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「ご、ごめんなさい……。ご、ご迷惑をおかけして……!」
保健室を出て、玄関まで歩く途中、俺の背中におぶさる菫ちゃんは申し訳なさそうに何度も俺に謝ってきた。
「気にしない気にしない! 体力なら自信あるからね」
俺は元気いっぱい、何事もないということを知らしめるために、歩行速度を上げる。実際、菫ちゃんの体は軽かったし、まったくといっていいほど動かずにいてくれたので、さして普通に歩くのと大差はなかった(掴むところにはかなり気を配ったが)。
「あ、菫ちゃん、忘れ物はない?」
菫ちゃんの担任には葛城さんが早退すると伝えてくれるらしいが、教室に何かを置いていたら元も子もない。俺はいったん立ち止まり、首だけ菫ちゃんに向ける。
「はい、保健室にはもう忘れ物はありません」
「そうじゃなくてさ、教室にだよ。……そういえば菫ちゃん、ランドセルは?」
俺はここで、菫ちゃんの手荷物が小さな手提げかばん一つ(今は俺が持っている)だけだと気付いた。
「……………」
何気ない俺の、菫ちゃんを気遣っての言葉。だがそれはなぜか菫ちゃんに無言を強要することになってしまった。
……あれ、俺やっちゃった? 額から嫌な汗が流れてくる。
「……あ、あの――わ、わたし……」
「あー、『サトリ』だ!」
「わっ、ホントだ! 『サトリ』じゃん!」
俺の視界に玄関が見え、菫ちゃんが何かを言い出そうとしたときだった。廊下の曲がり角から男の子二人が現われた。、男の子の一人はサッカーボールを抱えていた。
「おいおい、何だお前たち? 人を指さすもんじゃないぞ」
小学生ということもあり、俺はなるだけ優し目に、二人に注意した。
「うっせーバカ」
「おっさんこそなんだよ、不審者とかなの?」
だが、生意気な態度で逆に言い返された。
「俺はまだ十五で高校生だ!」
……ったく近頃のガキは親にどういう教育受けているんだ(でも俺もガキの頃はこんなんだったのかもしれない)! 俺はムキになり二人に怒鳴る。
「おっさん、そんなに近づいていたら、『サトリ』に心、読まれんぞ!」
「そうそう! ……それより早く行こうぜ! 時間がもったいないし!」
だが二人は俺の怒鳴りなどまるで気にしないかのようにわけのわからないことを言って、下駄箱で靴を履き替え外へと駆けていった。
「……」
しばらく立ち止まったままでいると、先ほどのガキたちのように、外へと遊びに行く小学生たちが俺たちを見てきた。どうやら昼休みのようだ。
まあ、小学校に先生でもない、年上がいればあからさまに変だろう。最初はそう思った俺だったが、しばらくしてどうにも送られる視線は、俺個人に対してという感じではなかった。
「紫島さんよ……」
「『サトリ』、まだ学校来てたんだ」
「気持ちわりい……」
ヒソヒソと、そういった言葉が聞こえてきた。――正直、いらっとした。
「おい――」
「あ、あの一葉さん――」
思わず怒鳴り声を上げてしまいそうになった俺だったが、菫ちゃんの声に我に返った。
「――あっ、ごめんごめん! それじゃ早く帰ろっか!」
い、いかんいかん! 今は菫ちゃんをいち早く屋敷に連れて帰らなければ。
俺は気持ちを切り替えて、再び玄関口に向かって歩き出す。その際、ヒソヒソ話していた奴らを軽く睨んでやった。
「よし、それじゃ早く帰ろっか! しっかり掴まっててね!」
いったん菫ちゃんを下ろし、二人で靴を履き替えた俺は再び菫ちゃんをおんぶする。
遅れた分を取り戻そうと、俺は菫ちゃんにそう指示する。菫ちゃんは俺の言葉通り、しっかりと首元に手を回してくれた。だが、震えているような感じもした。
その震えが何からくるものかはわからないまま、俺は学校を出た。




