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「よお竜一、今日も生傷が絶えないな、触っていいか?」
「もし触ったら、倍返しで病院送りにすんぞコラ」
「はは、冗談だよ。……けど喧嘩なんてやめた方がいいぞ」
「好きで喧嘩してんじゃねえよ。売られた喧嘩を精算しているだけだ」
「……の割りにはあの時はお前が自分から売っていたような気がするんだが……。そういやあの後、お前どうなったんだ?」
「……てめえには関係ねえだろ」
「てめっ、俺は一応被害者だぞ! あ、こら待て!」
徐々に足を速め、どんどんと前に向かう竜一を、俺は追いかける。傍から見たら馬鹿みたいな会話。だがこういった下らないようなことでも、こんな風に言い合えるというのはいいものだ。俺は高校初の新しい友達(多分)を追いかけながらそう感じた。
本格的に授業が始まりだし、それなりに高校生活にも慣れてきた頃、いくつか驚いたことがあった。
まず蓮香が俺と同じクラスだったということだ。新入生あいさつの影響もあったのだろうが、クラスの奴の話を聞く限りでは、蓮香は中学時代からその能力の高さもあって、あの馬鹿でかい屋敷に住んでいるということを除いても、かなり有名だった。
入学して一週間ほどは、ありとあらゆる部活が、休み時間になる度に蓮香を勧誘しにきた。だが、蓮香はそれをことごとく断った。
せっかくの高校生活、部活に入って青春すればいいのにもったいない。(俺も人のことは言えないが)
俺はそう言ってやろうと何度か思ったが、蓮香は決して学校では俺と話そうとしなかった。
『もしも同じ屋敷に住んでいるとか言いふらしたら、即追い出す』
入学式前の玄関において、蓮香は力強く俺に言った。たしかに、年頃の男女が一つ屋根の下なんてことが知られたら、色々とめんどくさそうだ。追い出されたらたまったものではない、俺はそのことは絶対に秘密にするとうなずいた。
だが、いくらなんでも会話することも避けられるとなると、地味に傷つく。蓮香は極端な思考の持ち主のようだ。――まあ、俺だけじゃなく、男子に対してはほとんど同じような対応なんだが……。
とまあ、これが一つ目。俺的にはもうひとつの方が驚く出来事だった。
「……てめえは変わった奴だな」
「ん、何がだ?」
「オレがいうのもなんだが、よく自分を殴ったような相手に普通に話しかけられるな」
そう、これがもう一つの驚くべきこと。同じクラスの木場竜一という男が、あの日俺を殴りつけた大男と、同一人物だったということだ。
「まあ過ぎたことは気にしないタイプだ、気にしなくていいぞ」
ここ数日、無理やり一緒に帰るようになってだいぶ竜一の態度も緩和してきたような気がする。それが嬉しかった。
「安心しろ、まったく気にしてねえし、悪いとも思っていねえから」
「少しは思えよ!」
すぐさま俺は、自分の言った言葉を否定した。くそっ、出会いとしては最悪だったかもしれないが、いい意味で捉えれば「縁がある」とも考えていたのに……。
竜一は本気で気にしている素振りは見せず、は我先にと、自分のペースでどんどんと歩いて行く。時折右に傾くように見えるのは、体のバランスが悪いからだろうか。俺は遅れまいと、早足になり竜一の歩幅に合わせる。
「でもお前って何だ? いわゆる『ツッパリ』ってやつなのか?」
「せめてそこは『ヤンキー』だろ……ちげえよ、べつに俺は好き好んで喧嘩して恐れられているってわけじゃねえよ」
「というと?」
「……『生まれつき』、目つきが悪いからだよ……けっ、余計なこと言わせやがって……」
竜一は無駄なことまで話してしまったと、後悔しているようだった。目つきが悪いか……ううむ、言われてみれば――。
「おい、何じいっと見てきやがる?」
身長差から、必然的に俺は見上げるような形で竜一の顔を見た。生傷の絶えない、昔の日本男児のごとくすっきりした顔。だがその目つきは細く鋭い、鷹のようだった。
