを待つ。
「あ、あの……一葉さんは……何型ですか!」
「へ?」
あまり予想していなかった言葉に、俺はへの口になる。
「す、すいません! 変なこと訊いて……!」
「多分、前陣速攻型かな……」
「え?」
俺の答えに今度は逆に菫ちゃんがへの口になる。しばらくして俺は自分が勘違いしていると気付いた。
「……あれ? 卓球の型じゃないの?」
「え……あ……違います……その……血液型を……」
「……ああ、血液型ね! うん、知ってたよ今の冗談!」
と誤魔化すものの俺は冗談ではなく本気でそう思っていた。ううむ、せめて「クワガタ」とでも言うべきだったか(古すぎか?)。俺は今度こそちゃんと自分の血液型を答えた。
「あ……そうなんですか。お姉ちゃんと一緒です……ね」
「へえ……ちなみにどのお姉ちゃん?」
べつに誰でも良かったがなんとなく菖蒲さんと同じは何か嫌だなあ……とか思っていると菫ちゃんは蓮香と同じだと教えてくれた。
「菫ちゃんは占いが好きなの?」
「え……? いえべつにそんなことはないですけど……」
血液型なんて聞いてくるものだから、てっきり占いでもしてくれるのかと思ったが、そうではなかった。多分菫ちゃんは少しでも話題を作ろうと、頑張って俺に話しかけてきたのだろう。
「ねえ、菫ちゃん」
だからこそ、今度は俺がそれに応えなければならない。俺は菫ちゃんに笑顔を向ける。
「な、なんですか……!?」
ビクッとしながら俺から気持ち遠ざかる。だいぶ親しくなってきたと思っていたが、やはりまだまだ菫ちゃんは俺を警戒している。……仕方ないんだが。
「えっとさ……あ、菫ちゃんはさ、なんで学校では『サトリ』って呼ばれているの?」
ふと、学校を出る間際の、ガキどもの言葉を思い出した。この話題から一気に菫ちゃんの学校生活について話しあおう。俺は楽観的にそう考えた。
が、それは大きな失敗だった。
「……………」
菫ちゃんは再び口を閉ざす……だがそれだけじゃない。菫ちゃんは顔をうつむかせ肩を小刻みに震わせ、その目は……恐怖に包まれていた。
「菫ちゃん、大丈夫!?」
徐々に俺の頭からサーッと血の気が引き始めた。どうすればいいかわからない。俺はしどろもどろになった。
「あ、えっとその……ごめん、ごめんねっ!」
俺は菫ちゃんに謝る。頭を下げて謝る。何に対して菫ちゃんが傷ついたかもわからず、とにかく俺は謝った。
公園内に俺の謝る声だけが響き渡る。他に誰もいなかったことは不幸中の幸いかもしれない。何十回にも及ぶ同じ言葉の後、俺はおそるおそると顔を上げ菫ちゃんを見た。肩の震えこそ止まったものの、いまだ顔を下に向けたままだった。
……このまま謝っていっても結果は変わりそうにない。そう判断した俺は、覚悟を決めて携帯を取り出した。
居候の俺が女子小学生かつ屋敷の住人である菫ちゃんを傷つけたと知れば、良くて屋敷を追い出される、悪くて少年院……。
「……」
ぞくっと寒気がしたが、自己保身のために菫ちゃんを放っておけない。元々俺が変なことを訊いたのが悪いんだ。俺は意を決して黒須さんへ電話を――。
「まって……ください」
携帯を持った腕が、何かによって下ろされる。菫ちゃんの小さな手だった。
「その……わたしは大丈夫です……」
とても大丈夫そうには見えなかった。俺は携帯をしまい、菫ちゃんの隣に座る。菫ちゃんはぎゅうっと力を込めて俺の袖を掴んだままだ。
「ほんと、ごめんね……」
「いえ、あのこちらこそご心配かけました……」
菫ちゃんは申し訳無さそうな顔で俺を見る。それが逆に俺の中の罪悪感を増させた。いたたまれない気持ちになりだしている中、菫ちゃんは
「……『サトリ』って呼ばれているのは、わたしの……『能力』のせいなんです」
苦しげな声を出し、俺の問いに答えてくれた。「能力」という言葉に、俺はさっきとは違う意味で動揺した。
「人の心が……読めるのが……わたしの『能力』なんです」




