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紫島姉妹に効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第四章 紫島菫
24/42

 あれから俺はしばらくいいようのない虚無感に襲われていたが、菫ちゃんに声をかけられたこともあり、正気に戻った。


 落ち着いて現状を把握してみてわかったことは、俺が持ってきた弁当箱がいらなかったということだ。


 菫ちゃんは申し訳なさそうに給食を食べていたが、あまりに俺が気の毒に思ったのか、「いっしょに食べませんか?」と言ってくれた。


 黒須さんの意図がよくわからず、怒りすら感じたが、空腹には耐え切れなかった。


 よって俺は、まずは空腹を満たすことにした。どうせ行き場の無くなった弁当だ、なら俺が食べても問題はないはずだ。


 そういうわけで、俺は菫ちゃんといっしょに昼食を摂ることにした。多分、保健室(しかも小学校)で食事を摂るなんて、この先一生おとずれないだろう。


「――ふう、美味かった。ごっそさん!」 


 両手を合わせ、満足感にあふれた声を出し、葛城さんは食事を終えた。食器には米粒一つとして残っていなかった。


「ごちそうさま」


 数十秒後、俺も昼飯を食べ終わる。腹八分、適度な満腹感と美味かったという感覚が体に残る。菫ちゃんはやっと半分ほど食べ終えたところだった。


「ロリコン野郎。シャバでの最後の飯は美味かったか?」


「その呼び方やめてくれませんかね……。俺の名前は八城一葉です」


 いい加減腹が立ってきた。俺は押し殺した声で、改めて葛城さんに自己紹介をする。


「んなマジになんなって。ジョークだよジョーク。……で、一葉は何しにここに来たんだ?」


「……まあ、本来は菫ちゃんに昼食を届けに来たってだけだったんですけど……どうにも違ったみたいですね」


 他人ごとのように、俺は笑って答えた。なにせ俺自身もよくわかっていないのだ。……黒須さんは、何が目的で俺に『保健室で菫ちゃんといっしょに弁当を食べさせよう』としたのだろうか?


「あの女のことだ。どうせロクなことじゃねえだろうな」

 

「あの女って……黒須さんのこと知っているんですか?」


「ん? ああ、単に昔『クラスメイト』だったってだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 意外な事実、だが何となくだが繋がりが見えてきた。


「そうそう、一葉」

 

 葛城さんが急に俺の方を見て、名前を呼んだ。

 

「なんですか?」


 だから俺も普通に返事する。すると、


「怪我する気ないか?」


 意味の分からないことを言われた。葛城さんはどこからとりだしたのか、唐突に鋏の刃を俺に向けてきた。

 

 反射的に俺は後ろにのけぞった。


「あ、あんた何考えてんだ!?」


 汗がドバっと湧き上がる。俺は上ずった声を出しながら葛城さんに吠える。


「いやちょっと菫が言ったことが本当かどうかの実験。なあ、ほんのちょっとでいいから」


「マジでシャレなんないから止めて下さい!」


 俺は両手を前に出すようにして、葛城さんの行動を押し止めようとする。ヤバい、マジでこの人ヤバい……!


「ちぇっ、残念。ま、いっか」

 

 俺の必死の説得が通じたのか、葛城さんは残念そうにしながらも鋏を下ろす。俺は心底ほっとした。

 

「ごちそうさまでした」


 そこで菫ちゃんがか細い声を出しながら、両手を合わし、給食を終えていた(気づいていなかったのかな?)。にしても、菫ちゃん、いったいこの人に俺の何を教えたんだろう……。


「おお、やっと食ったかスミレ。それじゃ早速、続きをやるか」


 と、俺が尋ねるよりも早く葛城さんは嬉々としながら菫ちゃんの隣に腰掛け、シャツの胸元に手を伸ばす。


「ちょっ! あんたまた何やらかそうとしているんですか!」


 視線を逸らし、俺は葛城さんに叫ぶ。痴女かよこの人……!


「だーかーら! スミレの『能力』を最大限に引き出すためにはコレが一番なんだよ! ほら、スミレどんと来い!」


「だからやめろって! 大体菫ちゃんの『能力』を使って、あんた何を知ろうとしてんだよ!」

 

 と、言ってみたところで、俺はまだ菫ちゃんの「能力」について知らないことに気付いた。


「んなもん、酔ってて忘れてた時の記憶に決まってんだろ!」


「最低な理由だ! ほら、菫ちゃんも何とか言ってや――」


 俺は助けを求めようと、菫ちゃんに呼びかけた(記憶?)。そこで俺は異変に気づいた。


「……………」


 菫ちゃんは無言で、右手で頭を抑えながら、苦しそうな顔をしていた。


「す、菫ちゃん! 大丈夫!」


 一気に頭にのぼっていた血が下る。俺は菫ちゃんの顔をのぞき込む。


「あ、大丈夫……です……。ちょっと……頭が痛いだけです……から……」


 菫ちゃんはそう言うが、とてもじゃないが「ちょっと」という感じではなかった。


「待ってて! 今すぐ先生呼んでくるから!」


「おい落ち着け」


 パニクって外に出て行こうとする俺を、葛城さんは裾を引っ張り止める。


「ここは保健室で、あたしは保健医だ。だから心配すんな」


 驕りでもなんでもない、ごく普通の言い方だった。いやだから心配なんですが……。


「とりあえず、いったん横になれスミレ。熱、測るから」


 葛城さんは菫ちゃんをベッドに寝かしつけ、手のひらを菫ちゃんの頭に置く。


「熱は……無いな。ということは……」


 ブツブツと何かをつぶやく葛城さん。その間、菫ちゃんの顔色はいっそう悪くなっているような気がした。


「……あーこりゃまずいな」


「まずいって……菫ちゃんそんなに悪いんですか!?」


「いやそーいうことじゃなくてだな……どう説明すりゃいいっかな……」


「『能力』を、使いすぎたみたいなんです……」



 頭を掻き、困る葛城さんに代わり、菫ちゃんが答えた。


「使いすぎたって……この人に?」


「はい……で、でも誤解……しないでください。これは私のためでも……あるんです」


「そうだぞ、『能力』ってのは使わねえと『錆』になって腐っちまうんだぞ」


「いやわけわかりませんから……!」


「色々言いたいことがあるだろうけど、とりあえず一葉、スミレをおぶって帰ってくれ」


「……はあ? 何言ってんだよ、こういう場合は救急車だろ! というか元々あんたのせいだろ!」


 トンチンカンな頼みに、俺の怒りはさらに高まる。


「お前がおぶって帰るのが、一番スミレのためになるんだよ。スミレ、そうなんだろ?」


「……………………はい」


 長い沈黙の後、菫ちゃんは小声ながらもたしかに肯定の返事をした。葛城さんは、ポンと俺の肩を叩く。


「つーことだ、よろしく頼むぜ」


「――だーもう! わかりましたよ!」


 これ以上、ここでウダウダ言っていたところで解決しない。俺は責任持って、菫ちゃんを屋敷に連れて帰ることにした。

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