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傘音町には二つの小学校がある。一つは傘音小学校、もう一つは小葉学園だ。
名前の響きからわかると思うが、前者は「公立」、後者は「私立」の学校だ。
傘音町をひと通り調べたときにわかったことだが、小葉学園は小中高一貫のエスカレート式で、いわゆる金持ちとかが通う学び舎だ。
そういう「先入観」から、俺は菫ちゃんの通っていた小学校は、小葉学園の方だと思っていた。事実、花梨は中等部に通っている。(そういえば蓮香はどうだったんだろう?)
だが、小葉学園へ向かっている途中で黒須さんからかかってきた電話で、『菫さまの通っていられる学校は傘音小学校です』と言われたときには驚いた。傘音小学校に通っていたことではない。小葉学園の校門前まで来ていたからだ。
「もっと早く言ってほしかったな……」
面倒くさいという感情を押し殺し、俺は踵を返し、反対方向にある傘音小学校へ向かうことにした。
「はあ……せっかくの休みだってのに……」
さきほどの親父との電話の件もあり、歩くたびにそうした鬱屈した気持ちが強まってくる。だが屋敷にいたところで、何かすることがあったかと言われれば何もない。せいぜい小説を読むくらいだろう。
「そう考えると、良かったかもしれないな」
普通平日の日に、こうやって町中を歩くなんてめったにできない。現にここまで歩いてくる中、すれ違ったのは赤ん坊連れの母親や、巡回中の警官くらいだ。
それに……菫ちゃんともちょっと話すことができるかもしれない(いや話してみせる!)。そう考えるとそうした気持ちも消え失せ楽しみに変わってきた。
「『何事も楽観的に楽しめ』だな……」
よし、せっかくだ。俺は菫ちゃんに弁当を届けた後、商店街の飲食店で昼飯でも食べて、その後本屋で漫画でも買って帰ろう……!
などと楽しげな計画を立てながら、俺は遠回りの果てにやっと目的地の傘音小学校に着いた。
「よし……って、どうすりゃいいのかな?」
出入り口となる校門は、ガッチリと鍵がかけられ閉まっている。他に出入り口はありそうにない。
「やっぱ、厳しくなっているな……」
昨今、物騒な事件が続いていることが原因だろう。俺はどうやって弁当を届けようかと思案する。
キーンコーンカーンコーン。
ノイズの激しいチャイム音がスピーカーから鳴り響く。建物の外にかけられた時計を見ると、十二時を指し示していた。
「やっべ……早く行かねえと……」
このままじゃ菫ちゃんが空腹で倒れてしまう……! 焦った俺は、校門を飛び越えようとも考えた。
「ああ、君! 紫島さんのところの人よね?」
そこで、玄関口から誰かが走ってきた。ジャージ姿の、眼鏡をかけた女の人だった。
「はあ……はあ……! 話はお家の人から聞いているわ、ほら、入って入って!」
鍵を開き、女の人はガラガラと校門を開けてくれた。あっぶねーもうちょっとで犯罪者になるとこだった。俺は頭を下げて入った。
「ありがとうね、わざわざ!」
「あ、はい。それじゃこれ……」
おそらく菫ちゃんの担任だろう。俺は手提げかばんから弁当袋を取り出そうとした。
「え? あーそうね……。あ、そうそう! お兄さんが直接渡した方が、菫ちゃんも喜ぶと思うわ! ほら案内するからついてきて!」
「え、ちょっ……!」
不自然な反応を見せたかと思うと、女先生はそそくさと歩いて行く。仕方なく、俺はついていくことにした。
玄関で靴を脱ぎ、来賓用のスリッパらしきものに履き替え、再び女先生についていき、ある場所の前で止まった。
「そ、それじゃわたしはこれで! それじゃあね!」
女先生はそこまで案内したかと思ったら、逃げるようにその場から立ち去った。
「……なぜにここ?」
教室に案内されるかと思ったが、俺が案内されたのは保健室だった。
「――はっ! まさか怪我をしたんじゃ……」
「あーちっくしょ! やっぱりか!」
心配した矢先、部屋の中から甲高いわめき声が聞こえた。
「――菫ちゃん!」
心配がいっそう高まる。俺は勢い良くドアを開けた。
「大丈――夫?」
……絶句した。
「……ん? 誰だお前?」
「――い、一葉さん……!? ど、どうしてここに……!」
「あー菫の知り合いか。で、お前何しにきたんだ?」
「そ、それはこっちのセリフだ! あんた、なーにやってんだっ!」
『白衣の女性が、菫ちゃんの手を取り自分の胸をつかませる』
そんな衝撃的な光景に、俺は頭が真っ白になり、弁当箱をバタンと落とした。




