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日付的には翌日、急に俺は眼を覚ました。理由は単純、尿意がおとずれたからだ。
「う~ん……!」
せっかく布団も温まってきたのにベッドを出るなんてめんどくさい。なので俺は再び眠りに落ちようとベッドの上をゴロゴロする。だがそれが逆に尿意を高まらせることにつながってしまった。
「はあ……」
寝ぼけ半分に体を起こす。眠りに落ちるためにも俺はこの尿意を消すことにした。ちなみに、この屋敷には一階にしかトイレはない。
足音たてずにゆっくりと下り(こっちの方が怪しいか?)、トイレへ行き用を済ませた俺は、手を洗い、トイレを出た。
「どうかしましたか一葉さん」
トイレを出ると同時に、俺の顔が急に光に照らされた。見るとそこにはランプを持った黒須さんが立っていた。
「いえ、なんでもないっす。ただトイレに来ただけですから」
「……そうですか。それでは遅くならない内にお休みください」
「はい、おやすみなさい黒須さん」
「……ええ、おやすみなさい」
黒須さんは会釈し、そのまま屋敷内へと姿を消した。
「……こんなに遅くまで大変だな、ちゃんと寝てんのかな?」
などといらぬ心配をした俺だったが、寒くなってきたこともあり、すぐに部屋に戻ろうとした。
「……ん?」
そのとき、半分ほど開いたカーテンの隙間から、ぽわっと淡い光が現われた。
「これは……」
見覚えのある光だった。――もしかしたら、今日すでに見たこともある光と同じものかもしれない。階段をのぼろうとしていた俺の足は立ち止まり、その光のした方向、屋敷の裏口へと向かっていた。
「…………火の神アグニよ! 今こそその力を解き放ち、我に恩恵をもたらしたまえ!」
「……」
――見てはいけないものを見てしまったかのようだった。
向かい合わせた両手を少し離し、視えない空間を作り出しながら呪文のような言葉を、花梨は念じていた。
「……はあっ――!」
その空間からポツッと何かが現われた。マッチやライターを灯したときにできるものと、同じくらいの「小さな火」だった。
「…………くそっ!」
ものの十秒程度で、火は消えた。花梨は再び念じ始め、火をつけようとする。
「……あ、これか」
あの日、そして昨日見た光の謎がやっとわかった。子供の火遊びのように、ほんとうに小さな火。しかしそれは曲がりなりにも、花梨の指先から……「能力」で発したものだった。
「はあ……はあ……!」
出しては消え、また出しては消えを繰り返す内に、花梨は息切れを起こしていた。花梨は両膝に手をつき、地面に向かって呼吸を荒げていた。俺はいったん、屋敷に戻ることにした。
「――よ、おつかれ」
「………ひやっ!」
首筋に麦茶の入ったコップを当てる。花梨はビクッとしながら可愛らしい声をあげた。
「……なっ、き、貴様いったいいつからそこにいた!?」
息切れを起こしたとは思えない俊敏さで、花梨は俺から距離を取る。その手には「水の塊」が形成されていた。
「落ち着け、べつに取って食おうってわけじゃない。ほら、とにかく飲め。疲れているんだろ」
ぐいっと俺は花梨にコップを差し出す。何も言わずに冷蔵庫から持ちだしたが、べつにこれくらいなら何も言われないだろう。だが花梨は受け取ろうとしなかった。
「……毒が入っているのだろう! その手には乗らぬぞ!」
「普通のお茶だ! ……はあ、仕方ねえな」
誤解を解くために、俺はぐいっとお茶を口に入れ、そのまま飲んだ。半分ほど飲み込み、俺はコップを再び差し出す。
「ほら、これで文句はねえだろ!」
「む、むうっ……し、仕方ないなっ!」
未だ納得がいかず、警戒心は高いままだったが、花梨は及び腰でコップを取った。
「……」
そのまま一気に残りのお茶を流しこむように花梨は飲んだ。花梨の表情が徐々にすっきりしたようになる。
「ふふ、中々の美味であったな。だが礼は言わぬぞ! 屋敷の住人である我に、下僕がいたわるのは当然だからな!」
空となったコップを俺に返し、花梨は強気な態度を見せる。まあいいんだけどな。俺は黙って受け取った。
「にしてもビビったな。お前の『能力』って、水を操る力だけじゃないんだな」
水の「能力」があまりにも印象強いこともあり、花梨が(ほんとうに小さいながらも)火を出したことに、俺は素直に驚いていた。
「『能力』ではない。これは魔術だと……! まあ良い。貴様も我の力の偉大さがわかったようだな!」
まんざらでもない、嬉しさを滲みだすような声だった。
「ふ、魔法薬に免じて特別に教えてやろう。我が力は『火』『水』『風』『雷』……といったこの世のありとあらゆる自然現象を宿した『神』を自在に操ることができるものなのだ!」
「どうだまいったか!」「すごいだろ!」「えっへん!」……そういった副音声も同時に聞こえてくるようだった。花梨はかなり自慢げに胸を張って、『能力』の説明をしてくれた。
「へーすげえな。てっきり俺は水だけ操る『能力』だと思っていたぜ。……つーか『神』ってなんだ?」
「我の体に宿る自然現象を神格化した存在だ。これらの神は我の体を媒介にすることで、力を発するのだ。具体的にいうと、水の神『チャルチウィトリクエ』、火の神『アドラ』、風の神『アネモイ』、雷の神『トール』。さらに……!」
「ストップストップ! わかったわかった!」
舌を噛むんじゃないかと心配するほどに、饒舌に語る花梨を俺は強引に止める。今わかった。こいつはマジで「中二病」だ……。
「――まあ、とにかくお前が自然を操る力があるとはわかったよ」
色々とツッコミどころ満載だが、この際そういうことにしておこう。だが、
「だからってこんな時間に外に出るものじゃない。早く寝なさい」
子供を諭すような言い方で、俺は花梨を屋敷へ連れ戻そうとする。あの時みたいに外でやっていない分感心できるが、時間も時間ということもありどうにも見過ごせなかった。
「…………ふっ。ははは! 何を言うかと思えば、我は深淵の闇より生まれし者。活動時間は夜と決まって――いたっ!」
花梨の頭に手刀をコツン。花梨はかっこよく決めたポーズを崩し、頭をおさえた。
「な、何をする!」
「あ、すまん。つい」
「貴様……! 我の『修練』を邪魔するばかりではなく、直接攻撃してくるとは……! 覚悟はできているんだろうな……!」
花梨は右手に水の球体を形成する。これはもう慣れたが、それよりも気になることがあった。
「え、修練って……まさかお前、練習してたの?」
ずいっと花梨に近づき、俺は「水球」をちょんと手で触れて消し、興味津々と尋ねてみた。
「…………うっ、ううう!」
今にも噛みつかれそうな、うなり声をあげ、花梨は俺を睨みつけた。
「なあ、どうなんだ?」
「――うっさいな! そうだよ、何か文句あるわけ!?」
「え……?」
「あ……」
同一人物から発せられたとは思えないほどに、花梨は声色を……言葉遣いを変えて大きく吠えた。
びっくりした……とかいう感情以上に、俺は初めて花梨の「声」を聞けたと感じ、微妙に嬉しかった。