「もっとはっきり、開かねえのか?」
「こういうものなんだよ。たくっ、うぜえ奴だ」
竜一は手を使い、強引に俺をどかして再び歩き出し、しばらくして俺の帰る方向とは逆の方向へと曲がった。
「じゃあな竜一、また明日!」
大きく手を振り、俺は別れを告げる。だが竜一はまったく反応せず、そのまま背中を向けて帰った。すれ違う通行人は、やはり竜一から距離を取っていた。
「べつに普通だと思うんだけどな……」
と、呟いてみたが、ふと別の考えも浮かんできた。
「『ずれて』きているのかもしれないな……」
何事もない……と言ったら嘘になるが、それなりに日常を送ってきた俺が、ここ一週間程度の間に、火事で住む場所を無くすやら、メイドさんに会うやら、そのメイドさんから屋敷で住まわないかと言われるや、その屋敷に住む四姉妹が全員超能力者やら、俺が「能力」が効かない体質であったりと、非日常が一気に洪水のように訪れてしまったせいで、俺の中にある「何か」が変わってきたのかもしれない。
「慣れって怖いな――」
「君、今何をやっていた!」
俺が淡々と現状を受け入れていることに、少し気味悪さを覚えながら歩いていると、急に怒鳴り声が聞こえてきた。
俺はビクッと体を震わせながらも、反射的に声がした方を見た。公園の中、警官服を着た男と、セーラー服を着た女の子がいた。男は女の子に問い詰めるように、険しい顔を見せていた。
「…………」
「黙ってないで何とか言ったらどうなんだ!」
男はさらに語調を強める。それでも女の子は何も言わず、下を向いていた。
――なるほど、そういうことか……はあ、しょうがねえ。
「とりあえず来なさい、話はそれから――」
「あ、お巡りさん。ちょっといいですか?」
チョンチョンと、俺はお巡りさんの肩を叩き、声をかけた。お巡りも女の子も、一斉に俺に振り向いた。
「……何だ君は――」
「俺の『妹』がご迷惑をおかけしました! こいつにはしっかりと言い聞かせておきますから、今回は勘弁してください!」
先手を取るように、俺は食い気味に警官に深々と頭を下げた。
「……君、あのね――」
「ほら、お前も謝りなさい!」
「うっ……!」
そこからさらに俺は、女の子の頭をおさえこみ、無理やり頭を下げさせた。女の子は抵抗したが、最終的に腕力に敵わずに、俺と同じ形を取った。
「…………わかった。それじゃ今回はそういうことにしておくが、次はないぞ」
しばらくして、警官は渋々ながらもそう言って、俺たちの元から立ち去った。(話の分かる人で良かった)
警官の姿が完全に見えなくなったところで、俺は女の子の頭にポンと手を置いた。
「また火遊びか?」
「――だ、だから火遊びではない! これは我が力の一部、火の神である『アグニ』を制御下に置くための儀式だ! それと何が妹だ!」
さっきの無言が嘘のように、花梨は俺に向かって吠えるような怒りを見せた。
「はいはい、分かっているよ。だから少し落ち着け」
だが花梨は激昂したまま、俺に向かって「能力」を使って作った水を弾き飛ばす。だがそれは俺にぶつかると同時に、消え去った。
「だから無駄だっ――うっ!」
ふいに股間に激痛が走った。俺はゆっくりと顔を下に向ける……。見ると、そこには花梨の蹴りが入っていた。
「馬鹿め、油断したな!」
「お、おめえなあ……!」
あまりの激痛に俺は股間をおさえこみ、両膝を地面につき、呻くような声を出し、花梨を睨みつける。いくら「能力」とやらが効かない体質の俺でも、それ以外の物理攻撃には敵わない。それが男にとって一番の急所なら尚更だ……。
「ふん! それくらいで済んで良かったと思うのだな! 次は容赦しないぞ!」
「ま、まて……!」
そう捨て台詞を残し、俺を置いて公園を立ち去る花梨。ちっくしょ……助けるんじゃなかった!
俺は情けない体勢のまま、痛みが引くまで股間を抑えこみながら、自分のしたことに対し、軽く後悔した。




