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「ああ、もしもし? 親父? 俺だけど……えっと今どこ? ……いや俺は元気だけど……つーかちょっとアパートの件で報告があるんだけどさ……え? 今から飛行機だからもう切る!? ちょっ、待っ――」
ツーツー。大事なことを言う前に電話は切れた。一応俺はもう一度かけ直そうとする……だがやはり繋がることはなかった。
「あのクソ親父、最後まで聞けっての……!」
グツグツと煮立ったような怒りが湧き上がり、俺は携帯を思い切り床に叩きつけようとしてしまう。だが寸前で思いとどまった。
携帯を失くしてから(物理)十数日ぶりに、俺は新たな携帯を手に入れた。メールと電話の機能に特化したシンプルなもので、予想以上に安上がりに済んだ。
で、その機能をいち早く使おうと俺はかなりの費用がかかることを覚悟して、親父の携帯に電話をした。その結果……俺は二人が元気であることを知った。むしろそれしか分からなかった。
「はあ……」
繋がったこと自体奇跡のようなものだ。一応連絡が取れたし紫島家に世話になっていることはまた話そう。そう結論づけ、気分転換も兼ねて部屋を出ることにした。
台所に行き、冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎ飲んでいた時だった。黒須さんが急に現われた。
「一葉さん、差し出がましいことを言うかもしれませんが、もう不登校になりましたか?」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。俺はゴホゴホと咳をし、黒須さんに違うと手振りで示した。
「なんで一日学校に行かないだけで、確定させているんですか! 違いますよ、ちゃんとした休みです!」
生温かい目で見つめられることに耐えられず、俺は慌てて弁明する。
「今日、四月二十一日は傘音高校の創立記念日なんですよ。その証拠に蓮香だって屋敷にいるでしょ?」
「蓮香さまは朝早く、制服姿で出て行きましたが?」
「え、まじっすか……? ――つーことは今日学校あったのか……!?」
俺の胸に一気に不安が募ってきた。あれ……でもたしかに昨日先生言っていたよな……?。
「いやでも俺……あれ? もしかして明日……?」
「安心してください。今日は学校は休みですよ」
「え?」
困惑し、パニック状態に陥りそうになっていた俺だったが黒須さんの言葉に正気を戻す。
「ちょっと黒須さん、驚かせないでくださいよ!」
ほっと俺は胸を撫で下ろす。あーよかった。
「すいません。まさかここまで動揺するとは思っていなかったもので。おかげで少し楽しめました」
「あ、悪趣味っすね……あれ? でも蓮香は制服着て出たんじゃ……」
「おそらく図書館に行かれたのでしょう。蓮香さまは基本、休日も制服ですから」
「へえ、真面目ですね」
「ファッションセンスに自信がないとも言えますよ」
と、黒須さんは辛辣な言葉を放つ。めったに表情を崩さないということもあり、本気で言っているのか冗談で言っているのか……そもそも俺は未だ黒須さんが何を考えているのかよくわからなかった。
「そうそう、騙したお詫びと言ってはなんですが、貴方に『いい場所』を紹介します。どうぞ」
そう言って黒須さんは俺に、弁当箱が入っているらしき青い巾着袋を俺に手渡した。
「……なんすかコレ?」
「見れば分かる通り、弁当箱です」
「いやそれはわかるんですが……今日の昼飯ですか?」
「いいえ違います。一葉さん、悪いですが今日のお昼休みまで、菫さまの学校へ、その弁当箱を持って行ってくれますか?」
何の脈絡もない、突然のお願いだった。
「菫ちゃんにですか? いやでも俺まだこの辺の土地勘無いし――」
「……ああ、言い忘れていました。これは『仕事』です」
「すぐに行かせていただきます!」
黒須さんの殺し文句(意味違うか?)に即反応し、俺は弁当箱を持ち、すぐさま屋敷を出た。
あまりに自然にここに住んでいて忘れていた。……俺に、「拒否権」なんてものはない。




