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「おかえりなさいませ一葉さん。遅かったですね」
激痛から回復し、俺が屋敷に帰ってきたのは、それから二十分後だった。黒須さんはいつも通り、律儀に俺を玄関先で出迎えてくれていた。俺は不自然に思われないように笑顔を見せて、ぎこちない足取りで自室へと向かう。
「あ」
その途中、俺は花梨に出会った。
「……ちっ」
花梨は俺の顔を見るなり、あからさまに嫌な顔をし、わざと聞こえるように舌打ちした。
「おいま……」
俺が言い終わるよりも先に、 花梨はすうっと俺の横を通り過ぎ、自分の部屋のある廊下を進んでいった。
「――オーケー落ち着け俺」
「何がだ?」
「うおっ……て、菖蒲さんか……」
部屋に入り、怒りを鎮めようとしたら、そこに菖蒲さんが入ってきた。
「なんだよその驚きはー! ちゃんとノックしたぞ」
「あ、すいません……」
たしかに、そんな音がした。だが別のことを考えている途中に声をかけられたら、誰でも驚く。……にしても。
「『能力』、使わなくなったんですね」
菖蒲さんが俺にコンビニでおにぎりを買ってきてくれたあの日以来、俺は菖蒲さんが「能力」を使っているところを目撃したことがなかった。つまり、菖蒲さんは俺の部屋にドアから「普通」に入ってきた。
「ん……いやそんなことはないんだが……まあ、わざわざ使う必要も無いしな」
あぐらをかきながら、らしくない殊勝なことを言う菖蒲さん。この態度、やはり――。
「黒須さんに何か言われたんですね」
「そういえば花梨のことなんだけどよ、お前ってあいつと仲いいよな」
俺の問いを無視し、菖蒲さんはかなり強引に話題を変えてきた。だが、聞き捨てならない言葉だった。
「仲がいい? 俺とあいつが? はは、馬鹿言っちゃいけませんよ。完全に嫌われてますって……」
さっきのこともあり、俺は自虐を交えて笑いながら応える。しかし菖蒲さんは首を横にふった。
「あいつ、根はかなりシャイなんだぜ。今まで話せんのはアタシら姉妹くらいだったのに、お前はもうあいつに普通に会話してる」
「……普通っていうんですかアレ?」
まだ数回しか会話していないが、花梨の言葉遣いにはどうにも違和感を感じていた。なんていうか、「作っている」ような感じだった。
「あー、そりゃ仕方ねえかな。あいつのアレは、病気みたいなもんだし」
「病気って……大変じゃないですか!?」
「――マジな反応すんなよ……。そういうのじゃなくてアレだよ、中二病だよ、ちゅーにびょー」
本気で心配する俺の反応に、菖蒲さんは引き気味になりながらそう答えた。
「中二病って……ああ、なるほど!」
言葉の意味は知っていた分、すぐに納得できた。俺自身はかかったという自覚はないが、それにかかったような奴なら中学の時に何人か見た。
花梨は現在中学二年、それにかかるにはうってつけの年頃だ。
「オマエももう知っていると思うけど、アイツは自分のことを『魔術師』だと思っているんだよ。体に宿した神を使うとかなんとかな」
「あーそういえばたしかにそんなことを言っていたなあ」
俺は初めてあいつと会ったときのことを思い出す。全身黒ずくめのフード姿……普通に見れば
「変」としかいえないが、そういうことならたしかに「魔術師」って感じがする。
「仕方ねえといえば仕方ないんだけどな。実際、アタシたちは『他』と違うわけだから……」
もの悲しそうな表情を一瞬浮かべてはすぐに消す菖蒲さん。『能力』が効かない体質だから忘れていたが、紫島姉妹は普通じゃできないことができる人たちなんだよな……。
「だからそんなに気にしなくていいぞ。数年後には治っていると思うしな」
「はあ、そうですかね……」
それまで自分がこの屋敷にいるかどうかわからない分、俺は曖昧に返事した。
「じゃ、そろそろ行くよ。じゃあな」
「あ、最後に一ついいですか?」
少し気になっていたことがあった俺は、菖蒲さんに最後に質問した。
「菖蒲さんも、中二病だったんですか?」
「――誰もがかかる病気が中二病だよ」
無駄に説得力のある言葉だった。




