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ここで第二章が終わりです。
「私が菖蒲さまに電話をいただき台所から離れた隙に、夕食の料理を奪うなんて……」
「へっと……あの……これはですね……」
固まっていた体が、黒須さんの言葉により徐々に解かれる。分かりたくないが、理解できた。俺は背筋にゾワッと鳥肌がたった。
「問答無用です。覚悟はできていますか……?」
にっこりと笑みを浮かべ、黒須さんは一瞬の内に俺から皿を奪い取った。
「それでは私はこれで。……ああ、それと、今日は一葉さんの夕食はありませんので」
「待ってください! これはあの長女が――!」
死刑宣告を受けたかのようだった。あ、あの女……! 一瞬でも「良い人だなあ!」って思った自分が恨めしい。あの女は、完全に楽しんでるだけだ……。
「わかっていますよ、冗談です」
「……へ?」
反論しようとした俺の口はぽかんと開きっぱなしになった。黒須さんは取り返した皿を再び俺に渡す。
「ただ、菖蒲さまの『お遊び』に付き合ってやると思い、怒らないであげて下さい。菖蒲さまにはこちらから言っておきますので」
「は、はあ……」
そんな風に言われたら俺はもう何とも言えない。(俺が怒るより黒須さんの怒りの方が恐そうだけど)
「それでは私はこれで……ああそれと、一葉さん」
振り返らず、背中を向けたまま黒須さんは立ち止まる。誤解は解けたことはわかったが、それでもビビった。
「な、なんでしょう……?」
「これからも、その調子で『普通に住んで』くださいね。では――」
黒須さんがドアを閉め、部屋を出て行った。それと入れ違いになるように、菖蒲さんが部屋に戻ってきた。
「おいあんた――」
「ふう、苦労したぁ! おい一葉、普通じゃ『絶対に行けない場所』に行ってきたぜ! ほら、これが証拠だ!」
さきほどああ言われたものの、やはり文句の一つでも言ってやろうと俺が口を開きかけた時だった。菖蒲さんはじゃーんと両手に持った「何か」を思い切り広げた。……女性物の下着だった。
「ほら、普通じゃ行けない黒須の部屋から取ってきたあいつのパンツだ!」
自信満々にその下着をはっきりと見せてくる菖蒲さん。さすがに目をそらしてしまった。
「どうだ、これで満足か!」
「い、いやいや! それを見せられたからといって、それが黒須さんのだっていうことは俺にはわかりませんから!」
「なんだよ、見たことねえのかよ! じゃあ今見てこいよ!」
「わけわかんねえっ!」
何を言い出すかと思ったら、本当に何いってんだこの人!? 俺は頭が痛くなってきた。
「――とりあえず、信じますからそれは元あったところに返してください」
本当に黒須さんのかはわからないが、これ以上眼の前で見せられていたら、変な気が起きそうだったので、俺は一度深呼吸をし、菖蒲さんを説得しようとした。
「――え?」
だが菖蒲さんの姿はもうそこにはなかった。代わりにひらひらと黒の下着が舞い落ちた。
「……おいおい、どうすんだよこれ………それにしても――」
ほうっておくわけにもいかず、手に取って改めて下着を眺めてみて俺はその下着は「隠す」部分よりも露出部分の方が大きいということに気づいた。Tバッグとまではいかないけど実用性(動くという意味で、あくまで「動く」という意味で!)が高そうだった。
「――エロい下着だな」
「それは私が『エロい』ということでしょうか?」
歳相応の男子ならば絶対に思うだろうことを、ついそのまま口にすると、すぐさまそれに対する返事が送られてきた。
俺はもう、振り返ることすらしなかった。
「い……や………こ……れ……は………」
「ええわかっていますよ、これは貴方が犯した『罪』ではないということは。ただ――」
黒須さんは俺の手からパンツのみならず、皿まで取った。
「『エロい』という単語が余計でしたね。『二人とも』、今日はご飯は抜きです」
「そ、そんな! せめて『おかず』だけでも――!」
何も食わずにいるなんて耐えられない。俺は精一杯の譲歩を試みる。だが、なぜかその一言が、命取りになった。
「……朝食もご自身で用意してください」
今度こそ本当に、黒須さんは部屋を出て行った。
「――神は与えるべき人間を間違えたな」
どんなことにも言えるが、「力」なんてものは、使う人によって良くも悪くも変わる……そんな大切なことを、俺は菖蒲さんのアホな行いから改めて教わった。
「良い教訓になった」
――そういう風にでも思わなければ二食抜かれたことに対する怒りを、抑えきることができそうになかった。
けっきょく、俺は本当に夕食を一口も食べることなく、空腹に耐えながらすぐに寝た。
そして翌日、俺は腹が空いたまま学校に向かうことになる―――――はずだった。
「カズヤー、大阪のコンビニでおにぎり買ってきてやったぞー」
「意味がねえ!」
俺が部屋を出るより先に、菖蒲さんが「能力」を使いやってきた。手には大阪で買ってきたといったコンビニ袋を俺に渡した。
バカバカしすぎて俺はもう菖蒲さんに対し怒りを感じることはなかった。というよりも呆れた。
「はあ……」
呆れこそしたが、腹が減っている事実に変わりはない。俺は渋々、おにぎりの包装を破り、そのままパクリと口に入れた。ツナマヨだった。
「どうだ、ウマイか?」
「……そっすね」
と、淡々とした答え方をしたが、やはり腹が減っていたこともあり、いつも食べるよりもそれは美味しく感じられた。
「そっか! 良かった!」
こっちが恥ずかしくなりくらいの笑顔を俺に見せながら、菖蒲さんはとても喜んだ。
「子供みたいだな……」
菖蒲さんに聞こえないくらい小さな声でそう呟き、俺は残りのおにぎりをすべて食べていった。




